5 / 14
5 転機
しおりを挟む「あなた……サディアスの番なら、ちゃんと幸せにしてあげて」
突然部屋にやって来た女性が、椅子の上で丸くなっていた私をじろりと見て言った。
多分彼より少し歳上で、どっしりした体つきの化粧っ気のない落ち着いた女性。
エプロンをしているから、厨房で働く女性なのかもしれない。
彼が忙しくて顔を出せない時は、いつも女性の兵士がやってくるけど、今日はこの女性が代わりに来たらしい。
「部屋にこもっているばかりじゃ、あなたにとってもよくないわ。……身体を動かさないと、お腹も減らないもの。もっと、食べて、体力つけて」
彼女がバターケーキを一切れ、私に差し出した。
私はそれを受け取ってじっとみる。
「彼があなたを大事にしてるのはわかる……だけど、これじゃあ、ダメ。あなたも暇だと考えなくてもいいことまで考えちゃう。ちょうどね、しばらく仕事を休む子がいるの。代わりにあなた、働いてみない?」
厨房で、まずは料理をお皿に盛り付けることなら難しくないし、昼の短い時間だけでいいと、誘われた。
頭が回らない私はバターケーキを手にしたまま、固まる。
「……もしかして、サディアスに食べさせてもらわないと、何も食べられないの?」
言われてみれば、当たり前のようにずっと食べさせてもらっていた。
それを疑問にさえ思わなくて、顔が赤くなる。
「いただきます……」
自分から食べるのはいつぶりだろう。
かじりつくと、ふんわりとバターの香りが鼻から抜け、口の中にどっしりした蜂蜜の甘さと濃厚な卵の味が舌の上に広がった。
まだ作り立てなのか弾力がある。
なんだか母の作るケーキみたいで懐かしい。
「おいしい、です……」
甘いとか、塩っぱいとかだけじゃなく、食材そのものの味がわかる。
それに気づいて感動していると、目の前の女性が満足げに笑って言った。
「サディアスに言うとうるさいからさ、今から一緒に見においで。……それで、大丈夫そうなら明日からしばらく昼の時間は迎えにくるから、働いてごらん」
入ってきた時の勢いに驚いたけれど、まっすぐで面倒見のいい女性なのかもしれない。
「私の名はブレアよ」
「私はアマヤ、です」
宿舎の中に大きな食堂があって、独身の人達は皆ここで食べているらしい。
食事は基本的に一日二回。
ここに来てからずっと、朝と夜、サディアスがわざわざ部屋に運んできてくれていたことに今さら気づいた。
私の顔に出ていたのか、ブレアさんが豪快に笑った。
「番持ちや、部屋に恋人を連れ込んだ時なんか、部屋で食事してる奴らも少なくないよ。ギリギリまで寝ていたい奴や部屋を汚したくない奴はここでぱっと食べて即仕事に行くけどね」
ここ十年以上周りの国とは友好関係らしいけど、夜間の見回りは必要で、昼頃起き出した彼らのために食事を出しているらしい。
私は知らないことが多すぎる。
ぼんやり聞いていたけれど、意味を理解するうちになんだか、心がざわつきだした。
私はここに来てから、何もしていなくて、全て彼に任せきりで。
「ほらほら、考え込んだってろくな事ないよ。……どうだい?やってくれるかい?」
「……はい」
ためらいながら頷くと、ブレアが私の背中をバシバシ叩く。
「じゃあ、明日は制服持って早めに行くよ。サディアスには……私から説明しておくかな。気楽にやってみればいいから」
その日の夜、サディアスは部屋に入るなり、私をぎゅっと抱きしめた。
「アマヤ」
名前を呼んだだけで、彼は何も言わない。
きっと、ブレアさんから話を聞いたからこんな態度なのかもしれない。
確かに彼は私に甘い。
ここへ来てずっとずっと、護ってもらっている。
それを当たり前のように私は受け取っていて。
「……明日になって、嫌だと思ったら行かなくていいから」
そう言われて、逃げ場を用意してくれる彼に私は腕を回した。
「大丈夫、です」
正直、大丈夫かなんてわからない。
子供を産んでから仕事をしてない。
ジョナス。
会えなくて苦しい気持ちはなくならないし、胸が痛まないわけじゃないけれど、今日のブレアさんとのやりとりは私の中に新しい風を起こした。
「ブレアはおおざっぱだが、頼りになるやつだ。……だが、困ったことがあれば俺に言って欲しい」
「はい」
「……風呂にしよう」
いつものように、彼の準備した風呂に、服を脱がされて一緒に入る。
いつものように髪も身体も洗ってもらい、寝間着に着替えさせてもらった。
当たり前にしてきてもらったことにほんの少し、違和感を感じる。
「今日は川魚のスープだな」
彼に抱っこされて、いつものように食べさせようとした。
「あの……自分で」
スプーン片手に彼がピタリと止まる。
「……………………わかった」
渋々といった様子で私にスプーンを渡す。
私が食べやすいように、スープ皿を近づけてくれた。
「ありがとう……」
なんだか緊張する。
後ろからゆったりと抱きしめられているのに、彼が私をじっとみているようで。
スープの上澄みをすくい、口元へ運ぶ。
おいしい……。
今日はなんだか味がわかる、かもしれない。
二口、三口と食べ進めると、後ろでほっとしたようなため息が聞こえた。
「うまいか?」
「はい、とても……」
「そうか」
それからパンを一つちぎって食べて私の食事が終わったけれど、彼がデザートにいちぢくの蜂蜜煮を勧めてくるから、一口だけ食べさせてもらった。
12
あなたにおすすめの小説
【完結】哀しき竜王の血~番召喚の儀で竜族しかいない世界にやって来た私に愛を囁いた竜王さまには、すでに12人の妃がいました~
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
番の私に望まれているのは、次代竜王さまを産むことだけ? 500年間、番が見つからず荒れ狂う竜王さまを体で慰めてきた12人の妃たちと、妃たちの後ろ盾である12人の大臣たちが、番として日本から召喚された女子大生と薄まる竜族の血に翻弄される竜王に悲恋をもたらす。人外による食人表現あり。
番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。
そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。
お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。
愛の花シリーズ第3弾です。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
番など、今さら不要である
池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。
任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。
その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。
「そういえば、私の番に会ったぞ」
※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。
※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。
番が逃げました、ただ今修羅場中〜羊獣人リノの執着と婚約破壊劇〜
く〜いっ
恋愛
「私の本当の番は、 君だ!」 今まさに、 結婚式が始まろうとしていた
静まり返った会場に響くフォン・ガラッド・ミナ公爵令息の宣言。
壇上から真っ直ぐ指差す先にいたのは、わたくしの義弟リノ。
「わたくし、結婚式の直前で振られたの?」
番の勘違いから始まった甘く狂気が混じる物語り。でもギャグ強め。
狼獣人の令嬢クラリーチェは、幼い頃に家族から捨てられた羊獣人の
少年リノを弟として家に連れ帰る。
天然でツンデレなクラリーチェと、こじらせヤンデレなリノ。
夢見がち勘違い男のガラッド(当て馬)が主な登場人物。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる