聖女の役目を終えたのですが、別のところへ転移したので堅物騎士様助けてください!

能登原あめ

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 しばらく抱きついていたものの、今度は離れるタイミングがわからない。
 恥ずかしいことを言っちゃったし、やっちゃったし、顔をあげづらくてどうしよう。
 
「アン、晩餐の前に風呂はどうですか? 私は暗闇に紛れて神官長から話を聞いてきます。アレハンドロ殿下のいないところで話がしたいですよね。会えなければ神官に明日会えるように約束を取りつけてきますから」

 殿下の名前がわかったのはよかったけど、ベルナルドさんのことが心配になる。
 日本と違う価値観で、何があるかわからない。
 1年の間神殿にこもっていたし、島にいた時はこの国の情報もあまり届かなかったから。

「ベルナルドさん、危なくないですか? それにここも見張られているんじゃないでしょうか?」
「王宮の警備についてはちょうど交代の時間を見計らって出ますし、知り合いもいますから。晩餐までに帰ってきます」

 ベルナルドさんとの距離が近くて、それにずっと視線をそらさないから――。

「ベルナルドさん、早く戻ってきて下さいね」
「はい、大丈夫ですよ。明日、神官長に会えなかった場合、聞いておきたいことはありますか?」

「別の教会で帰還の儀をしてどうなったかと、聖女の災いがこれまでにあったかと、できれば過去の聖女の日記が読みたいです」
「わかりました」

 じっと見つめられて私も恥ずかしくなる。
 表情を緩めて、私の目元を親指でゆっくりなぞった。
 
「…………」
「…………行ってきます」

 お風呂に入ってさっぱりしたものの、ベルナルドさんの無事な姿を見るまで安心できなくて。
 なのに彼は何でもないことをしてきたみたいにあっさり戻ってきた。

「おかえりなさい」

 はにかむような笑顔にドキドキが止まらない。
 彼は神官長から歴代の聖女の日記と、この国の歴史と聖女の関係について書かれた本を借りてきてくれた。
 
「明日の午後のティータイムにこっそり来てくれるそうです。それまでに読んでおきましょう」
 
 私は読み逃したことがないか、端から日記を読み返した。昔の聖女が別の聖女と出会った話、はひとつもなかった。
 基本的に歴代の聖女って楽観的な人ばかりみたい。

 小さい子を置いてきたママは、チュロスとかお菓子食べさせてあげたいな~とか書いていたけど育児の息抜きの時間思おうとか、年の差婚の人は若い騎士に囲まれて新鮮とか書いてたし。
 
「ベルナルドさん、何かおかしなこと書いてありましたか?」
「…………今のところ、聖女様が還った後に天変地異とか疫病が流行るとか、王族に何か災いも起きていないようです。強いて言うなら、聖職者が短命……? 召喚の儀と帰還の儀で、もしかしたら生命力でも削ってしまうのでしょうか」

 え、怖い。
 なおさら、無理矢理還してなんて言えない。
 私の表情を見たベルナルドさんが慌てて否定する。

「いや、今のはただの想像で、たまたま流行病が猛威を振るったのかもしれません。神殿の中にいると決まった顔ぶれしか見ないですからね」
「確かにそうでしたね」
「明日、聞いてみましょう」







 神官長がマンテカードを片手にひっそり訪ねてきた。私の中で、マンテカードは日本の南の島でよくお土産にされるあの菓子にとても似ていると思っている。
 ザクザクした食感も、動物の油脂を使ってるというのも一緒だし。
 
「神官長、お話しする機会ができてよかったです」
「聖女様……私を罵ってもおかしくないと言うのに、あなたの女神のような御心に私は救われています。何が知りたいのでしょう? 神に誓って私の知るすべてを答えます」

「えーと、じゃあ、歴代の聖女が戻ってきたことは?」
「それはアン様だけです。歴代の神官長の日誌にも、歴史学者の書物にも書いてありません」

 神官長が自信を持って答える。再会した時、あれだけ青ざめて驚いていたから嘘をついているとは思わなかったけど。

「別の場所で帰還の儀をされた方はどうなったのですか?」
「……隣国へ亡命したそうです。当時、婚約者のいた恋人とともに」

 え? それいいの?
 教会を巻き込んだ駆け落ち?
 ベルナルドさんがちょっと唸った気がする。

「……聖女様の願いは全て叶える方針なのです。それに、記録によると婚約者は幾度となく不貞行為があったので、あの場合は聖女様と結ばれたほうが幸せだったでしょう。……聖女様の幸せはこの国のためになりますから」

 なにそのドラマチック展開!
 しかもその婚約者は、聖女の恋人の父親とも関係を持ったらしい。
 政略結婚だからって、そんなの上手くいくはずない。
 貴族のしがらみって大変なんだなぁ。

「ですけど悪い聖女が現れたら大変ですね」
「そのような方はこれまで誰ひとりいらっしゃいませんでした。そのように書かれています」

 神官長の満足げな表情に私はコメントを控える。
 確かに読んでて胸糞悪くなるような人はいなかったけど、欲の深い人は多かったかな?  
 どの人も、聖女ライフを満喫してた。

「あの……帰還の儀を行うと神官の方達は短命になるのですか?」

 1番訊きづらい質問に、神官長は一瞬喉を詰まらせた。これはもしかして、本当?

「ここだけの話にしてほしいのですが……召喚の儀の1年後に帰還の儀を行うので、それまで張り詰めていた神経が、やり遂げた達成感とともに、気が抜けて体調を崩す者が多かったそうです……いや、本当にお恥ずかしい」

 いや、恥ずかしいとかではないと思うんだけど!

「誰かが倒れると次々に移って大変だったと書かれてましたな。高齢の神官は思い残すことはないとそのまま……若い神官達はそれを災いと習うようですが、今時の者は鍛錬が足りぬようで……はっはっは!」
「あはは……」

 今回は視察旅行という未来があったから、みんな元気なのかな。

「他にはなにかありますか? 聖女様、どうしても還ることを望むなら、新しい召喚の場を準備するのに5年ほどいただきたい。中途半端なことはできませんから」

 神官長はまるで私のおじいちゃんみたいに、優しい顔で微笑んだ。

 






 
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