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風になった背中
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次の日の朝、坂の下の踏切を渡って石段を降りると、国道沿いのバス停でミオがベンチに座ってスマホを弄っているのが見えた。
「おはよう」
少し遠くから風花がそう声をかけるとミオは顔を上げ、ホッとした表情でカバーを閉じてスマホをポケットに入れた。
「よかったあ。何時のバスに乗るのか聞いてなかったから、もし先に行ってたらどうしようって思ってたんよ」とミオ。
「えっ? もしかして待っててくれた?」
「へへっ、バスって一人で乗っても退屈だから、誰かと話しがなら乗ったほうがええじゃろ?」
ちょっと照れながらミオが笑う。
「わあ、うれしい」
思わず声に出した。今日は朝から気分は最高だ。
そうこうしているうちに、バスがやって来て、二人はバスに乗り込んだ。驚いたのは、違うバス停で乗ったのだろうか、同じ高校の制服が乗客のかなり割合を占めていた。当然席は空いてないが、学校までは2キロほど。座ることは諦めたが、東京の朝の電車ほどではないので、余裕を持って立つことができた。
バスの奥から「ミオ、おはー」と声がして、ミオも軽く手を上げて「おはー」と返す。ひとつ前のバス停で乗る同じ中学から行く他のクラスの子らしい。
バスに揺られて風花がミオと他愛もないおしゃべりをしていたとき、外を見ていた風花がバスの先を走る見覚えのある後ろ姿が見えた。学校指定の紺色のジャージと背の高い背中。あれは——
「ねえ、あれってもしかして孝太くん?」
言う間にバスがその背中を追いついた。
「あー、そうそう。これから毎日学校まで走って行くんだって」
ミオはそう言うと、座っている他の生徒の間の窓から少し顔を出し、
「孝太、ファイっ!」
と大声で叫んで手を振った。孝太の「おー」と言う声が風とともにバスの後ろに遠ざかる。
「毎日走って?」
「そう。ああ見えて、結構ストイックなとこあんのよ。もっと楽しんで走ればええのに」
そう言いながら、ミオは窓から後ろを覗き込むように孝太が走ってくるはずの道路をいつまでも見ている。
「あのさ」そんなミオの姿が少し気になって、風花はその横顔に声をかけると、ミオが「ん?」という顔で振り向いた。
実は昨日から気になってはいた。でも、出会ったばかりでそんなことを聞くのもどうかと思い遠慮していたのだが、もしかして。
「ミオちゃんと孝太くんってさ——」
他の乗客たちに聞こえないよう、小声でミオの耳元に話しかけた。
「付き合ってないよ」
風花が次の言葉——二人は付き合ってるの?——を言う前に、間髪を入れずミオがケロッとした顔でそう言った。
バスが速度を落とし始め、やがて次のバス停で止まる。
「へえ、ああ、そう——なんだ」
あまりにも即座に否定されて、風花は次の言葉に詰まった。
バスの前の入り口から、二人ほど同じ制服を来た女子生徒が乗り込んでくる。どうやら上級生みたいだ。1人目がチャージ式のカードを手慣れた様子で「ピッ」と通している。その後ろから、乗ってきたのはかるた部の中堂先輩だった。
中堂先輩は、バスの中程に立っているミオと風花を認めると、人混みを掻き分けるように横向きで移動してきてミオの横に並んだ。
「どうやら大丈夫だったみたいね」
風花の顔を覗き込み、安心した顔で中堂先輩がいう。昨日聞いたミオの話では、中堂先輩もしばらく保健室で付き添ってくれたらしいが、軽い貧血だとわかると少し安心して、部室の片付けのこともあり、先に帰ったということだった。
「はい。お腹が空き過ぎたみたいで……」
理由を言うのが気恥ずかしい。
「あなたも、もしかるたをやるなら、体力も必要だよ」笑って先輩がいう。
「はい。ありがとうございます」ペコリと風花は頭を下げた。
その停まっているバスのすぐ横から「ミオ、遅せえぞー」と大声が聞こえて、孝太が風花たちのバスを一気に追い越して行くのが車窓から見えた。
さっきはバスも走っていたのでわからなかった。孝太の、その颯爽とした軽やかな足取りでバスを追い抜いたその背中を、風花はいつの間にかずっと目で追いかけていた。思っていたよりずっと、ずっとその背中は早かった。
「どう? 走ってるときは、あんな孝太も結構かっこいいでしょ?」
フッとミオから声をかけられた。同時にバスが動き出した。
「うん」反射的に風花は思わずそう返事をした。
「じゃあ、孝太と付き合ってみる?」
「えっ?」驚いてミオの方に振り向いた。
ミオがニヤニヤと笑っている。そういえば、さっきのミオと孝太の話が途中で止まったままだ。
「ど、どういうこと?」
「うちは別に構わないよ。孝太と付き合う子ができても」
相変わらず、まだ笑っている。いったい彼女の言葉が、どこまで本気で、どこまで冗談なのかわからないけど。
——付き合ってないよ。
あれは本当なんだろうか。
「冗談ばっか言わないでよ。びっくりするじゃん」
風花もひたすら笑いながら、その場を濁した。
バスは再び、孝太を軽々と抜き去っていった。
「おはよう」
少し遠くから風花がそう声をかけるとミオは顔を上げ、ホッとした表情でカバーを閉じてスマホをポケットに入れた。
「よかったあ。何時のバスに乗るのか聞いてなかったから、もし先に行ってたらどうしようって思ってたんよ」とミオ。
「えっ? もしかして待っててくれた?」
「へへっ、バスって一人で乗っても退屈だから、誰かと話しがなら乗ったほうがええじゃろ?」
ちょっと照れながらミオが笑う。
「わあ、うれしい」
思わず声に出した。今日は朝から気分は最高だ。
そうこうしているうちに、バスがやって来て、二人はバスに乗り込んだ。驚いたのは、違うバス停で乗ったのだろうか、同じ高校の制服が乗客のかなり割合を占めていた。当然席は空いてないが、学校までは2キロほど。座ることは諦めたが、東京の朝の電車ほどではないので、余裕を持って立つことができた。
バスの奥から「ミオ、おはー」と声がして、ミオも軽く手を上げて「おはー」と返す。ひとつ前のバス停で乗る同じ中学から行く他のクラスの子らしい。
バスに揺られて風花がミオと他愛もないおしゃべりをしていたとき、外を見ていた風花がバスの先を走る見覚えのある後ろ姿が見えた。学校指定の紺色のジャージと背の高い背中。あれは——
「ねえ、あれってもしかして孝太くん?」
言う間にバスがその背中を追いついた。
「あー、そうそう。これから毎日学校まで走って行くんだって」
ミオはそう言うと、座っている他の生徒の間の窓から少し顔を出し、
「孝太、ファイっ!」
と大声で叫んで手を振った。孝太の「おー」と言う声が風とともにバスの後ろに遠ざかる。
「毎日走って?」
「そう。ああ見えて、結構ストイックなとこあんのよ。もっと楽しんで走ればええのに」
そう言いながら、ミオは窓から後ろを覗き込むように孝太が走ってくるはずの道路をいつまでも見ている。
「あのさ」そんなミオの姿が少し気になって、風花はその横顔に声をかけると、ミオが「ん?」という顔で振り向いた。
実は昨日から気になってはいた。でも、出会ったばかりでそんなことを聞くのもどうかと思い遠慮していたのだが、もしかして。
「ミオちゃんと孝太くんってさ——」
他の乗客たちに聞こえないよう、小声でミオの耳元に話しかけた。
「付き合ってないよ」
風花が次の言葉——二人は付き合ってるの?——を言う前に、間髪を入れずミオがケロッとした顔でそう言った。
バスが速度を落とし始め、やがて次のバス停で止まる。
「へえ、ああ、そう——なんだ」
あまりにも即座に否定されて、風花は次の言葉に詰まった。
バスの前の入り口から、二人ほど同じ制服を来た女子生徒が乗り込んでくる。どうやら上級生みたいだ。1人目がチャージ式のカードを手慣れた様子で「ピッ」と通している。その後ろから、乗ってきたのはかるた部の中堂先輩だった。
中堂先輩は、バスの中程に立っているミオと風花を認めると、人混みを掻き分けるように横向きで移動してきてミオの横に並んだ。
「どうやら大丈夫だったみたいね」
風花の顔を覗き込み、安心した顔で中堂先輩がいう。昨日聞いたミオの話では、中堂先輩もしばらく保健室で付き添ってくれたらしいが、軽い貧血だとわかると少し安心して、部室の片付けのこともあり、先に帰ったということだった。
「はい。お腹が空き過ぎたみたいで……」
理由を言うのが気恥ずかしい。
「あなたも、もしかるたをやるなら、体力も必要だよ」笑って先輩がいう。
「はい。ありがとうございます」ペコリと風花は頭を下げた。
その停まっているバスのすぐ横から「ミオ、遅せえぞー」と大声が聞こえて、孝太が風花たちのバスを一気に追い越して行くのが車窓から見えた。
さっきはバスも走っていたのでわからなかった。孝太の、その颯爽とした軽やかな足取りでバスを追い抜いたその背中を、風花はいつの間にかずっと目で追いかけていた。思っていたよりずっと、ずっとその背中は早かった。
「どう? 走ってるときは、あんな孝太も結構かっこいいでしょ?」
フッとミオから声をかけられた。同時にバスが動き出した。
「うん」反射的に風花は思わずそう返事をした。
「じゃあ、孝太と付き合ってみる?」
「えっ?」驚いてミオの方に振り向いた。
ミオがニヤニヤと笑っている。そういえば、さっきのミオと孝太の話が途中で止まったままだ。
「ど、どういうこと?」
「うちは別に構わないよ。孝太と付き合う子ができても」
相変わらず、まだ笑っている。いったい彼女の言葉が、どこまで本気で、どこまで冗談なのかわからないけど。
——付き合ってないよ。
あれは本当なんだろうか。
「冗談ばっか言わないでよ。びっくりするじゃん」
風花もひたすら笑いながら、その場を濁した。
バスは再び、孝太を軽々と抜き去っていった。
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