愛されることはないと思っていました

能登原あめ

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【3】

48 夏至祭

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 一年で一番昼の時間が長い夏至の日。
 元気な領民たちは短い夜の祭りを楽しみます。

 広場では演奏に合わせてダンスをしたり、歌を楽しんだり、大通りにいろいろな屋台も並びますからお腹もいっぱいになります。

 夏至をはさんだ二ヶ月の間は上空は暗く、星がきらめくだけで冬のような美しい光景を観ることはできません。
 その代わりにみんな短い夏を満喫するのだと思います。

 明るい空が見えないように子どもたちの部屋には分厚いカーテンがかけられていて、今夜もぐっすり眠っていました。
 外もようやく薄暗くなってきたところです。
 
「アリソン」

 部屋を出たところでブレンダン様に声をかけられました。
 出かける準備ができているようです。

「よく眠っていますわ」
「そうか、おはようの挨拶の前には戻ってこないとね」
「まぁ……そんなに起きていられませんわ」

 ブレンダン様も気持ちの良い夜の散歩のつもりでいると思いますから、冗談でしょう。
 子どもたちのことは乳母や使用人たちがいるので安心です。
 私たちも夏至の夜を楽しもうと、静かに屋敷をあとにしました。
 
 
 





 ナイトマーケットのようなにぎやかな雰囲気ではないのは、魔女の姿をした売り子や赤いろうそくを灯した屋台があるからでしょうか。
 外を歩いているのも家族連れというより恋人同士が多いようです。

「いらっしゃいませ。いかかですか?」

 香りの良い花や葉を詰めた袋は枕の下に忍ばせると情熱的な夜を過ごせるのだそうで、人気があるようでした。
 特に夏至の夜は特別なのだとか。

「よく眠れるようにラベンダーの匂い袋は知っていますけど、これは初めて見ました」
「せっかくだから一つ買って帰ろうか」

「お買い上げありがとうございます!」

 本物の魔女がいたなら、夏至の夜は森の中で火を囲んで魔女集会に参加しているそうで、ここにいるのは商店街の方たちです。
 少し残念に思いました。
 一度は会ってみたいものです。
 
「毎年おかしなことがあるんです。屋台の数は事前に決められていて場所もくじで決めるのですけど、夜になると数が一つ増えているんですよ。でもどの店なのか何度確かめてもわかりません。だから……本物の魔女の店があると言われているんです。そこではとても素敵なものが買えるそうですよ」

 黒いドレスを着た目の前の売り子は赤い口紅をつけていて、とても色気のある美女でした。
 秘密を打ち明けるように小声で教えてくださったのですが、ふと、こんなに綺麗な女性なら記憶にあるはずなのに見かけた記憶がありません。
 
 ぼんやりそんなことを考えていましたら、彼女がブレンダン様に小瓶に入った何かを渡していて、距離が近いように思います。

「……特別ですわ」
「ありがとう」

 ブレンダン様も美女を前に笑顔ですし、彼女はちらっと私を見て妖艶な笑みを浮かべたのです。
 少し嫌な気持ちになりました。
 ブレンダン様は私の最愛の夫ですのに。

「行こうか」
「……はい」
「ありがとうございました。夏至の夜をお楽しみくださいね」

 ブレンダン様と再び屋台を見ながら歩き出しました。
 夫の腕に手をかけてもやもやした気持ちを払おうと周りを眺めます。

「何か欲しいものがあったかい?」
「そうですね、あれとか」

 何も考えずにすぐ近くの屋台を指差しました。

「ろうそく? 赤と青もあるな。両方買って行こうか」
「……あ」

 少しあやしい雰囲気のろうそくが並んでいます。
 寝室以外では使えそうもありません。
 そんなはずではありませんでしたのに、止める前にブレンダン様がいくつも購入してしまいました。

「こんな買い物も楽しいね」
「……はい、でも恥ずかしいです」
「みんな楽しんで買い物をしているよ。気にすることない。……あっちに仮面が売っているから買おうか。あれをつけたらどんなものでも楽しく買い物ができる」

 いつの間にか周りは熱々の恋人たちばかりですし、仮面をつけている人たちも歩いていました。
 賑やかに楽しみたい人々は広場に集まっているのでしょう。
 今夜の私たちは買い物を楽しむことにしました。

「この通りの奥まで行ってみようか? 本物の魔女の店がわかるかな」

 ブレンダン様はとても楽しそうに仮面を手にとり、私にも選んでくださいました。
 ブレンダン様は凛々しくて王様みたいですし、私のは少し可愛らしい気がします。
 魔女みたいな落ち着いた黒い仮面もありますのに。

「夏至は妖精や精霊も現れるらしいから、あなたにはこっちが似合うね」
「そうでしょうか?」
「とても可愛いよ。さぁ、ほかの店ものぞいてみよう」

 ブレンダン様には私のことが今もそんなふうに見えるのでしょうか。

「魔女のお店をみつけたいです」
「いいね。ついでにアリソンが欲しいものも買おう」

 屋台を見て回るうちに、拗ねたままでいるのは馬鹿馬鹿しいと思いました。
 ブレンダン様は優しくてずっと私だけを見つめてくださるのですもの。

 奥まで屋台をのぞいて、魔女の店はわからないままでしたが楽しいです。
 屋敷に向かって戻りながら、私はブレンダン様に打ち明けることにしました。

「私、一番最初の売り子がブレンダン様を誘っているように見えて少し、嫌な気持ちになったんです」

 本当は少しではないのですけど、ブレンダン様は黙って聞いてくださいます。

「とても色気のある美女でしたから」
「そうだったか? 確かに三十年前ならそうかもしれないが……私の心がほかの女性に動くことはないよ」

 ブレンダン様のことは信じているのです。
 でも嫌な気分になるものなのですね。
 それにしても何かおかしいです。

「三十年前? 三十歳にはなっていないようにみえましたけど……?」
「いや、母より年上に見えたが」

 どういうことでしょう?
 話が噛み合いません。
 
「もうすぐその店が見える。確かめてみよう」
「はい」

 おかしなことに、あの屋台はありませんでした。
 でもブレンダン様の手元には匂い袋と小瓶があります。隣の屋台の店主はそんな店は最初からなかったと言いました。
 
 もしかして、私たちは本物の魔女にあったのかもしれません。

「ブレンダン様、その小瓶はなんですか?」

 なんでも治るという魔女の万能薬でしょうか。
 本当に素敵なものを手に入れたのかもしれません。

「これは……使う時に説明しよう」

 そう言って意味ありげに笑います。

「さっきの魔女から聞いたのだが、夏至は一年で一番欲が高まる日なんだそうだ。だから出歩いている恋人たちは夏至祭のデートを楽しんで、今夜使うものも手に入れて寝室にこもるらしい」

「今日は一番夜が短いのに……夜の長い冬至がそうだと言われたほうが納得できますわ」
「アリソン、試してみたらわかるよ」

 屋敷に戻った後、赤いろうそくを灯し匂い袋を枕の下に置いて小瓶を手にとったブレンダン様。
 半信半疑のまま横になり、口づけを交わしました。
 あの妖艶な魔女にも刺激されたのか、その夜はいつも以上にお互いを求め合ったのです。
 
「ブレンダン様、もう少しだけ……」
「いくらでも」

 終わりたくないと思ってしまいました。
 余裕そうに笑うブレンダン様には限界というものがないのかもしれません。
 やはり夏至には魔力があるのでしょうか。
 来年の夏至にあの魔女と会えたら話してみたいと思うのでした。



 

 




******


 お読みいただきありがとうございます。
 本日の23時57分が日本の夏至だそうですね。
 以下裏話。


 
 Rシーン書くか迷いました。
 小瓶は塗るタイプの媚薬です。
 この二人ならスパイス程度?
 赤いろうそくは垂らしても熱くありません~ってセリフ入れるか迷ってやめました。違う方向に進みそうですもんね。
 (そもそもどっちがたらすのか)


 
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