灰色の瞳に宿る想いに気づいた時、元騎士は静かに手を伸ばす

能登原あめ

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18 お茶会で

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 王妃主催のお茶会で、これほど声をかけられると思わなかった。
 王妃が度々ロゼールに話を向ける。

「マルスランはどうしているの? 用が済んだら彼はこっちに寄越してもいいのよ」

 用が済んだら、とは。
 この場合は飽きたらということではなくて、子を授かったら、という意味なのだろうか。
 ロゼールはなんとか口角を上げて答える。

「……考えておきます」
「ええ、ぜひ、そうしてちょうだい。……彼、ずっとそばにいたでしょう? 寂しくなってしまったの。そろそろ王都へ戻して欲しいわ」

 近くに座っていた王妃の取り巻き達が笑う。

「まぁ、ふふっ……あの方、王妃様が可愛がっていらした護衛騎士ですものね」
「彼、元気かしら? しばらく会っていないから、とても心配だわ」
 
 王妃がロゼールを探るように見つめる。

「彼って本当に……たくましくて、頼りになるでしょう。それに、人前ではちゃんと騎士としての距離感を護る男なのよね」
「…………」
「……まぁ、そうでしたか……うふふっ……」
「……ふふっ、あの方はいつも真剣に王妃様をお守りしてましたものね」

 ロゼールが答えないでいると、周りが笑い出す。
 普段のお茶会なら、挨拶して静かに目立たぬようにやり過ごすというのに。
 ロゼールは女性同士のやりとりに疲れてきた。

 もともと女侯爵という立場からか、男性に好かれる容姿のせいか女性には嫌われやすかったけれど、噂を鵜呑みにした者達が多くてここに親しく話せる人などいない。

「もちろん、元気なのでしょう?」
「はい……晩餐会に出席させていただきますので、その時に見ていただければ」

 王妃のお気に入りで愛人と言われた相手と結婚したものだから、何か新しい噂話を仕入れたいのだろう。
 そういえば、マルスランが王妃の愛人だったのか、ロゼールは本当のことを知らなかった。

「そうね。会うのが待ち遠しい。晩餐会が本当に楽しみだわ」

 彼がこれまで女性とつき合いがなかったとは思えない。
 見た目が良いだけじゃなくて、中身も感情に走ることがなく思慮深いと思う。
 それに……女性の扱いに慣れていて、ロゼールにもとても優しい。

 今の彼なら話してくれそうに思うけれど、王妃の愛人だったと答えられたら……胸が苦しくなる。
 王妃は三十代半ばで、艶やかで美しい。

 マルスランが五つほど年下なだけだから、ありえないことではない。
 ロゼールは頭の中で、二人のことを想像できてしまうのがとても嫌だった。

「私も楽しみにしております」

 済ました顔のまま、お茶に口をつける。
 顔になど出して弱みなど握られたくない。
 そうしてなんとかその場をやり過ごした。









 屋敷に戻ってドレスを脱ぎ、すぐに浴室に向かった。
 ただただ疲れた。
 あの後も思わせぶりな仄めかしに、ロゼールの過去を探るような発言。

 これまで女性同士のつき合いを好まなかったのもあるし、なるべく避けていたから、捌くのに大変気力が必要だった。
 喪に服していた期間が長いのもあると思うけれど、久しぶりに悪意ある視線に晒されて、身体が重い。

「疲れた……」

 思わず湯船に浸かってそう漏らした。
 何も食べずに寝たいと思ったけれど今、マルスランの元に仕立て屋が来ているらしい。
 顔を出すこともせず、任せてしまうくらい気力が足りなかった。

 入浴後に声をかけよう。
 きっと、その場でお直しをしているはずだから。

 昨日マルスランが試着した時、胸と肩のあたりにゆとりがないのに、身頃は腰のあたりが随分と身体から浮いていた。
 彼の制服を元に前もって準備しておいたからとはいえ、半年ほどでこんなに変わるとは思わない。

『大丈夫だ。パーティに出るくらいなら問題ない』
『それでダンスを踊ると恥ずかしいと思うわ』

 王妃も注目している元護衛騎士がサイズの合っていないものを着ていたら、目立つだろうし変な噂が立つ気がする。

『……ダンスか』
『苦手?』

 眉間に皺を寄せて、しばらく踊っていない、というマルスランの手を取った。

『今、踊ってみる? 旦那様がどれくらい踊れるのか、お直しが必要かわかるから』

 マルスランの戸惑った顔を初めて見て、この人にも苦手なものがあるのだとロゼールは嬉しくなったのだけど……。

 ロゼールが数を数え、何度かステップを踏むうちにマルスランは勘を取り戻したのか、いつの間にかロゼールがリードされていた。
 
『旦那様、苦手なものは?』
『……ダンスは得意ではない。だが、二人で踊るのは楽しいし、踊りやすい。相性がいいんだろう』
『…………』

 普段とは違う、彼が慌てる様子を見たかったのに。
 そんな思いが顔に出てしまったのかもしれない。

『拗ねているのか』
『いえ、……お直しは必要だわ』

 マルスランが低く笑って、ロゼールの腰を引き寄せた。
 そのまま軽く唇を合わせる。
 驚いて何度も瞬きを繰り返した。

『……驚くと、瞬きが増えるんだな』
『それは、気づかなかったわ。気をつけます』

 一瞬のことだったけど、二人の口づけは初めてだった。
 顔が熱い。
 深呼吸して、目を閉じる。 
 そうすると、すぐに赤みが引くはずだから……。

『んっ……⁉︎』

 なのに、マルスランがもう一度唇を重ねた。
 
『どうして……』
『目を閉じるから。もう一度して欲しいのかと思ったんだが?』
 
 違ったのか、と問われて頷く。
 ロゼールの頬はますます熱くなっているというのに、マルスランが楽しそうに笑った。
 彼の手が頬に伸びて包み込み、視線を合わせてきた。

 こんなのなんでもない、なんでもないのよ、とロゼールは自分に言い聞かせたのだけど。

『赤くなることもあるんだな……』
『それは……そういうこともあるわ』
 
 そんなやりとりを思い出して、湯船に頭まで浸かりたくなる。
 夫婦なのだから、口づけだっておかしくない。
 その先には進んでいないけれど……。

 コロンブとも顔を合わせなければならないことを、今だけは忘れていたかった。
 
 
 
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