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16 面倒事
しおりを挟む「どうしたんだ?」
デーヴィドの元から逃げた私は何も考えずにオーブリーのもとへ来てしまった。
驚いた顔を見せたけど、笑顔ですぐに迎え入れてくれる。
「……デーヴィドが、あと数時間休んでいいって言うから……歩き方おかしい、って……恥ずかしかった」
オーブリーのせいなんだから、そう呟くとごめんと笑いながら抱きしめてくれた。
今だって違和感はあるから、気をつけて歩いたのに。
朝も昨日の夜もオーブリーに気持ちよくされて脚に力が入っちゃったから……。
消毒、とか言って。
あの後、力の抜けた私を抱っこしたまま服を着させてくれて、たくさんキスされた。
オーブリーは甘やかしすぎだと思う。
こんなの癖になったら困る。
「ごめん、身体きついか? エラが相手だと自分じゃなくなるな……ありがたくのんびりさせてもらおう」
横抱きにされて一緒にソファに座る。
私はオーブリーの胸にぐりぐりと頭を押しつけた。
それから、今日は二人とも同じ石鹸の匂いがするのを、嬉しくなって吸い込む。
「今日、同じ匂いだね」
「そんなかわいい仕草、するなよ」
オーブリーにきつく抱きしめられて苦しいのに嬉しい。
「どうしよう……私、幸せすぎて」
私の髪を撫でていたオーブリーが、私に口づけを落とす。
「この近くに家を探すから、一日も早く一緒に暮らしたい」
「うん。私も」
「明日、船長のところへ挨拶に行ってくる。新しい船医を募集してもらわないといけないからな。多分みんなで酒を飲むことになるだろうから夜は戻らないと思うが、心配しなくていい」
「うん、わかった。待ってるね」
その時は全く不安なんてなくて。
満たされていて。
「身体、休めておけよ……次は痛くないはずだから」
オーブリーの言葉に赤くなって頷いた。
翌日は朝食を取らずに出発する客が多くて昼前には掃除や洗濯などある程度片づいたから、細々した仕事が落ち着いてできる。
昨日みんなに任せてしまった分、カウンターに立って雑務をこなした。
オーブリーも、朝食後私を抱きしめてから名残惜しそうに出かけていった。
デーヴィドにいい加減にしろと言われるまで。
それでも今朝は私たちを認めてくれた様子のデーヴィドのことを嬉しく思う。
デーヴィドもこのままこの街に残ってくれたらいいな、モーガンの後を継いで調理人にだってなれるのに。筋はいいって聞いているから。
姉弟で宿屋を盛り立てていくのもいいなと思う。
父さんも母さんも反対しないだろうから。
そんなことを考えていると、扉に取り付けた鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
深く帽子を被り、昼間には不似合いな露出の多いドレスの女性が入ってきた。
この宿にどんな用だろう、泊まり客にはみえないなと思いながら笑顔を向ける。
女の赤く塗られた唇がにやりと笑った。
「多少はみられるようになったじゃないの、エラ。だけど、やっぱりしけた宿屋がお似合いねぇ……」
九年ぶりに会う姉は厚く化粧を施し、派手な宝飾品を身につけていだ。
金持ちのパトロンでも見つけて見せびらかしにでも来たのかも。
「それじゃあ、結婚もできないわよね」
私の、指輪のない手元に目を落としてあざ笑う。
九年経っても性格は相変わらずみたいで嫌になる。
「……ミア、どうしてここへ?」
「四、五日匿ってほしいのよ。どうせ空いてるでしょ、こんなとこ。ほら、これで払うから」
そう言って叩きつけるように指輪を抜いた。
不快な態度にため息を吐きたくなる。
ちらりと予約表に目を落とした。
もともと小さい宿だから固定客と予約でいっぱいだ。
「一人? あいにくまともな部屋は空いてないの。それでもいい?」
「どうせどこも一緒でしょ、こんなとこ。ソフィアおばさんに言わないでよね」
「……こっちよ」
満室の時しか使わない、ベッドと小さなテーブルとイスの置かれた日当たりの悪い九号室へと案内した。
「お風呂は悪いけど、公衆浴場になるわ」
「今日は我慢する。あとで温かい濡れタオル持ってきてよね」
「……わかった。夕食もここで食べる? じゃあ、片づける時にタオルも持ってくるから」
部屋を出て、ため息をついた。
九年も経っているのに、ミアを前にしてどうして十二歳の頃の私に戻ってしまったんだろう。
あの頃の無力な子どもの私じゃないのに。
家族もいるし、今はここにデーヴィドもいる。
明日はオーブリーも帰ってくる。
オーブリー、どう思うかな。
なんとも言い難い複雑な感情に私は戸惑った。
オーブリーが私を好きだと言う気持ちは疑ってないし、裏切ることはないと思う。
けれど、ミアがオーブリーにどんな態度をとるか想像つかなくて怖い。
ソフィアに言うなって言っていたけど、私に隠す義理はない。
ミアはみんなに迷惑かけたんだもの。
ただ、彼女は人を不愉快にさせるし、母さんに心配かけて父さんの具合が悪くなるのは困る。
それに……匿って何かトラブルに巻き込まれたらと思うと頭が痛い。
まず、ここにいるデーヴィドに話そう。
彼だってもう十六歳だし、ミアに一言言いたいんじゃないかな。
故郷に住めなくなったんだもの。
ミアは駆け落ちしたことになってるけど本当は父に赤ちゃんと一緒にどこかに預けられたと言うし。
その子を連れていないのもおかしい。
男関係で揉めたのかも?
とりあえずウィルとミリーに九号室に女性客一人、食事は部屋出しと伝える。
気詰まりになったらミリーに配膳を頼もう。
ウィルに色目を使われても不愉快だろうし。
今度は気持ちを入れ替えるつもりで、大きく深呼吸した。
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