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16 夜の時間
しおりを挟むマルスランの手がゆっくりと髪を撫でるから、彼の肩に額を乗せて息を吐いた。
どうしてそんなに優しいのだろう。
「私と関わって不幸なのに」
ロゼールはぽつりと漏らした。
「……俺は君が結婚相手で良かったと思っている。領地に関わるのも楽しいし、充実している」
「そう……私も助かっているわ」
彼にとって、とてもやりがいのある仕事なのだろう。
日焼けした肌が、それをよく物語っている。
ほんの少しロゼール本人だからいいと言うわけじゃないんだと、寂しく感じたのだけど。
「ロゼール、君との結婚を本物にしたい。本当の夫婦になってくれないか?」
マルスランの言葉に息を呑む。
そんなことを望まれると思わなかった。
それに何度も結婚しているとはいえ、彼に一度も経験がないことを伝えていない。
さっき、はっきりとは告げればよかったのだろうか。
「……あの」
「嫌か?」
なんと答えたらいいか困って、首を横に振った。
「小さいな……。すごく。俺の前ではもっと肩の力を抜いたらいい」
「……小さくは、ないわ」
こうして体温を感じるくらい触れ合うのは、初めてだった。
身をこわばらせてしまって、どうやって力を抜いたらいいかわからなくて。
マルスランが短く息を吐いて、身体を揺らす。
それが、笑っているのだと気づいて驚いて顔を上げた。
「……今日は疲れただろう。一緒に眠るところから始めよう」
なぜ笑っていたのかわからなくて、ロゼールの眉間に皺が寄る。
彼について知らないことが多すぎて、戸惑った。
それに、彼がロゼールを慈しむように見つめるから……。
「……はい」
「少しずつ、俺に慣れて」
彼の言葉に素直に頷いていた。
寝支度を済ませて寝台に向かうと、マルスランが背を向けて横になっていた。
大きいはずの寝台が、彼の存在で狭く、小さく感じる。
灯りを消して、半分空いた、その場所へ静かにすべり込んだ。
「……おやすみなさい」
「おやすみ」
最初の結婚の後、誰かと共寝する日がくるなんて思いもしなかった。
彼の大きな背中を見ながら、ゆっくり大きく息を吐く。
未だに心臓が激しく打って、とても眠れるような状態じゃない。
だけど気づかれるんじゃないかと思ってあまり動くこともできず、今度は彼に背を向けて目を閉じる。……いつまで経っても眠りが訪れない。
「寝れないのか?」
「……ごめんなさい」
明日も早いのに、眠らなきゃと気だけが焦った。
すると、マルスランが身体の向きを変えて、ロゼールのお腹に腕を回して引き寄せる。
「……あ」
彼の胸にロゼールの背中が当たり、髪に息がかかる。
そうしてすっぽりと背後から包まれるように抱き込まれた。
「何も心配するな。……これより背中を撫でるほうがいいか?」
お腹の上に手を置かれたまま、耳元でからかうように囁かれる。
背中を撫でるということは、お互いが向かい合うことで、今のロゼールには難しい。
答えたいのに心臓が激しく打って言葉にならない。
「何もしない。……したほうがいいなら、やぶさかではないが」
「……寝ます」
小声でそれだけを言って、呼吸を意識する。
当たり前のようにできたことが、できない。
マルスランの声に笑みが含まれる。
「何か、話すか。……コロンブというのは、結婚した日にあった男だろう? よくパーティで見かけたが、婿入り先を探しているんじゃないのか? やはり、塩田があって、美しい女領主が熱心に経営して成功しているから、楽な暮らしができるのを狙っているのか……」
問いかけているようでいて、一人で完結しているようでもあり。
ようやく、ロゼールの心臓も落ち着いてきた。
背中から感じる温もりを感じて、彼の逞しい腕に守ってもらっているようなそんな気さえしてきた。
「もしこのまま後継ぎがいなかったら他へ爵位が移るのか? 一番血縁の近い者へ……?」
「そう。……一番はコロンブの兄ブレーズで、次にコロンブね。ほかに再従兄弟がいるけど、隣国に留学中だし、伯爵家の後継ぎでまだ十六歳だから。あとは、ブレーズの子供」
この国の貴族は爵位を継承する時に、前任者から暫定の継承順位を記した文書をもらうことが多い。
それが何よりも優先されるため、揉めることも。
基本的には第一子が継承するのが一般的だけど、シモンズ侯爵家の場合も祖父がそのように決めた。
もちろんロゼールが子を産むか、養子を迎え入れたらその子が一位と記してある。
ブレーズは自分の領地で手一杯のようだし、幼馴染と結婚して息子もいた。
もし彼が犯人だとしたら、夫達よりロゼールを消すほうが早いと思う。
そう考えると、消去法でコロンブが怪しく見える。
二番目の夫は学者仲間に恨まれていたのではないかとか、三番目の夫も商売敵に恨まれていたのではないか、揉めていた女性はいなかったのか、とか。
そのあたりは調べたところ、怪しい相手が出てこなかったけれど。
ロゼールがこのまま子を授からず、養子も取らないまま亡くなったら、コロンブに爵位が渡る可能性は高い。
だからロゼールに子供が産まれると、その子の身も危なくなると思う。
ずっとそばにいられる赤ちゃんの頃はともかく、成長するにつれて行動範囲も広がるし心配になるだろう。
「そうか。……子どもは好きなんだろう?」
「……はい」
どうして断定するように訊いてきたのだろう。
振り向いてのぞき込むわけにもいかない。
「それならいい。丸ごと守るから」
マルスランの低い声が身体に響く。
今だって守られているみたいに感じていた。
「……はい」
「そろそろ、眠れそうか」
マルスランが髪に口づけした。
急に態度が変わって驚くことばかりだけれど、嫌われたままより僅かでも好意を示されるのは嬉しい。
なんだかとてもくすぐったい気持ちになる。
今は夢を見ているのかもしれない。
心配事が消えたわけではないから、このまま委ねてしまいたいのに心が揺れる。
「おやすみなさい、旦那様」
「……おやすみ」
マルスランの腕の中で、ロゼールはとても甘い夢を見た。
朝になったら忘れてしまったけれど、とてもとても幸せな気分で目を覚ました。
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