8 / 14
8 決断
しおりを挟む離れに戻って、ポルボロンをつまみながらベルナルドさんとティータイム。
一口サイズでほろほろと口の中でほどけるから噛まなくても大丈夫。大丈夫っていうか食べすぎてしまう難点があるけど。
使用人達が下がったところで、疑問に思っていたことを口にした。
「ベルナルドさん。さっきの話を聞いて、どう思いました?」
「どう、とは?」
眉間にぎゅっとしわが寄る。
ずっとそんな顔をさせているみたいで申し訳なくなってきた。
「……隣国近くの教会で帰還の儀なんて形だけで、そのまま隣の国へ追い払ったのかな、って。そう聞こえました。亡命って言うのかな」
きっと、召喚に使った場所じゃなきゃ還れないって私の本能は感じてる。
「あの話と、神官長の態度から俺も同じように考えました。それと……もし、遠い異国に飛ばされた時に一生遊んで暮らせる報奨金を持っていたら……最初はこの国を目指すかもしれませんが、どこか安らげる場所に留まるかもしれません。俺なら、ですが」
私は頷きかけて、思い出した!
「でも、戻りたいって日記に書いてあった人達の中に、小さい子供がいるお母さんや結婚相手が年上で心配な人もいたんです! ちゃんと戻れたならいいですけど」
「その方達が帰還に失敗していたなら、きっとアンのように神殿に行こうとしたはずです。これまでにそんな記録はないようですが……隠している可能性もありますから、過去に聖女様がいた後に災いがなかったか調べれば何かわかるかもしれません」
明日図書室をのぞかせてもらえないかなぁ。
せめて神官長か、残っている新人神官ならある程度は知っているかも。でも誤魔化されちゃうのかな。
「調べる時間が足りないですね。……ベルナルドさん、私が元の世界に戻れる可能性ってどれくらいあると思いますか? 正直に教えてもらいたいです」
「……こんなことを言いたくないのですが、すぐには難しいと思います。次の満月ではなく、召喚の場を作り直してからなら、いつの日か……次の聖女を呼ぶ準備が整う頃には還ることかできるかもしれません」
それって10年とか、すごく先の話に感じる。
「そんなの……私がいきなり年をとって現れたら家族も困ると思うし、私もあっちでどうしたらいいかわからないと思う」
頭の中が真っ白になる。どうしよう。
私のつぶやきに反応するようにベルナルドさんが私の手を痛いくらい強く握った。
「このまま還ることができなくても、俺があなたを支えます」
まっすぐな視線に一緒に過ごした時間を思い出す。好きな人にそんなこと言われちゃうと、私……。
「ベルナルドさん」
「はい」
ベルナルドさんがじっと私を見つめて。
私もベルナルドさんから目がそらせなかった。
「お酒、飲みたいです。できれば! 強いやつを下さい!」
ベルナルドさんの眉間の皺が深くなる。
「…………アンは飲めるのですか?」
聖女時代は24時間お仕事な気持ちでピリッとしてたから飲まなかった。
でも、ゆるい雰囲気の島で働いていたんだよ!
仕事の後のお酒は美味しかった。
「もちろん。オルホだって飲めますよ! 成人してますから!」
今ならあの40度近い度数のオルホだってストレートで飲める気がする!
「……では、一杯だけですよ。あまり時間がありませんから」
ガーッと一気に飲んで酔って眠って何もかも忘れてしまいたかったのに、小さなグラスに赤いサングリア。
オレンジとスパイスが香っておいしそうだけど。
「……ベルナルドさん、私、子供じゃないんです」
「わかっています。ただ……アンはこれからの人生を左右する決断をしなければなりません」
「ベルナルドさんのケチ」
甘いサングリアを一気に飲み干して、お行儀悪くテーブルに置いた。
「アン……」
「もう一杯だけ、お願いします」
「だめですよ」
「ベルナルドさんは女心がわかってないです!」
「…………」
シュン、としたように見えて私は慌てた。
「もう、還るのが現実的ではないってことも……ベルナルドさんに今八つ当たりしてるってことも……わかってます!」
でも、こんなことってある?
どうしようもない気持ちをどこに持っていったらいいかわからない。
そんな私を、ベルナルドさんが抱きしめた。
「アン、俺と島に住みませんか? 恋人のふりじゃなくて本物の恋人として」
今、なんと?
タイミングも言っている内容も唐突過ぎて、怒りとかやるせない気持ちがぽんと抜け落ちた。
ベルナルドさんの胸に手を押し当てて、まじまじと見る。私の仕草に、彼はその腕を緩めた。
「いきなりで驚かせてしまったかもしれませんが……俺はあなたが聖女様だった時から、いや、アンをひと目見た時から、惹かれました。独りでこの世界にやってきたのに不満を漏らすこともなく、前向きで明るくて、一生懸命で……そんなあなたを愛しています」
あれ?
もしかして私達、ずっと両想いだった?
「あの……」
「アンが……還ってしまうのがつらくて悲しくて、この想いは封印するつもりでいました」
今、本物のベルナルドさんが話しているんだよね?
私の中の想像じゃなくて。
「ですが、こうして再会できたことに運命を感じています。だから、俺はあなたといたい」
「私、ベルナルドさんのことがずっと好きです。還るって決めていたから言えませんでした。……私、子供っぽいし、迷惑ばかりかけて、こんな私ですけど、ベルナルドさんの恋人になりたい」
ベルナルドさんの顔が一気に赤くなるのをみて、私も釣られて赤くなる。
「……アン、結婚して」
「え? あのっ……」
さすがにそれは早いんじゃないかと焦る私に、ベルナルドさんが赤い顔のまま、決意をこめて見つめてきた。
「アン、俺と共に歩んで下さい。……この先、後悔することもあるかもしれない。その責任はすべて俺が引き受けます。だから、この世界で共に生きましょう」
「ベルナルドさん……それはだめです。だって私、きっと時々家族のことや国のこと、友達のことも思い出して悲しくなる時もあると思います。その時にベルナルドさんに当たっちゃうってことですよ? それはよくないです」
「いいんですよ。あなたのすべてを受け入れて、あなたの悲しみも分かち合いたい。半分俺が引き受ければ、少しは楽になるかもしれません。あなたの心も護りたいんです」
「ベルナルドさんこそ後悔するかもしれません」
「あなたと離れるほうが後悔します」
「…………っ‼︎」
私が好きになった人、男前すぎる!
「ベルナルドさん、大、大、大好きです」
感極まって飛びついてしまった私をベルナルドさんはなんなく支えた。彼の腕の中でこっそり涙を拭う。家族や友達にさよならくらい言いたかったな。
「さっきは八つ当たりしてごめんなさい」
「気にしないで……アン、大切にします」
ため息のようにささやかれた言葉に胸がじんとして、絶対幸せになるんだって思った。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
契約破棄された聖女は帰りますけど
基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」
「…かしこまりました」
王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。
では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。
「…何故理由を聞かない」
※短編(勢い)
そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。
朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。
そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。
「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」
「なっ……正気ですか?」
「正気ですよ」
最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。
こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
私が偽聖女ですって? そもそも聖女なんて名乗ってないわよ!
Mag_Mel
恋愛
「聖女」として国を支えてきたミレイユは、突如現れた"真の聖女"にその座を奪われ、「偽聖女」として王子との婚約破棄を言い渡される。だが当の本人は――「やっとお役御免!」とばかりに、清々しい笑顔を浮かべていた。
なにせ彼女は、異世界からやってきた強大な魔力を持つ『魔女』にすぎないのだから。自ら聖女を名乗った覚えなど、一度たりともない。
そんな彼女に振り回されながらも、ひたむきに寄り添い続けた一人の少年。投獄されたミレイユと共に、ふたりが見届けた国の末路とは――?
*小説家になろうにも投稿しています
はずれの聖女
おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。
一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。
シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。
『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。
だがある日、アーノルドに想い人がいると知り……
しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。
なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。
期限付きの聖女
波間柏
恋愛
今日は、双子の妹六花の手術の為、私は病院の服に着替えていた。妹は長く病気で辛い思いをしてきた。周囲が姉の協力をえれば可能性があると言ってもなかなか縦にふらない、人を傷つけてまでとそんな優しい妹。そんな妹の容態は悪化していき、もう今を逃せば間に合わないという段階でやっと、手術を受ける気になってくれた。
本人も承知の上でのリスクの高い手術。私は、病院の服に着替えて荷物を持ちカーテンを開けた。その時、声がした。
『全て かける 片割れ 助かる』
それが本当なら、あげる。
私は、姿なきその声にすがった。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる