山で出逢っていなければ

能登原あめ

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 誰にも言ったことがないけれど、ハンナには出産中に亡くなったらしい記憶がある。
 その上、生まれた村は山奥にあって、出産も隣近所で助け合う。

 母が自宅で妹を産んだ時の衝撃と前世の記憶がトラウマとなって、今世では子どもは産まないと決めている。
 もちろん結婚するつもりもなかった。

 家を飛び出して冒険者となり、色々なパーティを渡り歩いて気ままに暮らすのを好んで、村にはもう何年も帰っていない。
 何度か恋人もできたけど、結婚の話をされるともう続かなかった。
 
 この世界と貞操にうるさくない。
 女にだって人肌が恋しい時があるのだから、避妊に気をつければその日限りのつきあいだって時には悪くないと思う。



***



 気ままに移動中だったハンナは、乗り合い馬車の故障により廻り道をすることになった。
 乗っていたのはハンナを含めて五組。
 皆その場で待つと言ったが、ハンナはせっかちだった。

「先を急ぐので失礼します」 

 止められたけど止まらない。
 ぱっと見た限り馬車が走るようになるまで、どれだけかかるかわからなかった。
 
「歩くなら、この先二股に分かれるから右の道を道なりに進めば暗くなる前に山を抜けられるかもしれない。だが、それは体力のある男の話だから」
「わかりました、頑張ってみます。皆さんも気をつけて」

 言われた通りに突き進んだ。
 しかし落石で通れない場所があり、一旦道を外れると――。

「どこなの、ここは……」

 なぜか山の奥深く、とても麓に向かっていたとは思えない場所に一人でいた。

 けれど目を凝らしてみると、木々に埋もれるように小屋が建っているのが見える。
 その前でがっしりとした体つきの男が薪を割っていた。
  見た目はハンナより年上にみえる。

 振り上げる腕の筋肉が盛り上がるのを横目に男の職業は木こりか猟師か、それとも冒険者か退役軍人かと想像して犯罪者ではない、とハンナの直感がいい、男に近づいた。
 
「すみません! 村に行きたいのですが、どっちへ向かえばいいですか?」

 男は手を止めて答える。

「今からだと明るいうちに辿たどり着かないし、夜は害獣が出る。気にせず泊まっていけばいい」

 この男の言葉を信用していいものか。
 しばらくハンナは悩んだものの、山小屋の隣に納屋があるからそこを借りればいいし、疲れには勝てず彼を頼ることにした。

 冒険者としてもう何年も男達の中で過ごしてきたから身を守ることくらい難しくない。
 すぐに納屋に移動してもいいし、最悪野宿しよう。
 
「ありがとう。私はハンナよ。お言葉に甘えて一泊お世話になるわ。……あなたの名前は?」
「ディルクだ。薪を片付けるから少し待ってくれ」
「手伝うわ」

 薪を片付けた後、ディルクが室内に案内する。

「何か食べるか?」
「ええ、ありがとう。いただくわ」

 全体を見渡せる開放的な一間で、寝室の仕切りに大きな棚を使っているらしい。
 水回りだけ別にまとめられていて住み心地は良さそうだ。
 けれど、この造りなら納屋に泊めてもらうの一択。

「どうしてこんなところへ?」

 ディルクに訊かれて馬車の話をした。

「待っていたほうが早く着いたかもしれなかったが……帰りはわかりやすいところまで案内しよう」
「ありがとう」

 彼が焼いたという塩味の強いビスケットを食べながらお茶を飲む。 
 腹が膨れると今度は眠くなってきた。

「……眠いならそのソファを使えばいい」
「ありがとう。少しだけここで休ませてもらうわ。夜は納屋を貸して貰えば助かる。あなたもこんな山奥で暮らしているくらいだから一人の時間は大事でしょう」

 彼のことは筋肉質で上背も高く見た目が好みのタイプだったけど、気軽に一晩過ごすような男にはみえないし、手を出してはいけないと本能がいっている。
 
 もうちょっと軽薄なタイプだったら、一夜の相手として楽しんだかもしれない。きっと楽しい夜になったかも。
 そんなことを想像してすぐさま打ち消した。
 深入りしないんだからやめなさい、と。
 もしかしたら肉体的に惹かれているのかもしれない。

「納屋でもいいが、今夜は雨が降るだろう。扉はないし、雨が吹き込むだろう。たまに動物が雨宿りしている」
「…………」

 なんてついてない。

「じゃあ、俺は朝仕掛けた罠に獲物が捕まっているか見てくる」
「わかったわ、ここで休ませてもらうわね」
 
 彼が出ている間に体を休めよう。
 ハンナは横になり、目を閉じた。
 




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