夜道を歩く私を助けたのはジャグリオン獣人でした

能登原あめ

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2 夜道を歩く

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 小さな村から大きな港街を目指して山道を歩く。
 月明かりを頼りに真っ暗闇の中を歩くのは、いつもなら怖い。

 でも、今日の私は気が大きくなって、全然怖くなかった。

 聞こえるのは自分の呼吸の音と砂を踏むざくざくいう足音。
 それから、小枝を踏んでパキリと割れる音。
 風が吹いて木々が揺れて葉っぱが鳴る。

 彼らに気づかれる前に街に入って、仕事探しをしなくちゃ。
 それとも先に安くて安全な宿を探したほうがいいのかも。

 そんなことを考えながら気力だけで歩き続ける。
 山の中に大きな守り神みたいな鹿がいたけど、今は眠っているのかな。
 
 私、ただ通り抜けるだけだから。
 悪いことはしないよ。
 もし起きていたら、守って欲しいな。
 お願いします!

 ほんの少し、街のほうから灯りが見えてきた。
 まだまだ遠くだけど、夜中でも起きている人がたくさんいるんだって思ったら、少し安心した。

 「大丈夫、大丈夫。なんとかなる!」

 不安を消すように呟いてみる。
 
「きっとあとで、笑い話にしてやるんだから!」
 
 指輪をぎゅっと握り込む。
 お父さん、お母さん、もっと長生きして欲しかったなぁ。
 やっぱり私、さみしいよ……。
 
「……ひっ、く……っ」

 喉が熱くなって目が潤むけど、グッと奥歯を噛み締めた。
 その時ふくろうがバサバサと羽音を立てて飛び立って何かが駆けてくる音がする。

 どんどん近づいて、はぁはぁと呼吸の音まで聞こえるみたい。
 人間の走る速さじゃない……?

 私は慌てて、道をそれた。
 驚いて泣いている場合じゃない。
 静かに大きな木の影に隠れて、何かが通り過ぎるのをやり過ごそうとして――。

 タッタ、タッタと駆けてきたそれは、大きくて黒い動物で、私のすぐ近くでピタリと止まる。
 隠れているけど、大人一人が両腕を広げたくらいの近さ。

 きらりと黄金色の瞳があたりを見回した。
 立派なツノがないから、何度か見かけた鹿ではないみたい。

「…………」

 私、出て行ったら食べられちゃうのかな。
 それでもいいかも。
 痛いのはいやだけど……お父さんとお母さんの元へ十八歳の私が旅立ったら怒られそう。

「……出ておいで。こんな夜中に危ないよ」

 どこからか穏やかな男の声が聞こえた。
 キョロキョロするけど、周りに男の人なんていないから。
 目の前の動物が話しかけてきたのかも?

「私のこと、食べるんですか?」
「……食べる⁉︎ えっと、俺、怪しい奴じゃなくて……いや、こんな夜中にじゅうぶん怪しいか。山奥の村のじいちゃんが亡くなってお別れの挨拶をしてきたんだ。それで……仕事のために今街へ向かっているところ。こんな時間につ、いや、人の気配がしたから何かあったのかと思って声をかけたんだ。……困ってるんじゃない?」
 
 すごく、すごく困ってる!
 もしかして、やっぱりあの鹿は守り神様で、目の前の大きな動物は御使いなのかも?
 だって動物の方から声が聞こえてくるから。

「…………」
「……あの、もしかしてこの姿が怖い? 俺、ジュスト。君を襲うことはないよ」

 私がずっと考えていて、返事をしなかったからか、ジュストと名乗った黒くて大きな動物がその場で伏せた。
 だからそっと、木の後ろから顔を出す。

「……あの、はい。はじめまして、リルです。誰かと会うと思わなくて……すごく、びっくりしました。ごめんなさい」
「いや、こんな夜中に驚くよな……リルって言うの? うん、いい名だね」
「ありがとうございます……ジュスト、さんは、獣人なんですか?」

 神の御使いというには人間ぽくて。
 穏やかな瞳でこっちを心配するように見ている。
 私の住んでいた村にも獣人はいたけど、人型のほうがなじみがあった。

「うん、そう。人型を取れないのは、今服を着ていないのと、走って帰りたいから……ごめんね?」
「わかりました」
「…………」
「…………」

 獣人の男性は、番がいれば他の女性を見ないって聞いている。
 念のため聞いたほうがいいのかな。
 気を抜いてティボーの時みたいな目に遭いたくないもの。

「あの、ジュストさんは番がいますか?」
「うん、いるよ。……見つけたばかりだけど。だから安心していいよ」

 その言葉にほっとする。
 ゆっくり彼の前に近づくと、伏せたまま待ってくれた。

「こんな暗闇の中一人で歩くなら、まだ山を越えるし大変だよ。……どこまで行くのか、な……?」
「私、港街へ行きたいんです」
「俺と一緒だ! じゃあ、よかったら一緒に行こう」
「いいんですか?」
「もちろん……さっそく背中に乗ってくれる?」

 彼が視線だけ上げて、私を見つめた。
 会ったばかりの人の背中に乗ることに、抵抗はある。番がいると聞いても男の人だしね。

 でも、足は痛いし動物の姿だし、断って独りぼっちになるのも嫌だった。

 おそるおそる背中に手を伸ばした。
 艶やかな黒い毛並みを撫でてみる。
 
 あ、癒される。
 どうしよう、ずっと触っていたいかも。
 それになんだか彼のことは信じて大丈夫だって、私の直感がいう。

「…………」

 ジュストさんは黙ったまま目を閉じていたけど、番のいる方に失礼だったかも。

「失礼します」

 大きな背中をまたいだものの、どこをつかんでいいか悩んだ。

「首にしがみついていいよ。そしたら、夜が明ける前に街へ着くから」
「はい、ありがとうございます」

 温かくて、いい匂いで、毛は柔らかいのに、筋肉がしっかりしているみたい。

 何の動物かな? 
 黒い毛並みが格好いいな。
 ティボーのせいで男の人みんな嫌いになりそうだったけど、大丈夫そう。
 獣人さんと結婚するのもいいなぁ。
 私にも番がいたらいいのに。

「俺、一番大好きな食べ物はばあちゃんの作るビスケットなんだ。あとで分けてあげるよ」

 お菓子につられちゃいけないって、昔お母さんに言われたけど……。

「楽しみにしてます」

 私はジュストさんの首に腕を巻きつけた。
 そのまま顔をうなじにうずめて、深呼吸していると、ジュストさんはぶるりと震えて立ち上がる。

「重たくてごめんなさい」
「……君は軽い。じゃあ、行くよ。絶対落とさないからね」

 
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