ここは番に厳しい国だから

能登原あめ

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「あなた……サディアスの番なら、ちゃんと幸せにしてあげて」

 突然部屋にやって来た女性が、椅子の上で丸くなっていた私をじろりと見て言った。
 多分彼より少し歳上で、どっしりした体つきの化粧っ気のない落ち着いた女性。
 エプロンをしているから、厨房で働く女性なのかもしれない。

 彼が忙しくて顔を出せない時は、いつも女性の兵士がやってくるけど、今日はこの女性が代わりに来たらしい。

「部屋にこもっているばかりじゃ、あなたにとってもよくないわ。……身体を動かさないと、お腹も減らないもの。もっと、食べて、体力つけて」

 彼女がバターケーキを一切れ、私に差し出した。
 私はそれを受け取ってじっとみる。

「彼があなたを大事にしてるのはわかる……だけど、これじゃあ、ダメ。あなたも暇だと考えなくてもいいことまで考えちゃう。ちょうどね、しばらく仕事を休む子がいるの。代わりにあなた、働いてみない?」

 厨房で、まずは料理をお皿に盛り付けることなら難しくないし、昼の短い時間だけでいいと、誘われた。

 頭が回らない私はバターケーキを手にしたまま、固まる。

「……もしかして、サディアスに食べさせてもらわないと、何も食べられないの?」

 言われてみれば、当たり前のようにずっと食べさせてもらっていた。
 それを疑問にさえ思わなくて、顔が赤くなる。

「いただきます……」

 自分から食べるのはいつぶりだろう。
 かじりつくと、ふんわりとバターの香りが鼻から抜け、口の中にどっしりした蜂蜜の甘さと濃厚な卵の味が舌の上に広がった。
 まだ作り立てなのか弾力がある。
 なんだか母の作るケーキみたいで懐かしい。

「おいしい、です……」

 甘いとか、塩っぱいとかだけじゃなく、食材そのものの味がわかる。
 それに気づいて感動していると、目の前の女性が満足げに笑って言った。

「サディアスに言うとうるさいからさ、今から一緒に見においで。……それで、大丈夫そうなら明日からしばらく昼の時間は迎えにくるから、働いてごらん」

 入ってきた時の勢いに驚いたけれど、まっすぐで面倒見のいい女性なのかもしれない。

「私の名はブレアよ」
「私はアマヤ、です」








 宿舎の中に大きな食堂があって、独身の人達は皆ここで食べているらしい。
 食事は基本的に一日二回。
 ここに来てからずっと、朝と夜、サディアスがわざわざ部屋に運んできてくれていたことに今さら気づいた。
 
 私の顔に出ていたのか、ブレアさんが豪快に笑った。

「番持ちや、部屋に恋人を連れ込んだ時なんか、部屋で食事してる奴らも少なくないよ。ギリギリまで寝ていたい奴や部屋を汚したくない奴はここでぱっと食べて即仕事に行くけどね」
 
 ここ十年以上周りの国とは友好関係らしいけど、夜間の見回りは必要で、昼頃起き出した彼らのために食事を出しているらしい。

 私は知らないことが多すぎる。
 ぼんやり聞いていたけれど、意味を理解するうちになんだか、心がざわつきだした。
 私はここに来てから、何もしていなくて、全て彼に任せきりで。

「ほらほら、考え込んだってろくな事ないよ。……どうだい?やってくれるかい?」
「……はい」

 ためらいながら頷くと、ブレアが私の背中をバシバシ叩く。

「じゃあ、明日は制服持って早めに行くよ。サディアスには……私から説明しておくかな。気楽にやってみればいいから」

 






 その日の夜、サディアスは部屋に入るなり、私をぎゅっと抱きしめた。

「アマヤ」

 名前を呼んだだけで、彼は何も言わない。
 きっと、ブレアさんから話を聞いたからこんな態度なのかもしれない。

 確かに彼は私に甘い。
 ここへ来てずっとずっと、護ってもらっている。
 それを当たり前のように私は受け取っていて。

「……明日になって、嫌だと思ったら行かなくていいから」

 そう言われて、逃げ場を用意してくれる彼に私は腕を回した。
 
「大丈夫、です」

 正直、大丈夫かなんてわからない。
 子供を産んでから仕事をしてない。
 ジョナス。
 会えなくて苦しい気持ちはなくならないし、胸が痛まないわけじゃないけれど、今日のブレアさんとのやりとりは私の中に新しい風を起こした。

「ブレアはおおざっぱだが、頼りになるやつだ。……だが、困ったことがあれば俺に言って欲しい」
「はい」
「……風呂にしよう」

 いつものように、彼の準備した風呂に、服を脱がされて一緒に入る。
 いつものように髪も身体も洗ってもらい、寝間着に着替えさせてもらった。

 当たり前にしてきてもらったことにほんの少し、違和感を感じる。

「今日は川魚のスープだな」

 彼に抱っこされて、いつものように食べさせようとした。

「あの……自分で」

 スプーン片手に彼がピタリと止まる。

「……………………わかった」

 渋々といった様子で私にスプーンを渡す。
 私が食べやすいように、スープ皿を近づけてくれた。

「ありがとう……」

 なんだか緊張する。
 後ろからゆったりと抱きしめられているのに、彼が私をじっとみているようで。

 スープの上澄みをすくい、口元へ運ぶ。
 おいしい……。
 今日はなんだか味がわかる、かもしれない。
 二口、三口と食べ進めると、後ろでほっとしたようなため息が聞こえた。

「うまいか?」
「はい、とても……」
「そうか」

 それからパンを一つちぎって食べて私の食事が終わったけれど、彼がデザートにいちぢくの蜂蜜煮を勧めてくるから、一口だけ食べさせてもらった。

 
 
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