灰色の瞳に宿る想いに気づいた時、元騎士は静かに手を伸ばす

能登原あめ

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 オーギュスタンは難色を示した。
 四十歳を軽く超えていて十六歳のロゼールとは歳が離れ過ぎている、領主の夫だなんて荷が重いと。

 でも形だけの結婚で養子をとり、自由に研究していい、支援もするという提案をしてブリスの喪が明けてから一緒に暮らし始め、その半年後に静かに結婚した。

 とても、とても穏やかな時間だった。
 研究に夢中になっている時は邪魔しない、という約束も加えたため、一週間顔を合わせないこともあったけれど。
 それでも、博識なオーギュスタンとたまに顔を合わせておしゃべりをするのは楽しかった。

 いつまで経っても夫婦というより師弟に近く、先生と言う呼び名もそのままだったけれど周りには、案外仲睦まじい夫婦に見えたらしい。
 
 それに、たびたびコロンブがやって来ては騒いでいくからわざと寄り添って仲の良いところを見せつけて、オーギュスタンも良き夫を演じてくれた。

 結婚してから二年が過ぎた頃から、少しずつ彼が痩せてきたように見えた。

『先生、夢中になって食事抜いてませんか?』
『それはいつものことですね……まぁ、若い頃ほど食べなくても動けますし、むしろ頭がすっきりしていいんですよ』
『……ほどほどにしてくださいね』

 あまりしつこく言うと機嫌を損ねる。
 見守りつつ、食事の量や内容を見直した後は大丈夫かと思っていたのに、ある日突然倒れた。
 それから間もなくオーギュスタンが息を引き取った。

 結婚生活はたったの三年。
 養子の件は、二人でいくつかの親族の嫡子以外を調べ始めたところだった。
 オーギュスタンは養子にこだわらず、別の結婚相手を見つけてきたら、すぐに離縁に応じると笑っていたけれど。

 五十にも届かない年齢で儚くなるなんて、思ってもみなかった。
 ロゼールが嘆く間もなく、オーギュスタンから遅効性の毒の反応があったとクレマンに言われ、そしてすぐに一人の侍女が消えた。

 皆、紹介状のある身元のしっかりした者しか雇っていない。
 彼女の前職はコロンブの屋敷だったけれど、円満に辞めたというし、問題を起こしたことは一度もない女の子だった。

 時期的に彼女が怪しいとはいえ、行方も知れず犯人を見つけることはできなかった。
 葬儀の後にコロンブが、

『俺と結婚していればこんなことにはならなかったはずだ。だから、次は俺を選べよ』
『どうしてそんなことが言えるの?』
『いや、だってなぁ……。わからないならいい。喪が明けたら、結婚しよう』
『嫌です』

 彼は何かを知っている?
 もっと詳しく知りたかったけれど、社交シーズンが始まってさっさと王都へ行ってしまった。

 だから三番目の夫は慎重に選んだ。
 三つ年上のコルネイユは、領地に出入りしている商人で、事業を拡大したばかりだった。
 年上の人妻好きで、縛られたくない男。
 資金を提供し、シモンズ女侯爵の夫という立場で貴族社会に販路を広げていった。
 
 ロゼールも名ばかりの夫を手に入れて、結婚式の夜さえも別の家で過ごした。
 顔を合わせるのは月に一度ほど。

 結婚というものに夢もないし、お互いに利害が一致して、同志のような関係。
 彼が今つき合っている女性の話を聞くくらい、あっさりした友人のように思っていた。

 オーギュスタンの件は解決しないままだけど、一緒に暮らしていないからコルネイユが毒に侵されることはないはず、とロゼールは考えていた。

 けれど、それだけで安心してはいけなかったのに。
 たった半年で、領地から王都へ向かう途中で事故に遭い命を落としたのだから。
 新しい馬車の車軸が綺麗に折れていたらしい。

 それもコロンブの住む、ルナン伯爵家の領地を抜けた辺りで。
 短絡的かもしれないけれど、ロゼールが夫達の死をコロンブと結びつけてしまうのは、そういった理由からだった。
 






 ロゼールはなるべく淡々と事実だけを述べた。

 自分がどう思ったかは、マルスランにとってはどうでもいいこと。
 彼にとって、この結婚は貧乏くじをひいたようなものだから。

 とにかくマルスランには身辺に気をつけてもらいたい。
 王都では何が起こるのではないかと漠然とした不安に襲われて怖くてたまらないのだから。

 長い、長い沈黙が落ちた。
 ロゼールはマルスランの方を見ることができず、ほかになんと言葉を重ねたらいいか考えあぐねる。

「……守ろうとしてくれたんだな、俺を」

 聞こえて来た言葉の意味がわからない。
 固まったままでいると、マルスランが立ち上がり、ロゼールの前にかがみ込んだ。

「話してくれてありがとう」

 その言葉にそっと視線をあげる。
 穏やかな顔で、優しくみつめてくるから。
 抑えきれない気持ちがわき上がって泣きたくなった。

「おいで」

 そう言うと同時に彼がロゼールを立ち上がらせ、抱き上げて歩き出す。

「あの……」

 寝台に座った彼の膝の上に乗せられた。
 戸惑って視線を彷徨わせるロゼールに、マルスランは宥めるように優しく髪を撫でる。
 今の話でどうしてこうなるのかわからない。

「形だけの夫だが。……妻を慰めるのは、夫の役目だろう。……嫌か?」
「…………嫌、ではないけど、どうしたらいいかわからなくて」

 どこを見ていいかわからなくて彼の肩先をじっと見つめる。
 混乱して涙は引っ込んだけれど、感情が揺さぶられて息が思うように吸えない。

「本当に偶然が重なっただけなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。君は一つも悪くない。悪いのは、命を奪った奴らだ」
「……分かっているの。でも、私と関わらなければ、こんなことには……」
「俺はそれほど弱くない」

 マルスランがロゼールをきつく抱きしめた。
 
「……旦那様」

 話して良かった。
 自分一人で抱えていたことが、吐き出させてもらったことで少し軽くなった気がする。
 何一つ変わってはいないのに。
 誰かに支えられるのはこんなに嬉しいことなのだと、その想いに心が震えて、それ以上言葉にならなかった。



 
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