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猫背半透明

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女子生徒と赤い傘の女

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学校からの帰り道、バケツをひっくり返したような雨に襲われた。

慌てて近くの商店の屋根の下に避難する。

ハンカチを取り出して、濡れた髪やカバンを吹いていると、駆け足でもう一人屋根の下に入ってきた。

屋根の下は狭く、私がちょうどスペースの真ん中に近いところに立っていたので、片方に身を寄せて空間を作ってあげた。

しかし、その人は反対側のスペースに寄って立つと思っていたら、私の方に詰め寄ってきた。

驚いてその人の顔を見る、見たこともない若い女性だった。手には赤い傘を握っている。

黒くて艶やかなロングヘアが印象的で、肌は青白いのだが、口紅が濃いのか、血色が良いのか、唇は鮮やかな色をしている。

奇麗な人だな。不信感や恐怖心より先に、そんなことを思ってしまった。

「あ、あの、何でしょうか?」

私は、雨の音にかき消されてしまうそうな声しか出せなかった。

「あなた、かわいいね」

女がそう言ってほほ笑んだ。

「え?」

まさか、ナンパ?いやでも、女の人だし・・・・・・。

そんなことを考えている内に、その人の顔がどんどんと近づいてくる。

真っ黒な瞳に、私が映っているのが分かる。

「いや・・・!」

もう少しで唇が触れるというところで、私は顔を背けた。

その瞬間、近くに感じていた女の気配が消えた。

視線を戻すと、女の姿は無く、私の手には女が持っていたはずの赤い傘が握られていた。

今の人は?

店の前は見晴らしがよく、近くには入れるような路地も建物もない。

雨のせいではない寒気が、背中を伝うのを感じた。

ここにいない方がいいと思ったが、屋根の外は滝のような雨。

遠くの方では雨がカーテンのようになっている。

「私を使って」

手の中の傘が、喋ったような気がした。

気味が悪いが、背に腹は代えられない。それにマンションの近くまで来たら、どこかに置いていってしまってもいいんだ。

私はその傘を広げて、雨の中に繰り出した。



マンションに着き、傘をたたんでエレベーターのスイッチを押す。私はスイッチの下に持っていた傘を立てかけた。

ここに置いておけば、誰かが拾って行ってくれるだろう。

不意に一番近くのドアが開いて、中から中年のおばさんが出てきた。

私は今置いた傘を、そのまま置いておけばいいものの、反射で拾い上げてしまった。

「あら、○○ちゃんじゃないの」

「あ、こんにちは」

この人は、おしゃべり好きで有名なおばさんで、その人のマシンガンでハチの巣にされる前に即刻逃げろ。
というのが、このマンションの住人の掟だ。

その掟を知らなかった頃、一度このおばさんにつかまってしまい、ひどい目にあったことを思い出した。

適当に相槌を打っていると、エレベーターが到着した。

私は「すいません、ではこれで」と話を途中で切り上げると、エレベーターの中に体を滑り込ませた。

はあ、離脱成功。とそれ良いのだが、手に件の傘を握ったままだ。

どうしよう。と思っていると、背後に誰かの気配を感じた。

そのとたん、体が固まって動けなくなった。

「やっぱり、かわいいね」

聞き覚えのある声が耳元で聞こえた。

目の前のガラスに映った自分の顔の横に、先ほど商店の屋根の下で出会った女の顔が並んでいる。

体だ動かせないだけではない。声も出せなくなっている。

右の脇から、女の細くて青白い手が伸びてきて、制服の上から私の胸を持ち上げる。

もう片方の手は太ももを這ってスカートの中に入り込んでくる。

女がはあっと口を開けた。牙のように鋭い犬歯を私に見せつけるようにして、女がガラス越しに写る私の目を見て笑う。

あ・・・噛まれる。

そう感じ取った私はやがて訪れるであろう痛みに備えて瞼をかたく瞑った。

しかし、痛みはやってこなかった。

はっきりと感じていた気配が、いつのまにか消えている。

おそるおそる瞼を開けると、女の姿はどこにもなくなっていた。

エレベーターは私の部屋のある階に到着していた。

おぼつかない足取りでエレベーターを降りる。

私の手には、いまだに赤い傘が握られている。

この傘を持っていたら、またあの女が現れるだろう。

私は何故だかそう確信した。こんな気味の悪い傘、ここに置いていってしまおう。それがいい。そうしなければ。

頭ではそう思うのだが、そんな考えとは裏腹に、私の傘を握る力は、どんどんと強くなっていく。

女に触れられた部分に、まだ淡く感触が残っている。

そして、噛みつかれることの無かった首筋に刻まれるはずだった痛み。

私を見つめていたあの目。彼女はどんな風に、どんな力で、私の首筋に噛みついたのだろう?

それを想像した瞬間、下腹部から何かが這い上がってきて、頭の中を痺れさせた。


私は傘を握ったまま、玄関の扉を開けた。


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