愛されることはないと思っていました

能登原あめ

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【3】

43 雪の迷路

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「氷? いえ、雪ですよね……すごいです」

 夏の終わりにトウモロコシ畑の迷路だった場所が積雪を利用した迷路となっていました。
 大きくて立派なので、迷路を作るのはとても大変だったと思います。
 途中で迷子になってしまったらどうなるのでしょう。

「固められているみたいだね。たくさん着込んできてよかった……ジェナには少し早かったかもしれないが」

 ブレンダン様が雪だるまのように着込んだ私たちを見て微笑みました。
 小さな子どもたちのためにそり遊びができる小山もありますが、娘にはまだ少し早そうです。
 
「次に来る頃はきっとそり遊びができそうですね」

 冬の寒い間は部屋の中にこもることが多いですから、子どもたちに元気よく遊べる場所も必要だと思いました。
 屋台があって温かい飲み物や食べ物も売っていますから、晴れた日の昼間過ごすのにいいでしょう。

 今日は視察のつもりできましたので、雪の迷路の中に入るつもりはありませんでした。
 でも楽しそうな声が聞こえてきます。
 地図が用意されていますし、旗を持って迷路に入るので、困ったら高く掲げて振り回せば高台から見張っている人が助けてくれると聞きました。
 
「入ってみようか?」

 ブレンダン様がささやきます。

「でも、ジェナが眠そうにしているわ」

 私の腕の中でうとうとしています。
 きっとこのまま眠ってしまったほうが、起きた時にご機嫌でしょう。
 どのくらい迷路に時間がかかるかわからない中、腕に抱えたまま歩き続ける自信がありません。

「私が抱いて行くよ」

 ブレンダン様はそう言うと、私の腕からジェナを抱き上げました。 
 ほんの少しむずがった娘も父親の胸に抱かれてすぐに大人しくなったのです。

 ブレンダン様が娘を愛おしそうに見つめる視線に私の胸も温かくなりました。
 夫としても娘の父親としても周りに自慢したくなります。

 乳母が後ろで預かろうとそわそわしていましたが、夫は首を横に振りました。
 
「長くかからないから温かいものを飲んで休んでいてくれ」

 納屋を改装して造られたティーハウスのようなものもあります。
 風がさえぎられるのできっと温かいでしょう。乳母には休める時に休んでもらわないと。

「そうね、それがいいわ。先に休んで席をとっておいてくれる? ブレンダン様、迷路に行ってみましょう」

 入り口で地図と旗をもらい、私が持ちました。足元の雪はしっかり固められているものの、靴のせいかすべることもなく歩きやすいです。この辺りの人々も雪に慣れているので大丈夫でしょう。

「トウモロコシ畑よりもわかりやすくなっているね。これは雪を掘るのも大変だっただろう」

 ブレンダン様はすぐに地図が頭の中にはいったようです。
 私にも今回は難しくなさそうで、安心しました。
 大人の男性なら背伸びやジャンプをしたらゴールが見えるかもしれません。

「まだ始めたばかりだから昼間だけこうして遊べるが、ゆくゆくは夜の迷路もやりたいらしい」

「夜、ですか? 暗いですし、もし迷ったりランタンが消えたら怖いと思いますけど……」

 歩きながら想像してみます。
 暗くなってしまったら高台からも見つけてもらえないように思いました。
 
「たくさんのランタンを用意して全体を照らして、恋人同士で訪れる場所にしたいらしい。この時期はあまり娯楽がないからね」

 恋人同士なら寒さもあまり感じないかもしれません。

「すてきですね。きっときれいでしょうね」
「その時はまた遊びに来よう」
「はい」

 そう言ってブレンダン様が約束してくださいました。
 それにしても私たちはいくつも行きたい場所があって、たくさん約束もしています。

 大好きなブレンダン様と一緒にいたら、この先も飽きることはないでしょう。
 夫も同じように思ってくださったら嬉しいのですが……。

「次は……左……?」
「そのようだ」

 地図を確認して進みます。
 それから二度ほど曲がりましたが、突き当たることはなく。
 今のところ旗を振らずにすみそうでした。

 ブレンダン様の腕の中が温かいのと、歩く振動が気持ちよかったのかジェナはすぐに眠ってしまったようです。

「日に日にアリソンに似ていくな。とても可愛い。愛らしくて成長が楽しみだよ、この子は美人になるね」
「私は目元がブレンダン様にそっくりだと思います。ブレンダン様によく似て美人に育つと……」

 ふと、相手に似ていると言い合う私たちの姿をおかしく思いました。

「そうやって笑う顔も寝ている顔もそっくりだ」
「そうですか?」

 無垢な寝顔と一緒にされても。
 自分ではそう思いません。
 首をかしげた私に、ブレンダン様が少し屈んで口づけました。

「……⁉︎ 見られてしまいますわ」

 高台に誰かがいるはずです。
 振り返って見上げたくなりましたが……。

「あなたが可愛いから。大丈夫、見ていないふりをしてくれるよ」

 そう言ってもう一度唇を重ねて、楽しそうに笑いました。
 
「唇が冷たいな」
「ブレンダン様も」
「……温まるまで触れ合っていたいが、残念だな」

 夫の視線の先から冷たい風が流れてきました。
 出口はすぐそこのようです。

「私たちも温かい飲み物をいただきましょう」
「そうだな、ホットチョコレートの匂いがするからウイスキーを入れてもらえるかな」

「きっとありますわ。ウイスキーが置いてないなんて考えられませんもの」
「まるでアリソンが酒豪みたいに聞こえるよ」
「もう! 本当に飲んでしまいますよ?」

 ブレンダン様がからかうので、小声で言い返しました。

「私だって少し、お酒に強くなりましたもの」
「そうかもしれない。だがほどほどに」

 熱々のホットチョコレートに数滴ウイスキーをたらしてもらって、私も飲むことにしました。
 体の中から温まります。
 思ったより体が冷えていたようでした。

「別宅の温泉が恋しくなりますね」

 産み月になってから今まで温泉に入っていません。
 外気は寒いですが、広く開放感のあるお風呂でのんびりしたい気持ちが芽生えました。

「戻ったらのんびり湯に浸かって過ごすのもいいね。別宅の準備が整っていないから今から向かうと言うわけにはいかないが」

「嬉しい! 屋敷のお風呂も好きですけど、温泉は特別に思えて……今から楽しみです」

 ブレンダン様がにっこり笑いました。

「別宅が整ったら」
「はい」
「二人きりでのんびり過ごそう」

 ほんの少し、二人きりという言葉が強調されていた気がします。
 夜の間は誰にも邪魔されませんのに、夫は今も私と二人きりで過ごしたいと思ってくれているようで嬉しくなりました。

「はい、わかりました」
「たまには何も考えずに過ごすのもいい」
「そうですね。一日があっという間ですもの」

 ささいなことでも同じ日はなく、退屈だと思うことがありません。
 愛する人たちがそばにいるからかもしれません。幸せだなぁと思うのです。

「あなたとの時間は楽しくて早く過ぎてしまう」
「私も同じ気持ちです」
「……楽しみにしている」

 
 約束して別宅で過ごした時間、私はあらためてブレンダン様はとても体力があるのだと身をもって知ることになるのでした。
 
 



 

 
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