18 / 38
17 屋敷に着いて
しおりを挟む「お帰りなさいませ、ロゼール様、旦那様」
王都にあるシモンズ家の屋敷で、老執事が出迎えてくれた。
アントワーヌの父親だと言われて、なるほどと思うくらいには似ているが、父親のほうが物腰が柔らかい。経験値の差かもしれない。
「長旅でお疲れでしょう。では、旦那様の部屋へ案内いたします」
「私が案内するからいいわ。お茶の準備をお願いね」
「……かしこまりました」
老執事が下がり、ロゼールの後をついて歩く。
花が飾られ、屋敷内は綺麗に保たれているが、人の気配がない。
「旦那様、こちらへ……」
屋敷の中を案内してもらいながら、気がついた。
侯爵家の屋敷とは思えないほど使用人の数が少ない。
「……どうぞ。隣が私の部屋なのだけど……」
そこまで言って、ロゼールが口ごもる。
彼女は人を寄せつけない雰囲気と美しい外見だが、これまで夫がいたとは思えないほど、うぶなところがある。
触れるとすぐ緊張するし、瞳が揺れた。
口元を引き締めて、どうということもありません、といった仮面を貼りつける。
そんなもの剥がしてしまいたい。
「どっちの寝室がいい? 広いほうにしよう」
「……では、旦那様の部屋で」
「わかった」
恥ずかしそうに見上げてくるから、彼女の内面を知ってしまった今は、より庇護欲をかきたてられた。
そんな表情を晒しているなんて、気づいていないんだろうな。
思わず、髪に手を伸ばす。
じっと待つ彼女が愛らしく、胸の中になんとも言えない思いが湧き上がって抱きしめたくなった。
腕の中に閉じ込めて、彼女の不安を全部払ってしまいたい。
けれど今は髪に触れるだけにとどめた。
「この屋敷には最低限の人数しかいないの。頻繁に使用しないのもあるし、紹介状があっても不安要素が消えなくて……」
「そうか。自分でできることはやれるから俺のことは構わない。バベットがついて来たがったのは、これが理由なんだな」
「そうなの。ここにもベテランの侍女がいるのだけどね」
この三日、ロゼールを抱きしめて眠るだけだった。
過去の話を聞いて、それから抱きしめただけで身を固くするから、これまで夫婦の営みを楽しめなかったか、それほど経験がないように感じている。
噂とは全く違う彼女を知るのが楽しいし、怖がらせたくない。
ようやく心を開いてくれたのだから。
もっと、こっちを向いて欲しい。
ほかの何者もこの瞳にうつさないで欲しい。
マルスランがそんなことを考えていると、
「明日の昼間は私だけ王妃様主催のお茶会があるの。明々後日は結婚式の後、一緒に晩餐会に出席してね。……仕立て屋に頼んでおいたものは、直しが必要かもしれないわね」
ロゼールがマルスランの全身を眺めて首を傾げた。
言われてみれば、王宮にいた頃より引き締まったかもしれない。
夏の塩田は日差しが強く、暑かったから日焼けしてより細く見えるように思う。
「それほど変わってないと思うが……触ってみて」
つい彼女を揶揄いたくなってそう言うと、マルスランの真意をはかるように見つめてくる。
やっぱり真面目だ。
悪女だなんて、そんな性質はひとかけらも見当たらない。
「私にはわからないわ。後で着てみて、仕立て屋を呼ぶか判断しましょう」
「わかった。……夫に遠慮しなくていいのに」
こちらからも見つめ返すと、視線をさまよわせた後、耳だけが赤くなった。
顔色は変えないんだな、と思わず彼女の耳たぶに手を添えてしまう。
「……旦那様。あの」
困ったように見上げてくるから。
まいった。愛おしい。
この感情は厄介だと思う。
「なに?」
灰色の瞳に青みが増し、黙ったまま首を横に振った。
怖がりな彼女の瞳に浮かぶのは、思い違いでなければ未来への希望?
というより渇望かもしれない。
それが共に、穏やかに時を重ねることだとしたら、未来に怯えないように備えることだとマルスランは考えた。
13
あなたにおすすめの小説
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
貴方に私は相応しくない【完結】
迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。
彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。
天使のような無邪気な笑みで愛を語り。
彼は私の心を踏みにじる。
私は貴方の都合の良い子にはなれません。
私は貴方に相応しい女にはなれません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる