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20 重ねて
しおりを挟む屋敷に着いた後も、高揚した気分のまま部屋に戻った。
髪をほどき、ドレスの手入れを侍女に任せてこのまま下がるように伝えた後、ロゼールは湯浴みをする。
コロンブは相変わらずよくわからなくて、心配になった。
ただ、マルスランが王妃と愛人関係ではなかったことは嬉しい。
ロゼールは手首をじっとみつめた。
手首に口づけしたのは、好きだと思ってくれているから?
お決まりの挨拶がわりに手の甲に口づけするのとは違うと考えていいのではないかと悩む。
でも、こちらがそう思っているだけかもしれない。
マルスランから好きと言われたことはない。
でも唇を重ねたこともあるし、不意に抱きしめられることも多く。
そんなことを考えて。
彼が自分をどう思っているか気にしすぎていることに気づいて馬鹿らしくなった。
そう思いつつも、もっと距離を縮めたい、本物の夫婦になりたいとも思う。
ロゼールはのぼせる前に風呂を出て、身体中にオイルを塗りこみ、髪の手入れをする。
そうしてのんびり身支度を整えて、マルスランの部屋へと向かった。
「……旦那様?」
人の気配がしなくて、あたりを見回した。
バルコニーへの扉も閉じているし、浴室へと続く扉が閉まっていて、全く音がしない。
まさか、お酒も飲んでいたし何かあったのではと、慌てて部屋を横切った。
「旦那様! そこにいるの?」
ノックしても、答えがない。
思い切って扉を開けた。
「……え?」
浴室にもいない。
ますます何かあったのではと不安に陥る。
その時、廊下に通じる扉が開いて振り向いた。
「……どうした?」
マルスランが盆に果物やチーズ、パンなどつまめるものと水差しを持ってやって来た。
ほっとして、自分が何をしてしまったのかと顔が熱くなる。
「旦那様がいなかったから」
「俺がいなかったから、風呂をのぞいた?」
揶揄うような物言いに、ロゼールは困って唇を噛んだ。
盆を置いて、近づいて来たマルスランが顎に指をかける。
「不安にさせたのか……。すまない」
そっと抱きしめられて、ロゼールは彼の背中に腕を回した。
すごく、安心する。
どうして彼は気持ちがわかるのだろう。
彼といると等身大の自分に戻ってしまうみたい。
感情の制限ができなくて、こっそり顔を押しつけて泣きそうになるのを隠した。
もっと強くありたいのに。
「腹、空いてないか?」
大きな手で髪を撫でられて首を横に振った。
そういえば、食事が終わる前に彼は王妃様に呼び出されたのだった。
きっとお腹が減っているのかもしれない。
「旦那様、どうぞ食べて」
「…………」
マルスランがロゼールの顎に指をかけて、顔をのぞき込む。
男性の欲望に満ちた表情はとても苦手だったのに、今、彼に向けられるとぞくりとして嬉しいと思った。
「食事よりも、ロゼール。君がいい」
その言葉を理解するのにしばらくかかる。
名前を呼ばれたのは多分二度目で、何度も瞬きを繰り返す。
「驚いている?」
喉が詰まったようになって、声が出せない。
代わりに見つめたまま頷いた。
「……さっきから俺だけが話しているな。寝台に連れていくよ。……何か言って」
ロゼールをそのまま抱き上げて、マルスランが歩き出す。
ぎゅっと首にしがみついて、耳元でそっと囁いた。
「マルスラン」
初めて愛しい人の名を呼ぶ。
彼のたくましい腕がロゼールをきつく抱きしめた。
「もう一度」
かすれた声で囁かれて、気持ちを言葉に乗せる。
「マルスラン……私の旦那様」
ゆっくりと寝台に下ろされて、マルスランが囲い込むようにのしかかった。
「ロゼール、愛している」
彼はどうしていつも欲しい言葉を伝えてくれるのだろう。
心が震えている。
「…………マルスラン」
好きだと、愛していると伝えたいのに唇が震える。
それに彼に触れようとして持ち上げた指先まで震えているのに気づいて、マルスランがそれを大きな手で包み込んだ。
「嫌なことはしない」
ロゼールの指先に口づけ、それから顔中に唇を寄せる。
胸の高鳴りが聞こえてしまうんじゃないかと思ったけれど、マルスランがロゼールを怖がらせないように優しく触れてくるから、心が満たされて。
「マルスラン、愛しているわ」
するりと溢れた言葉に、顔を上げた彼が愛しむような表情を浮かべ、ゆっくりと唇が近づいて。
触れる直前に口角が上がった。
「愛している」
それから深い口づけを送られた。
ロゼールの唇に舌を這わせ、歯列をなぞられて慌てふためく。
唇を合わせる以外のやり方があるなんて知らなくて、口内に侵入してきた舌に、身体が固まった。
「……ロゼール?」
「初めてで……」
マルスランが嬉しそうに笑う。
「そうか。もう一度しても?」
「はい……」
唇を重ねて、舌を絡め合うのも、口内を探られるのもなんて親密な行為なのだろう。
身体が熱くなって感情が高ぶる。
頭の中はぼんやりしているようで、感覚だけが研ぎ澄まされていく。
いつしか夢中になって、マルスランに縋りついていた。
「ロゼール、君が愛しい」
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