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【2】
20 ボクシングディ
しおりを挟むクリスマスの翌日は、使用人達はお休みです。
それぞれ家族と過ごせるようにコーツ伯爵家では決まっているとのことでした。
全員に日頃の労いをこめたプレゼントを渡して、この日一日、私達は使用人達の手を借りずに過ごします。
ブレンダン様は元々軍人でしたし、私も実家で自分の身の回りのことができるようにしておりました。
昨年も経験しているので、少しも困ることはありません。
食べ物も十分に用意がありますし、暖炉の炎さえ完全に落とさなければ、ただただのんびり過ごすだけなのです。
こういう時は別宅のほうがこじんまりしていて温泉もあるので過ごしやすいのですが、ブレンダン様の尽きない体力におつき合いしたので寒い中移動したいとは思えませんでした。
それに、ブレンダン様がとても張り切っています。
私はそこにいるだけでいいのだと、すべて任せてほしいと言われてとても困ってしまいました。
今だって二人並んでソファに腰かけて、ブレンダン様が言うのです。
「口を開けて、愛しい人」
私の目の前にスプーンを差し出します。
病人ではありませんのに。
「ブレンダン様、私、自分で食べられますわ」
「そんなことはわかっている。ほら、冷めてしまうよ。口を開けて」
口を開けるとスプーンが舌に触れました。
私の為に温めてくださった鶏肉と野菜のスープが、とてもおいしいです。
笑顔で見つめてくださるので、困ってしまうのですが。
「とてもおいしいです。あとは自分で」
「今日だけ。昨日無理させた自覚がある」
「…………」
ブレンダン様が言うように昨夜はとても長い夜で、いつも以上に濃密な時間を過ごしたと思います。
クリスマスは二人とも特別な魔法がかかっていたのかもしれません。
動くのが億劫になるほど体がだるいのも、すべてブレンダン様が――。
「思い出している?」
「……ブレンダン様は優しいですけど、時々意地悪です」
赤くなってしまうのは仕方ないのでしょうか。いつか、なんでもないことのように話せるのでしょうか。
「そうか。ならもっと甘やかさないと、嫌われてしまうな」
「これ以上甘やかされたら、私、駄目な人間になると思うのです」
「アリソンが? 絶対にないよ」
話しながらも私にスープを飲ませます。
「そうでしょうか……あの、私がブレンダン様を嫌いになることなんてあり得ません」
「そう言ってもらえるのは嬉しいな。私も同じ気持ちでいるよ」
ブレンダン様の穏やかな笑みがとても好きで、ずっと見ていられると思います。
気づいた時にはスープ皿が空になっていました。
「ブレンダン様、ありがとうございます。あとは本当に大丈夫ですから。温かくてとてもおいしかった、です。でも、ブレンダン様の分が冷めてしまうのでは……?」
今頃気づきましたが、きっと冷たくなっているでしょう。
小さなテーブルに並んだ皿を見て思いました。
私が騒がずに食べていたら――。
「アリソン、気にしなくていい。暖炉のそばに鍋を置いている。いつでも暖かいまま食べられるよ」
そう言われて少しだけ申し訳ない気持ちが減りました。
「あなたは食が細いから、先に栄養のあるものを食べて欲しかったんだ」
クリスマスでご馳走を食べているのですが……早く回復するようにとの心遣いなのでしょう。
体の中だけでなく、心も温まります。
「では私がブレンダン様に食べさせましょうか?」
「いや大丈夫だ」
すぐに返事をされて首を傾げます。
もしかして恥ずかしいのでしょうか、それなら――。
「アリソン、あなたが私に食べさせたら手を出さずにはいられないだろう」
「…………」
どうしてそう思うのかわかりません。
「あなたが元気な時に、ベッドで果物でも食べさせてくれたらわかるよ。新鮮なものがいいね」
よくわからなくて困惑します。
「甘いデザートでもいいが……いや、あなたが甘いから別のものがいいかもしれないな」
「ブレンダン様……?」
私の顔を見て笑い出しました。
「私が寝込んだら、その時はよろしく頼む」
「はい、わかりました」
そう返事をしましたが、ブレンダン様が寝込むようなことはあってほしくないと強く思いました。
ほんの少し沈んでしまった私の心を慰めるように、ブレンダン様が抱き上げて膝の上にのせます。
「ブレンダン様?」
「少しの間だけこうさせてほしい。私はこのまま食事をとってもいいんだが」
ブレンダン様の膝の上はとても安心しますが、食事となると落ち着かないと思うのです。
「……椅子に戻ります」
「そうか、残念だがしかたないな。代わりに今度、夜食に果物を用意する。約束するよ」
笑顔のブレンダン様に私は頷いたものの不思議に思います。
寒くて雪に覆われた季節ですから、しばらく新鮮な果物は手に入らないでしょう。
きっとこの約束は忘れてしまうのだと、私は思ったのですが……。
ブレンダン様は有言実行される方なのでした。
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