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2 イゼルさん
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騎士団の到着は、予定していたよりも大幅に遅くなった。
日が傾き始める頃にようやく到着となった。
途中街道で落石現場があり、騎士らで石を除ける作業を行っていたのだという。
大食堂で休憩をとる十数名の立派な騎士たちの姿に、職場の女の子らが浮足立つ。
飲み物や軽食を出す仕事は若い女の子らの仕事だ。
俺は早くイゼルさんの顔を見に行きたかったが、客室の掃除やシーツ張りがあって、なかなか食堂へ行くことができなかった。
食堂から聴こえてくる賑やかな話し声や笑い声を聞きながら、早く早くと焦る。
ようやく頼まれたすべての部屋のセッティングを終え、片づけをして戻ろうと思ったら、リーダーから声を掛けられた。
お使いに出てほしいのだという。
客に頼まれた備品を購入したり、客のリクエストの食材をそろえたりするのもサービスの内だ。
普段は女の子らが行う仕事だけど、今日は休憩に立ち寄った王宮騎士団の接待で忙しい。
俺は走って店屋を廻り、頼まれた買い物を精一杯急いで済ませた。
そうして荷物を抱え、再び走って宿に戻る。
騎士たちはまだいるだろうか。
出発してしまっていたら、どうしよう。
騎士らはちょうど笑顔で食堂を出て、見送りに軽く手を振りながら馬に乗ろうするところだった。
イゼルさんは?
背の高い、白金の少し長い髪をした、美しい灰色の瞳の、美丈夫な騎士は。
イゼルさんは少し遅れて宿屋から出て来た。
宿の職員に穏やかな笑顔で礼を言い、馬舎番が用意した栗毛の馬に歩み寄る。
「・・・・イゼルさんっ」
俺は、走ったせいで声が出にくくて、でも必死に呼びかけた。
せっかく梳かした髪は乱れているし、汗だくで服もだいぶ汚れてしまっている。だけどもう構わなかった。
イゼルさんの近くへと駆け寄る。
イゼルさんは馬に手を掛けながら振り返り、俺を見つけてくれた。
「やあ、ミキヤ」
俺はお使いの大きな紙袋を抱え直し、胸のポケットから今日ずっと仕舞っていたお守りを差し出した。
「イゼルさん、これ、どうぞ」
手作りのお守りを、俺はたまに渡すことにしている。
この辺りの人の習慣で、無事を祈るお守りを、危険な仕事に身を置く人に送るというのがある。
イゼルさんは優しげな微笑みで、「ありがとう」と言ってお守りを受け取ってくれた。
それから俺の頭をぽんぽんと撫でる。
「頑張っているか?」
「はい、がんばってます!」
「そうか。なら良かった」
イゼルさんは灰色の瞳を優しげに眇め、そっと俺の頬に触れようとする。
触れられるのが痛む方の頬だったから、俺は思わず身構えた。絶対に痛そうな顔をしまい。イゼルさんに心配をかけたくない。
だけど大きな手のひらは頬ではなく、俺の肩にぽんと置かれた。
「・・・ミキヤ、また来るよ」
もう行ってしまうのか。
気付けば他の騎士らはすでに騎乗し、出発の準備を整えていた。
「うん。イゼルさん、お元気で」
俺は騎士から5歩ほど下がって礼をした。
出発の号令がかかり、馬が歩きだす。イゼルさんは隊の最後尾を悠然と行く。
いつまでもその背中を見送っていたかったけれど、まだ仕事の途中だった。
俺は見送り職員たちの間をそっと抜け、職場に戻った。
イゼルさんは行ってしまった。
あまり話ができなかった。
悲しい気持ちを仕事の忙しさで紛らわす。
俺は、2年前にこの世界にやってきた。
ある日突然、「幻界の泉」と呼ばれる、東の国境付近にある森の中の泉に落ちてきたのだ。
その前は、日本で普通に高校生をしていた。
正確には、高校を卒業し、4月からの大学生活に向け期待を膨らませ準備をしている頃だった。
ここがどこなのか。
どうしてこんな場所に来てしまったのか。
全く分らなくて、森を彷徨っていたところをイゼルさんに助けられた。
イゼルさんに助けられ、身の安全を確保されても、俺は一か月くらい泣いてばかりいた。
せっかく受かった大学も、新しい生活も、楽しみにしていた姉ちゃんの結婚式も、すべてがなくなった。
帰り方が分からない。
もう大好きな人達に会えない。
イゼルさんは優しくて、俺の悲しみに根気よく付き合ってくれ、生きる道を探してくれた。
俺はもうイゼルさんに心配を掛けない。
ひとりでも、がんばって生きて行くと決めた。
イゼルさんは、姉ちゃんの婚約者である菊川さんに少し似ている。
とてもかっこよくて優しい。
イゼルさんがこうしてたまに会いに来てくれるのなら、俺は頑張れる。
日が傾き始める頃にようやく到着となった。
途中街道で落石現場があり、騎士らで石を除ける作業を行っていたのだという。
大食堂で休憩をとる十数名の立派な騎士たちの姿に、職場の女の子らが浮足立つ。
飲み物や軽食を出す仕事は若い女の子らの仕事だ。
俺は早くイゼルさんの顔を見に行きたかったが、客室の掃除やシーツ張りがあって、なかなか食堂へ行くことができなかった。
食堂から聴こえてくる賑やかな話し声や笑い声を聞きながら、早く早くと焦る。
ようやく頼まれたすべての部屋のセッティングを終え、片づけをして戻ろうと思ったら、リーダーから声を掛けられた。
お使いに出てほしいのだという。
客に頼まれた備品を購入したり、客のリクエストの食材をそろえたりするのもサービスの内だ。
普段は女の子らが行う仕事だけど、今日は休憩に立ち寄った王宮騎士団の接待で忙しい。
俺は走って店屋を廻り、頼まれた買い物を精一杯急いで済ませた。
そうして荷物を抱え、再び走って宿に戻る。
騎士たちはまだいるだろうか。
出発してしまっていたら、どうしよう。
騎士らはちょうど笑顔で食堂を出て、見送りに軽く手を振りながら馬に乗ろうするところだった。
イゼルさんは?
背の高い、白金の少し長い髪をした、美しい灰色の瞳の、美丈夫な騎士は。
イゼルさんは少し遅れて宿屋から出て来た。
宿の職員に穏やかな笑顔で礼を言い、馬舎番が用意した栗毛の馬に歩み寄る。
「・・・・イゼルさんっ」
俺は、走ったせいで声が出にくくて、でも必死に呼びかけた。
せっかく梳かした髪は乱れているし、汗だくで服もだいぶ汚れてしまっている。だけどもう構わなかった。
イゼルさんの近くへと駆け寄る。
イゼルさんは馬に手を掛けながら振り返り、俺を見つけてくれた。
「やあ、ミキヤ」
俺はお使いの大きな紙袋を抱え直し、胸のポケットから今日ずっと仕舞っていたお守りを差し出した。
「イゼルさん、これ、どうぞ」
手作りのお守りを、俺はたまに渡すことにしている。
この辺りの人の習慣で、無事を祈るお守りを、危険な仕事に身を置く人に送るというのがある。
イゼルさんは優しげな微笑みで、「ありがとう」と言ってお守りを受け取ってくれた。
それから俺の頭をぽんぽんと撫でる。
「頑張っているか?」
「はい、がんばってます!」
「そうか。なら良かった」
イゼルさんは灰色の瞳を優しげに眇め、そっと俺の頬に触れようとする。
触れられるのが痛む方の頬だったから、俺は思わず身構えた。絶対に痛そうな顔をしまい。イゼルさんに心配をかけたくない。
だけど大きな手のひらは頬ではなく、俺の肩にぽんと置かれた。
「・・・ミキヤ、また来るよ」
もう行ってしまうのか。
気付けば他の騎士らはすでに騎乗し、出発の準備を整えていた。
「うん。イゼルさん、お元気で」
俺は騎士から5歩ほど下がって礼をした。
出発の号令がかかり、馬が歩きだす。イゼルさんは隊の最後尾を悠然と行く。
いつまでもその背中を見送っていたかったけれど、まだ仕事の途中だった。
俺は見送り職員たちの間をそっと抜け、職場に戻った。
イゼルさんは行ってしまった。
あまり話ができなかった。
悲しい気持ちを仕事の忙しさで紛らわす。
俺は、2年前にこの世界にやってきた。
ある日突然、「幻界の泉」と呼ばれる、東の国境付近にある森の中の泉に落ちてきたのだ。
その前は、日本で普通に高校生をしていた。
正確には、高校を卒業し、4月からの大学生活に向け期待を膨らませ準備をしている頃だった。
ここがどこなのか。
どうしてこんな場所に来てしまったのか。
全く分らなくて、森を彷徨っていたところをイゼルさんに助けられた。
イゼルさんに助けられ、身の安全を確保されても、俺は一か月くらい泣いてばかりいた。
せっかく受かった大学も、新しい生活も、楽しみにしていた姉ちゃんの結婚式も、すべてがなくなった。
帰り方が分からない。
もう大好きな人達に会えない。
イゼルさんは優しくて、俺の悲しみに根気よく付き合ってくれ、生きる道を探してくれた。
俺はもうイゼルさんに心配を掛けない。
ひとりでも、がんばって生きて行くと決めた。
イゼルさんは、姉ちゃんの婚約者である菊川さんに少し似ている。
とてもかっこよくて優しい。
イゼルさんがこうしてたまに会いに来てくれるのなら、俺は頑張れる。
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