【新編】オン・ユア・マーク

笑里

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セピア色の写真

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 結局、ミオの母親に押し切られる形で小柴呉服店のモデルを務めることになった。もちろん看板娘であるミオも撮影してもらうことになっている。
 後々、店のウインドウにずっと飾られるかと思うとちょっと恥ずかしいが、綺麗な着物をただで着られるのはうれしくもある。
「ほお。いったいどこで見つけてきたんかいね、こんな子」
 カウンターから出てきた孝太君ちのおじさんが、さかんに頭から足先まで眺め回すので風花も照れてしまう。
「ミオの同級生なんよ。大道……風花ちゃん」おばちゃんは苗字をえらくゆっくりと言って、おじさんの顔を見た。
 おじさんは少し驚きの入った顔で、風花の顔をじっと見つめていた。

「よし、できた。やっぱりよう似合ってじゃ」
 更衣室で着付けが終わり、ポン、とおばちゃんから後腰の辺りを叩かれて、そのまま写真館のスタジオに連れて行かれた。
「おっ、ええねえ。いい写真が撮れそうじゃ。よっしゃ、そこに立ってみて」
 待っていたおじさんから促されて、強いライトが当たってるセットの真ん中に立った。背景になる場所には赤い布が掛けてあり、足元には和風の小物がいくつかさりげなく置かれていて、風花の初めてのモデル体験が始まった。

「しっとったんじゃろ」
「しっとるわけなかろう」

 ほんの1ヶ月前なら広島弁の会話は早口でわからなかった。だけど耳が慣れたせいか、最近はなんとなく意味がわかるようになった。
 ミオの母親が、撮影のポーズを変えるため風花の袴《はかま》の着崩れを直しながらボソッと小声で言い、孝太んちのおじさんが写真の機材をセットし直しながらボソッと返事をした。ただそれだけの聴き逃しそうな何気ない会話だったが、確かに2人はそう言ったのだ。

 ——知ってたんでしょ?
 ——知ってるわけないだろう

 たぶんそう言う意味だ。あの場所で、あのタイミングで言ったということは、ひょっとしたら何か自分に関わりのあることだったんじゃないか——聞くわけにもいかず確かめようもないが、風花はそんな気がしてしかたなかった。

 風花の撮影の後に、ミオの撮影があった。
「毎日見てるから気にもしてなかったけど、こうやってカメラ越しに見ると、いつの間にかミオちゃんもちゃんと綺麗なお姉さんになってるわい。店の前の写真も子供の頃の写真から新しいのに交換せんといけんかねえ」パシャパシャとシャッタを切りながら、おじさんが言う。「じゃけど、小さい頃の写真もかわいいから、まだあのまま一緒に飾っとってもええかいの?」
「ええよ、おじちゃん。でも、うちの写真ばっかりで孝太の写真がちょっと少なくない?」
 ポーズをとりながら、ミオがそう言うと、
「ええんじゃ、男の子は。飾ってもつまらんし」
と笑っている。
「おじちゃん、前から聞こうと思ってたんだけど、一枚だけ色の褪せた写真がずっと飾ってあるでしょう? 赤ちゃんを抱いてる。あれは誰なん?」
 おじさんが返事をするのに少し間があいた。やっぱりミオはあの写真のことは知らなかったみたいだ。
「ああ、あれはおじさんの同級生だった人でね。今は東京におるという話じゃ」
「もしかして、おじさんの彼女だったん?」
 ミオが直球で聞いた。自分も聞いてみたいと思っていた風花はドキッとした。仲がよかった——おばあちゃんは確かにそう言っていたのだ。だが、
「バカ言え。友達じゃ。元カノの写真なんか飾っとったら、母ちゃんから殺されるわい」
と、おじさんはミオではなく明らかに風花を見ながらそう言って笑い、それ以上はなにも語らなかった。

 撮影を終えてミオの店に帰ると、入り口に「ただいま隣の写真館で業務中です。御用の方は大河内写真館まで 店主」と言う立看板があった。きっと着物を着ての撮影が頻繁にあるのだろう。
 写真は数日後にできるらしい。等身大より大きな写真を丈夫な布に印刷して、それをお店のウインドウに吊って飾るとおばちゃんは言う。
 想像するだけで恥ずかしい。帰ったらおばあちゃんになんて言おう。驚くだろうか。それとも喜んでくれるだろうか。
 そして——お母さんには言うべきだろうか。
 実は風花にはさっきから気になっていることがあった。大河内孝太の父親が母の親しい友人だったとすれば、その隣に住む彼の幼馴染の女子——小柴美織の母——とは知り合いだったはずだ。
「名前を思い出せなくて」
 でも、ミオの母はそんなふうに言った。そんなことがあるのだろうか。そして大河内写真館に飾られたセピア色の1枚の写真。
 いったい若い頃、この尾道でお母さんに何があったんだろう——
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