20 / 38
19 従兄と、王妃と
しおりを挟む礼装のマルスランに手をとられ、ロゼールは賑やかな王宮へ入った。
今日のドレスは見る角度によって銀色に見える生地で異国風に仕立てられている。
クリノリンを使用しなくても程よく膨らんでロゼールの華奢な身体を引き立てていた。
「領主殿、もう少しこちらへ」
マルスランを見上げると不可解な色を浮かべている。
周りから視線を感じるから、警戒しているのかもしれない。
今日の彼は、いつも以上に凛々しくて心惹かれた。
ロゼールのドレスより落ち着いたモスグレーで、派手ではないけれど、元々整った顔立ちに均整の取れた身体が損なわれることなく控えめな色気さえ漂っている。
「旦那様と一緒にいると、目立つのね」
「いや、領主殿を見ているんだろう」
これまでの評判を考えたら、粗探しをされてもおかしくない。
眉をひそめそうになってなんとか堪えた。
マルスランが何か言いかけたけれど、ロゼールが先に口を開いた。
「そろそろ順番かもしれないわ」
侍従に促されて、王族へと挨拶に向かう。
国王夫妻と王太子夫妻が並んで座っており、挨拶を受けていた。
昼間に結婚式があって結ばれたばかりの二人は和やかな笑顔を浮かべていてる。
「ご結婚おめでとうございます」
型通りに挨拶し、その場を下がろうとしたその時、王が口を開いた。
「……シモンズ家も安泰のようで、なにより」
「ありがとうございます」
王妃がじっとりとした視線でマルスランを見つめているのに気づいて、そっと彼を窺う。
表情からは何も読み取れず、そのまま静かに下がった。
「……あとで。ゆっくり話そう」
マルスランが誰にも聞こえないくらいの声で囁いた。
彼も今の王妃の様子に気づいたのかもしれない。
彼女との関係を話してくれるのだろうか。
「わかりました」
晩餐会の会場に入るまで、まだ時間があるらしく、酒が配られる。
「果実水にしてくれ」
マルスランが給仕に言って、ロゼールの飲み物を頼んだ。
「ありがとう」
ロゼールが果実水で喉を潤していると、コロンブがやって来た。
ロゼールの手の中のグラスをじっと見て口の端を下げる。
「やぁ、従妹殿。酒は飲まないのかい?」
「ええ」
ロゼールが答えると、コロンブは隣に立つマルスランに視線を移した。
「へぇ……なんだか、騎士だった頃と雰囲気が違うな。まあせいぜい今のうちに楽しんでおくといい」
マルスランに向かって話すというより、独り言のように呟いて去っていく。
「…………」
こんな人目につくところで、目立つようなことはしたくない。
不躾な態度にロゼールは苛立ちと不安を感じたけれど、背中に当てられたマルスランの手が温かくてそれに支えられた。
「まだしばらくかかりそうだから」
ずっと黙ったままでいたマルスランに促されて歩き出す。
手にしていたグラスを給仕に渡して開け放たれた窓の前に立つ。
静かに佇む二人に声をかけるものはいない。
彼と一緒にいると、退屈な時間もなんとかやり過ごせる。
会話も何もなかったけれど、これまでと違って心強い。
それからしばらくして晩餐会の会場に案内され、厳かな雰囲気で始まった。
今日の日のための特別な料理、酒が振る舞われて王太子夫妻が席を立った後は一層賑わった。
「とある方からです」
マルスランの斜め後ろに小柄な女性が立ち、そっとカードを渡した。
開けて読んだマルスランの眉間に一瞬だけ皺が寄る。
「領主殿、すぐに戻る」
「はい、わかりました」
あのカードは王妃からのものだろう。
噂であってほしいとロゼールは思っていたけれど、そうではなかったのかもしれない。
いつの間にか王妃の姿が見えず、もしかしたらこのまま二人とも戻らないかもと、考えたら食欲も失せたけれど、小さく切って食べる。
機械的に手と口を動かしてその時間を過ごした。
会場内は喧騒に包まれているのに、ロゼールはひどく孤独だった。
一人でいることには慣れていたのに。
「領主殿、出よう」
そっと肩に手を置かれて、震えた。
「……早かったのね」
マルスランは眉を上げてそれ以上何も言わずに、彼女の手を取った。
「今のうちに出よう」
急かせるように手を引かれて二人は会場を抜け出す。
馬車に乗り込むと、マルスランがロゼールの隣に腰を下ろした。
「…………」
「王妃様とは何もない。二人で会いたいとカードに書かれていたから、筆を借りて断りの返事を用意していたんだ」
迎えにきた侍女には腹が痛いから少し待ってほしいと伝えて小部屋に籠り、時間を稼いだという。
体調不良の為大変申し訳ありませんがお会いできません、と通りがかった給仕にこっそり代筆してもらい、侍女に渡したそう。
もちろん宛名も署名もしないし、給仕には心づけを渡したと言うけれど――。
王妃との密会を王に見つかるくらいなら、のらりくらりとかわしていくしかないのかもしれない。
あと数日で領地に戻るのだから、それまで何とかやり過ごせればいいと思った。
「探しにこられても困るし、とにかく見つかる前にあそこから離れたかった」
「そう……」
「愛人だったことなんて、一度もない。根も葉もない噂だ」
ロゼールの手を握り、マルスランは手首に強く唇を押し当てた。
さっきまで感じていた疑念と不安がすうっと溶けていく。
「信じるわ」
マルスランがロゼールの話を正面から受け止めてくれたように。
暗い馬車の中でただお互いがそこにいるのを感じていた。
13
あなたにおすすめの小説
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
貴方に私は相応しくない【完結】
迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。
彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。
天使のような無邪気な笑みで愛を語り。
彼は私の心を踏みにじる。
私は貴方の都合の良い子にはなれません。
私は貴方に相応しい女にはなれません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる