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1 多少の不運など
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王都の端にある町の、わりと大きな宿屋で俺は毎日バイトをしている。
部屋を掃除したり、シーツを替えたり、汚れ物を洗濯したりが俺の仕事だ。
今日俺は、いつも以上にはりきって仕事をしている。
本日の昼過ぎに、国境偵察を終えた王宮騎士団の一行がこの宿に立ち寄り、休憩していくことになっている。
その偵察メンバーの中に、魔術騎士のイゼルさんが含まれているはずなんだ。
イゼルさんは俺の命の恩人で、この世界で一番信頼している人だ。
逢えるのは3週間ぶりくらいだろうか。
元気かな。
イゼルさんは強いから怪我などしないだろうけど、やはり心配だ。騎士はいつも危険な場所へと赴き闘ってばかりいる。
今日俺はきちんと髪を梳いていて、いつもより入念に顔を洗ってある。実は早起きしてシャワーも浴びてきた。
イゼルさんの前ではなるべく身綺麗にして、きちんと頑張っている姿を見せたいんだ。
だけど昼過ぎに小さなトラブルが起きた。
宿泊客の一人が、時計がなくなったと喚き始めたのだ。
俺が担当している部屋の客だった。
四十過ぎの商人風のその男は、かなり怒った様子で、対応した職員の女の子に喰ってかかっていた。女の子は涙目でひたすら頭を下げつつ、いま担当の者が来ますのでと説明を繰り返している。
厨房で洗い物を手伝っていて突然呼ばれた俺は、そのまま支配人に腕を強く引っ張られ、お客の前に引き出された。
「オマエが盗人小僧かっ!」
でっぷりとした腹のその商人にいきなり胸ぐらを掴まれ揺さぶられた。
「ち、ちがいます!盗んでなんかいませんっ」
「だったらどこに行ったというんだ! 200ベリもしたんだぞ、あの時計はっ」
200ベリといったら、俺が一年間この宿で働いたって届かないような額だ。
「少しだけ時間を下さい。きっと探し出しますので」
俺が必死にそう言うと、商人は俺を乱暴に床に投げ付けた。
「ふんっ。ならば15分だけ待ってやろう。それでも見つからなければ警備団へ差し出すからな!」
俺は勢い余ってベッドの角で打ちつけた頬の痛みをこらえ、
「ありがとうございます」
頭を下げた。それから急いで部屋の中を探し始めた。
トイレやシャワールーム、脱衣ルームの棚の隅、室内の棚の後ろやベッドのシーツの中、マットレスの下・・・
結局金の懐中時計は、マットレスとベッドの隙間に挟まっていた。
客はぶつぶつ文句を言いながらも怒りを納めてくれて、俺は無罪放免となり、仕事に戻るよう言われた。
仕事仲間や他の客からは気の毒がられたが、俺は笑って、周囲に騒ぎとなったことを謝り、仕事に戻った。
残りの洗い物を片づけていると、休憩時間はほとんどなくなった。
まかないの食事をかき込んだあと、洗面所で顔を洗う。
ぶつけた左の頬が痛くて、確認すると腫れていた。
少しの間水で洗って冷やすことにする。これで多少は治まるだろうか。
手首には、支配人に強く握られた時にできた痣がくっきりと残っていた。大柄な支配人は怒らせるといつもすごい力で掴んでくる。
これは腕まくりしていた袖を下ろせばうまく隠れる。大丈夫そうだ。
午後からは洗濯ものをたたみ、大量のシーツにアイロンをかける。
汗だくになって重いアイロンを動かし、シーツの皺を伸ばしていく。
王宮騎士団はいつ到着するんだろう。
今日は久しぶりにイゼルさんに会える。
その嬉しさに比べたら、多少の不運など、俺は平気だ。
部屋を掃除したり、シーツを替えたり、汚れ物を洗濯したりが俺の仕事だ。
今日俺は、いつも以上にはりきって仕事をしている。
本日の昼過ぎに、国境偵察を終えた王宮騎士団の一行がこの宿に立ち寄り、休憩していくことになっている。
その偵察メンバーの中に、魔術騎士のイゼルさんが含まれているはずなんだ。
イゼルさんは俺の命の恩人で、この世界で一番信頼している人だ。
逢えるのは3週間ぶりくらいだろうか。
元気かな。
イゼルさんは強いから怪我などしないだろうけど、やはり心配だ。騎士はいつも危険な場所へと赴き闘ってばかりいる。
今日俺はきちんと髪を梳いていて、いつもより入念に顔を洗ってある。実は早起きしてシャワーも浴びてきた。
イゼルさんの前ではなるべく身綺麗にして、きちんと頑張っている姿を見せたいんだ。
だけど昼過ぎに小さなトラブルが起きた。
宿泊客の一人が、時計がなくなったと喚き始めたのだ。
俺が担当している部屋の客だった。
四十過ぎの商人風のその男は、かなり怒った様子で、対応した職員の女の子に喰ってかかっていた。女の子は涙目でひたすら頭を下げつつ、いま担当の者が来ますのでと説明を繰り返している。
厨房で洗い物を手伝っていて突然呼ばれた俺は、そのまま支配人に腕を強く引っ張られ、お客の前に引き出された。
「オマエが盗人小僧かっ!」
でっぷりとした腹のその商人にいきなり胸ぐらを掴まれ揺さぶられた。
「ち、ちがいます!盗んでなんかいませんっ」
「だったらどこに行ったというんだ! 200ベリもしたんだぞ、あの時計はっ」
200ベリといったら、俺が一年間この宿で働いたって届かないような額だ。
「少しだけ時間を下さい。きっと探し出しますので」
俺が必死にそう言うと、商人は俺を乱暴に床に投げ付けた。
「ふんっ。ならば15分だけ待ってやろう。それでも見つからなければ警備団へ差し出すからな!」
俺は勢い余ってベッドの角で打ちつけた頬の痛みをこらえ、
「ありがとうございます」
頭を下げた。それから急いで部屋の中を探し始めた。
トイレやシャワールーム、脱衣ルームの棚の隅、室内の棚の後ろやベッドのシーツの中、マットレスの下・・・
結局金の懐中時計は、マットレスとベッドの隙間に挟まっていた。
客はぶつぶつ文句を言いながらも怒りを納めてくれて、俺は無罪放免となり、仕事に戻るよう言われた。
仕事仲間や他の客からは気の毒がられたが、俺は笑って、周囲に騒ぎとなったことを謝り、仕事に戻った。
残りの洗い物を片づけていると、休憩時間はほとんどなくなった。
まかないの食事をかき込んだあと、洗面所で顔を洗う。
ぶつけた左の頬が痛くて、確認すると腫れていた。
少しの間水で洗って冷やすことにする。これで多少は治まるだろうか。
手首には、支配人に強く握られた時にできた痣がくっきりと残っていた。大柄な支配人は怒らせるといつもすごい力で掴んでくる。
これは腕まくりしていた袖を下ろせばうまく隠れる。大丈夫そうだ。
午後からは洗濯ものをたたみ、大量のシーツにアイロンをかける。
汗だくになって重いアイロンを動かし、シーツの皺を伸ばしていく。
王宮騎士団はいつ到着するんだろう。
今日は久しぶりにイゼルさんに会える。
その嬉しさに比べたら、多少の不運など、俺は平気だ。
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