灰色の瞳に宿る想いに気づいた時、元騎士は静かに手を伸ばす

能登原あめ

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34 それから

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 ロゼールが目を覚ますと、自室の見慣れた天井が目に入った。

「ロゼール様……具合はいかがですかな?」

 声のする方へ顔を向けると、クレマンが立ち上がり、腕を取った。
 静かに手首を握り、脈を測る。

「……彼は……?」

 ロゼールが視線を巡らすと、部屋にマルスランとバベットの姿が見えてほっとした。
 バベットの泣き腫らした顔が気になって、もう片手を伸ばすと、小走りに寄って両手で握りこむと膝をついて謝る。

「ロゼール様、気づかなくて……、申し訳ありませんでした。まさか……、こんなことが……」
「私も一緒よ。わかるわけないわ。……バベット、身体に障るから、今日はもう休んで……」

 春にはバベットが母親になる。
 子どもを産むには遅い年齢だから、何事もなくこのまま無事に産んでほしい。
 特にこんな出来事があった後は。

 マルスランの視線を感じて、顔を向けると視線が合う。
 ただ見つめ合い、お互いに無事を確かめるように頷き合った。
 クレマンが小さく息を吐いた。
 
「……大丈夫そうですな。まぁ、詳しい話は旦那様から聞いてください。今日は、本当に……色々ありましたから。皆、気持ちの整理の時間が必要ですよ。……ゆっくり休んで、心を休めることです」

 肝心なところで気を失ってしまうなんて、情けない。

「先生、ありがとうございます」

 皆の口が重くなる。
 けれど、何があったのかマルスランが話してくれた。
 あの後アントワーヌがマルスランに阻まれてロゼールにお茶を飲ませることができないと分かると、今までの所業を話し出して自ら毒を飲もうとして暴れたらしい。

 騒ぎを聞きつけたマルスランの友人を始め、使用人達が集まって大事になり、屋敷で密かに処理するわけにはいかなくなった。
 今、アントワーヌは屋敷の地下牢ではなく、自警団の管理している牢屋に連れて行ったという。

 屋敷の地下牢の鍵はアントワーヌが持っているし、屋敷に精通しているから、万一逃走するとか何かことを起こされても困るから。

 王都に暮らすアントワーヌの両親の顔を思い浮かべるとなんともやるせない気持ちになるけれど、領地で公開裁判を開いてロゼールの潔白を示すいい機会だと皆が言った。

「そうね、アントワーヌの裁判が終わったら、……次は私が責任を取るべきだと思う」

 ずっとそばにいたのに、全く気づかずにいたのだから。
 領主としても責任を感じる。
 後継者がいたら、引退できただろうけど今そんなことができるはずもなく。

「ロゼール様のせいではありません!」

 バベットがそう叫ぶと、クレマンもそれなら私も責任を取らないとですな、と言う。

「先生……」

 困ってしまってロゼールの眉が下がる。

「俺達ができることは亡くなった人達の無念を晴らすこと。遺された者達の心が一日でも早く休まるように、何があったか明らかにすること。それが責任あるものがまず行う事じゃないかな」

 マルスランが、今回の件は真摯に受け止めて周りに対して誠実に対応することが大事じゃないかと言う。

「それでも無責任だと言われるのならば……一つずつ一緒に乗り越えていこう」

 マルスランの言葉に躊躇わないわけじゃなかった。
 それでも、彼の榛色の瞳を見てゆっくりと頷く。

「わかったわ。……忙しくなるわね」

 二人きりになってから、マルスランがルナン伯爵家での話を聞かせてくれて、ロゼールもアントワーヌの話を改めて口にした。
 コロンブに対して恥ずかしい気持ちも湧き上がったけれど、マルスランは気にする必要はないと言う。

「彼らの結婚式に呼ばれるだろうし、商品を買えばシモンズ女侯爵も買ったと宣伝になる。あの男はそれで帳消しにすると言っていた。……御用達だと吹聴しそうではあるが」

 コロンブに勝ち誇った顔をされるのは悔しいけれど、いい商品だったらたくさん買ってもいい。
 決めつけて周りが見えなくなっていたのは自分だから……。

「あっ……! アントワーヌが用意したタルトと花の蜜は? お茶だけじゃなくて、タルトにも何か入っているかもしれない……」

 蜜は高級品だから誰かが間違えて口にしたら大変だ。

「大丈夫だよ。食べ物はすべて処分した……クレマン先生が味見していたが」

 口の端を上げて、マルスランが悪戯っぽく笑った。

「……先生、大丈夫だったのかしら」
「さっき、ぴんぴんしていただろう? すぐ吐き出したし、毒下しも念のため飲んでいたよ」
「そう……よかった。そういえば、あなたのご友人は? ちゃんとお礼が言いたいわ」

 マルスランが、そっとロゼールの唇を指でなぞった。

「さっき、アントワーヌと一緒に自警団の元へ向かったよ。今夜は宿を取っているから戻ってこないが、明日一緒に会おう……いい男だから、二人で会わせたくないな」

 そう言ってそっと唇を重ねるから。
 ロゼールは笑って彼の頬に手を伸ばす。

「そんなことを言うなんて……。私にとってあなた以上に素敵な人はいないわ。言うのが遅くなったけれど、助けてくれてありがとう。本当に間に合ってよかった」

 マルスランの瞳にロゼールが映る。
 彼の瞳にも自分が映っているのだろうかと、ぼんやり見つめた。

「……ロゼール、愛しているよ。あまり見つめられると、色々我慢できなくなる」
「……しなくてもいいのに」

 マルスランが何度も唇を重ねてきて、ロゼールも彼の首に腕を絡めて何度も啄みあった。
 
「…………っ、ゴホン。……すみません、食事はいかがなさいますか」

 バベットが申し訳なさそうに部屋にやって来た。
 ロゼールは軽く朝食を食べただけだし、マルスランは……?

「……今日は何を食べたの?」
「…………」

 マルスランが答えないから、ロゼールが笑った。

「食堂に用意してもらえる? 食べに行くから。バベットはもう休みなさい。……ね?」
「はい、ありがとうございます。……ではお言葉に甘えて失礼いたしますね。お邪魔して申し訳ありませんでした、おやすみなさいませ」

 バベットが部屋を出た後、マルスランにそっと口づけした。

「勝手に決めてごめんなさい。でも、倒れてしまうわ」
「……一日くらい食べなくても」
「これからは、どこでだって触れ合えるから……その、今夜、してほしいことある?」

 マルスランが身体を起こして口角を上げた。

「今夜、俺に、おねだり、してほしい」
 
 一語一句、区切っていうからロゼールが首を傾げた。

「おねだり? おねだり……」
「まぁ、いい。食事をとりながら考えておいてほしい。俄然やる気が出たな」

 マルスランの楽しそうな声に首を傾げつつ、ロゼールは身支度を整えた。
 
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