灰色の瞳に宿る想いに気づいた時、元騎士は静かに手を伸ばす

能登原あめ

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14 今夜、告げる

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 髪を撫でられたのは、いつぶりだろう。
 優しい手つきに思わず身を寄せて、息を吐いた。
 たまには、こんな温かい夢もいい。
 
「…………」

 身体が揺れる。
 意識が浮上して、ロゼールはゆっくりと目蓋を上げて瞬いた。
 半身が温かい。
 目の前に座席が見えて、自分が何に寄りかかっているか気づいて身をこわばらせる。
 眠るつもりなどなかったのに。

「誰も見ていない。そのまま、しばらく寝るといい」

 とても低く穏やかな声に誘われる。
 一瞬迷ったものの、ロゼールはもう一度目を閉じた。
 今は眠るくらいしか、することがないもの。
 その時もやっぱり身体が揺れて、抑えた笑い声が聞こえた気がした。









 王太子殿下を祝おうと王都に向かう人達が増えているようで、宿屋で二人は別々の部屋をとることができなかった。
 これは今夜話せということだと、ロゼールは決意を固める。

 夕食の後でマルスランに声をかけた。

「少し、いい? 王都に着く前に話しておきたくて……」

 緊張を滲ませるロゼールに、深く腰かけていたマルスランが、身体を伸ばす。

「ああ。……何か、飲むか?」

 マルスランが、葡萄酒の瓶を持ち上げてみせる。

「いえ、……私はいりません。旦那様はお好きにどうぞ」
「いや、今はやめておこう。酒は一切飲まないんだな」

 ロゼールは頷く。

「ええ、体質に合わないので。……ではお茶を淹れるわ」

 手順通りにお茶を淹れていくうちに落ち着くだろうと思う。
 領地から持ってきた茶葉を確認して、淡々と準備してマルスランにお茶を差し出した。

「ありがとう」

 穏やかに微笑まれて、些細なことなのに嬉しくて心臓が跳ねる。
 小さなテーブルを挟んでロゼールも椅子に腰かけ、一口含んだ。
 大丈夫、大丈夫。
 ティーカップを置いて、口を開いた。

「その、これまでの夫達のことを、話しても……?」
「あぁ、聞かせてほしい」

 ロゼールは彼から視線を逸らして、息を吸った。

「長い、話になるかも。……最初の夫は……」








 最初の夫は北側にある伯爵家の三男ブリス。
 元々は幼い頃から二つ年上の次男エルネストと婚約していて、お互いに信頼関係を築いてうまくやっていたと思う。
 彼はロゼールの初恋の相手だった。 

 けれどロゼールが十二歳になる頃、エルネストが高熱に犯され、あっという間に亡くなってしまい、そのまま同い年のブリスと婚約を結び直すことに。
 貴族の間では元からブリスと婚約していたと思われているのは、この辺りの事情を伯爵家が隠していたからだと思う。

 祖父はブリスに対してあまりいい顔をしなかったけれど、その頃から体調を崩しがちで渋々頷いたと記憶している。

 優しくて真面目なエルネストとは中身は全く違ったけれど、ブリスの見た目はとても似ていた。
 ブリスのいい加減なところも、エルネストの弟だから数年もすれば大丈夫だろうと向き合っていなくて。

 結婚式はブリスの成人を待って、彼の誕生日を予定していたけれど、その直前に祖父が亡くなって喪が明けるのを一年待って結婚式を挙げた。

 その夜、二人きりになってブリスがロゼールに緊張をほぐすように葡萄酒を勧めたけれど、パーティのことを思い出したから口をつけることができなくて。

『……この後具合が悪くなったら、困るでしょう?』

 ロゼールの言葉にブリスは笑って、二人分の葡萄酒を飲み干した。
 これから毎日うまい葡萄酒が飲めるんだな、と言って。
 それから彼に手をとられて寝台に横になった、その時。

『……っ、……は、……くっ、ぐぅ……』

 いきなり彼が身体を丸めて苦しみ出した。
 喉に手を当て、呻き声をあげる。
 さっきまで元気だったのに、おかしい。
 彼の手足が震えるのを見て、ロゼールは大声で叫んだ。
 
『誰かっ……! 誰か来て! いないの? 助けて!』

 ベルも鳴らした。
 けれど、誰もこない。
 周りも気遣って近くにいなかった。
 扉を開けて再度声を上げると、バタバタと足音が聞こえて――。

 それからは痙攣する彼を助けるべく皆で奮闘したものの、医師のクレマンの到着を待たずに亡くなった。
 わけがわからない。
 すると、寝台の脇にいた侍女がいきなり笑い出した。

『……ふふっ、一人だけ幸せになろうとするから……私とこの子も追いかけるわ……』

 侍女は手に持っていた何かを口に放り込み、もがき苦しみ息絶えた。
 あとで分かったことは、ブリスが侍女に手を出していて、妊娠していたのだという。

 ブリスは時々領地に顔を出しては、忙しそうだからまた来ると言っていたけれど、まさか裏でそんなことをしていたなんて思ってもみなかった。

 亡くなった侍女はコロンブの領地出身であちらの野山から毒草を持ち込んだのかもしれない。この辺りにはないキンポウゲの一種だったから。
 けれどその時は深く考えることもなく。

 初婚は苦い思い出となり、喪に服している間考えたことはたくさんあった。
 幼い頃から家庭教師をしてもらっていた学者のオーギュスタンに、言われたことを思い出しながら。

『ロゼール、貴女は女侯爵となります。この地は塩田があるから、王族に目をかけられていますよね。後継ぎのいないまま離縁したり、夫に先立たれりしたら、急いで結婚しないといけませんよ。勝手に結婚相手を決められてしまいますからね』

 その時はエルネストと別れる訳がないと聞き流していたけれど。
 王に勝手に決められるのも嫌だけど、見つける時間もなかった。

 借金を抱えていたり、女遊びが激しかったり、問題のある者達から次々と声をかけられる。
 コロンブから結婚の申し入れもあって、何度も執拗に迫ってくる。

『最初から俺にしておけばよかったのに。俺と結婚しよう』

 男からの慰めが必要だろ、と抱きしめられそうにもなった。
 だから、独身主義でのんびり暮らしていたオーギュスタンに結婚を申し込んだ。
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