灰色の瞳に宿る想いに気づいた時、元騎士は静かに手を伸ばす

能登原あめ

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9 語らう

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 ロゼールが寝台に腰かけ、灯りを吹き消そうとした時、マルスランの部屋とを繋ぐ扉を二度叩かれた。
 聞き間違いかと耳を澄ませる。
 すると、もう二度軽く扉を叩く音がする。

「…………はい?」

 迷った末に返事をした。
 マルスランなのだろうけど、どういう意図なのか、わからず戸惑う。

「……少し、話がしたい」

 躊躇うような、低い声が聞こえた。 
 ロゼールはショールを肩にかけてそっと扉に向かう。
 彼が話がしたいというなら、ただそれだけなのだろう。

 ここへ来て一ヶ月が経ち、女性が恋しくてロゼールを望んでいるわけではないのだと思うけど、夜ということもあって警戒してしまう。

 ロゼール側だけに取付けてある鍵を開けて、ゆっくりと扉を開いた。
 マルスランの部屋が明るく、眩しい。
 何度か瞬きをしてから彼を見ると、扉から離れたところに立っていた。

「……バルコニーへ行かないか?」
「……はい」

 それなら、バルコニーから声をかけてくれてもよかったのにと思ったけれど、暗がりから人が現れたら恐怖で叫んだかもしれないと思い直した。
 
 彼の後に続き、ひんやりとした夜気にショールを引き寄せる。
 日中の気温は上がってきたもの、朝晩はやや肌寒い。
 わざわざ呼び出してまで話したいこととは一体なにか想像もつかず、ロゼールはぼんやりと月を見上げた。

「……君はどうして」

 またしても彼が言葉を飲み込む。
 視線をマルスランに向けると、眉間に皺を寄せてロゼールを見つめていた。

「どうして、俺がここに来た日から薬草茶を飲ませるんだ? お互い望んだ結婚ではない。早く死んでほしいのではないか? それともじわじわと弱らせたいと思っているのか」

 彼は毒消し茶だと気づいていた?
 ロゼールは大きく瞬きをした後、ふう、と息を吐いた。

「……弱らせたいとも、死んでほしいとも思っていないわ」

 信じてもらえるとは思っていない。
 けれど、これ以上犠牲者を出したくないのは本当のことで。
 
「これまで手が行き届かなかった面を補ってくれて助かっている。……もうすぐ離れができるので……」

 そう言いながらも、食事の面が心配になった。
 彼は強いようだし、離れも念のため襲撃にも耐えられるように強化しているけれど、色々足りない気がして心配になった。

「……離れができたら、自分で食事の準備を? それとも今まで通り一緒に?」

 マルスランが眉を上げた。

「……食事を運んでもらうという選択肢はないのだな」
「…………」

 それでは、見えないところで何があるかわからない。
 ロゼールが黙っていると、

「一体何が起こっている?」
「何も」

 今は何も起こっていないはずだから。
 マルスランの瞳をまっすぐ見つめた。

「君がわからない。……三人の夫は、どうして亡くなったんだ?」

 あまりにも率直な物言いに、ロゼールは息を呑んだ。

「聞いているのでしょう? 私が……殺した、ようなもので……」

 いつもの癖で胸元のロザリオを探すけれど、寝台の横に外して置いたままだった。
 心細くなって、ぎゅっとショールを握る。
 まさか直接聞かれると思わなくて困惑した。 

 何か話さなくては。何か……。
 時間だけが過ぎていく。
 マルスランが静かに息を吐いた。
 
「……不躾ですまなかった。夜は冷えるな。…………部屋に戻ろう」

 ちゃんと答えていないのに、マルスランに促されて、部屋に戻る。
 訊きたいんじゃなかったの?
 頭の中が混乱して、まともに答えられない自分が情けなくて、それでもまだ何か話さなければと口を開いた。

「あの……」

 マルスランが探るように見つめてくる。

「嘘が聞きたいんじゃない。本当のことが知りたい。だが、まだ心の整理ができていないなら、今じゃないのだろう。……君が俺に殺意を抱いていないと言うなら、もう少し待つよ」

 彼は疑っていないの?
 ロゼールは困惑しながら口を開いた。

「もちろん、そんな気持ちは少しもありません」
「そうか。そう遠くない日に話して欲しい。……おやすみ」
「はい……おやすみなさい」

 
 ロゼールはシーツの間に潜り込んでから、何度も深く呼吸をした。
 胸が痛い。 
 
 夫達が亡くなったのは、自分のせいではなくて殺した相手が悪いのだと頭がわかっていても、心はそれを許さない。

 関わらなければもっと長生きできたのではないか。
 あの時違う選択をしていれば良かったのではないか。
 何かおかしくなる前に合図があったのではないか。

 考えても考えても、過去に戻ることはできないし、やり直すことはできないのに、心が過去にとらわれる。

「王都の噂の通りだと言えばよかったかもしれない」

 真摯な態度をとる彼を信じて打ち明けたい気持ちがないわけではない。
 けれど、それが正しいかどうか今のロゼールには判断できなかった。
 心が乱れる。

 マルスランとは近づかないほうがいい。
 だって二番目の夫とは歳も離れていたし、元々師弟関係だったけれど、結婚してより親しくなってから体調を崩したのだと思う。

 きっと後継ぎが生まれると困った、彼が何か画策したのではないかと考えている。
 けれど、証拠は一つもない。
 
 全て偶然で、ロゼールの妄想だとしたら……。
 時々何が真実なのか分からなくなる。

「……どうして、噂のまま信じてくれなかったの……?」

 彼にはこのままずっと無事でいてほしい。
 そう、ロゼールは願った。
 
 
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