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天国と地獄
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上本先輩に続き、中堂先輩とミオが一気に大差で勝って、海潮高校は3勝して早々と一回戦の勝ち抜けを決めた。あとはこの勢いに乗って風花と孝太の公式戦初勝利に期待がかかる展開となっていた。
対戦相手は2人ともC級であり、絶対に勝てないという相手ではない。風花の相手は2年生で今のところ風花は7枚差で負けているというところ。一方で孝太の相手は経験者とはいえ同じ1年生であり、孝太は大きな体とその長い腕を生かした積極的な攻めたてて、意外にも5枚差でリードしている状況で終盤戦を迎えていた。
おおえやま いくののみちの とおければ——
自分の名前と発音が近い札は、早く取れる得意な札——得意札《とくいふだ》という——になりやすいと言われる通り、自然と風花もこの3字決まりの歌は他の札より早く取れることが多い。発音を聞き慣れている関係だろうか、自分の陣にある「まだふみもみず あまのはしだて」にスッと無意識に手が伸びて、6枚差と追い上げた。
「うりゃ!」遠くで孝太の声。きっと彼も取ったはず。取ってくれた、はず。
風花は今、確かにあの昇華高校との練習試合よりも、手応えを感じていた。
毎日——休みの日も毎日、A級の3人が全力で相手をしてくれたんだ。中堂先輩やミオに比べれば、今の相手のスピードにはちゃんとついていけている。
——送り札は決まり字の短い札から送るのが定石《じょうせき》よ
ミオがそう教えてくれた。きっとここは勝負——
ドキドキしながら、ためらわずに「からくれなゐに みづくくるとは」と書かれた札を送り札としてスッと差し出すと、相手は少し考えて右下段の端から2枚目に置いた。
「もっと相手の懐に飛び込んで! お手つきを怖がらない!」
毎日どれだけミオから言われただろう。
いま送った札の決まり字は「ちは」。絶対あの札は、あの1枚だけは必ず抜く。相手が狙い通り右下段に置いた札を、あの1枚を取ったら私は——
そう心に決めて、一度大きく呼吸をして、風花は再び札と対峙して全神経を耳に集中した。
しばらく二組とも一進一退を繰り返した。そして読まれた「かくとだに」で孝太が思いっきり相手の右下段の札をまとめて吹っ飛ばして勝ちを決め、「海高4勝!」と雄叫びをあげた。大河内孝太の競技かるた初勝利だった。
だが、「ちは」は最後まで読まれることもなく、風花の初戦は追い上げたが4枚差負けで終わった。
みんなでパチンと手を合わせた。特に孝太は背を曲げて先輩たちから頭を撫でられてにやついている。
「いや、風花ちゃんは2年生相手によく粘ってたよ。大丈夫。あれなら近いうちに必ず勝てるようになるから」
中堂先輩がポンと肩を叩いてそう言ってくれた。
あと少しだったかもという思いもないこともない。だけど、自分でもわかってる。実は相手の右下段にはまた手が出なかった自分を知っている。
あそこでもし「ちは」が出ててたら——私は本当に取れたのかな。
絶対取ると決めてたのに、本当は「ちは」が出なくてどこかで少しホッとしている自分がいる気がした。
「はい、次こそ私が勝ちますよ」
そんな気持ちを隠して、努めて明るく振る舞った。
一息入れに外に出た。日曜日の広島は快晴だ。
付き添いできたミオの母は、こちらのかるた会にも顔が広く、ゆっくり試合を応援する暇もないわと言いながら、あちこち走り回っていた。
「次の呉原高校なんだけど」
中堂先輩がメモを取り出した。
「A級が2人、B級が2人、C級が1人ね」
「やっぱり強いんですか」風花がメモを覗き込んだ。
「うん。シード校だからね。A級の2人はあちこちの大会で顔を合わすけど、なかなかしつこいかるたをするから油断はできない。特に1人はクイーン戦予選でもいい勝負をするくらい強いんだよ。だから問題は相手がC級をどこに置いてくるかなんだよね。もしうちのチームのA級が1人でも取りこぼすことがあったら、孝太君か風花ちゃんのどちらかが勝たなきゃいけなくなるよね」
「俺、俺がそのC級とやります!」
すかさず孝太が手を上げた。1回勝って自信をつけたようだ。
「そうそううまくはいかないよ。風花ちゃんは? 勝てる自信は?」
中堂先輩から顔を覗き込まれた。
喉がカラカラだ。そんなこと言わないで——
「もちろん頑張ります。今度こそ勝ちます」
そう返事をした。
「とりあえず、うちらが3人勝つことを目標に。さあ、行こうか」
上本先輩が気合を入れて立ち上がった。
やばい——
上本先輩がいきなりリードされている。相手がエースをぶつけてきたのだ。
やばい——
私の相手が、例のC級なのに。
やばい——
孝太もB級相手に、初戦のようにはいかない。じわじわと突き放されている。
やばい——
もしかして、もしかして私がこの試合の鍵を握って……
助けて、ミオ、中堂先輩。上本先輩、逆転お願いします。
だって、だって私。またあの下段の札がとても遠く感じてて。
もう泣きそうだった。
対戦相手は2人ともC級であり、絶対に勝てないという相手ではない。風花の相手は2年生で今のところ風花は7枚差で負けているというところ。一方で孝太の相手は経験者とはいえ同じ1年生であり、孝太は大きな体とその長い腕を生かした積極的な攻めたてて、意外にも5枚差でリードしている状況で終盤戦を迎えていた。
おおえやま いくののみちの とおければ——
自分の名前と発音が近い札は、早く取れる得意な札——得意札《とくいふだ》という——になりやすいと言われる通り、自然と風花もこの3字決まりの歌は他の札より早く取れることが多い。発音を聞き慣れている関係だろうか、自分の陣にある「まだふみもみず あまのはしだて」にスッと無意識に手が伸びて、6枚差と追い上げた。
「うりゃ!」遠くで孝太の声。きっと彼も取ったはず。取ってくれた、はず。
風花は今、確かにあの昇華高校との練習試合よりも、手応えを感じていた。
毎日——休みの日も毎日、A級の3人が全力で相手をしてくれたんだ。中堂先輩やミオに比べれば、今の相手のスピードにはちゃんとついていけている。
——送り札は決まり字の短い札から送るのが定石《じょうせき》よ
ミオがそう教えてくれた。きっとここは勝負——
ドキドキしながら、ためらわずに「からくれなゐに みづくくるとは」と書かれた札を送り札としてスッと差し出すと、相手は少し考えて右下段の端から2枚目に置いた。
「もっと相手の懐に飛び込んで! お手つきを怖がらない!」
毎日どれだけミオから言われただろう。
いま送った札の決まり字は「ちは」。絶対あの札は、あの1枚だけは必ず抜く。相手が狙い通り右下段に置いた札を、あの1枚を取ったら私は——
そう心に決めて、一度大きく呼吸をして、風花は再び札と対峙して全神経を耳に集中した。
しばらく二組とも一進一退を繰り返した。そして読まれた「かくとだに」で孝太が思いっきり相手の右下段の札をまとめて吹っ飛ばして勝ちを決め、「海高4勝!」と雄叫びをあげた。大河内孝太の競技かるた初勝利だった。
だが、「ちは」は最後まで読まれることもなく、風花の初戦は追い上げたが4枚差負けで終わった。
みんなでパチンと手を合わせた。特に孝太は背を曲げて先輩たちから頭を撫でられてにやついている。
「いや、風花ちゃんは2年生相手によく粘ってたよ。大丈夫。あれなら近いうちに必ず勝てるようになるから」
中堂先輩がポンと肩を叩いてそう言ってくれた。
あと少しだったかもという思いもないこともない。だけど、自分でもわかってる。実は相手の右下段にはまた手が出なかった自分を知っている。
あそこでもし「ちは」が出ててたら——私は本当に取れたのかな。
絶対取ると決めてたのに、本当は「ちは」が出なくてどこかで少しホッとしている自分がいる気がした。
「はい、次こそ私が勝ちますよ」
そんな気持ちを隠して、努めて明るく振る舞った。
一息入れに外に出た。日曜日の広島は快晴だ。
付き添いできたミオの母は、こちらのかるた会にも顔が広く、ゆっくり試合を応援する暇もないわと言いながら、あちこち走り回っていた。
「次の呉原高校なんだけど」
中堂先輩がメモを取り出した。
「A級が2人、B級が2人、C級が1人ね」
「やっぱり強いんですか」風花がメモを覗き込んだ。
「うん。シード校だからね。A級の2人はあちこちの大会で顔を合わすけど、なかなかしつこいかるたをするから油断はできない。特に1人はクイーン戦予選でもいい勝負をするくらい強いんだよ。だから問題は相手がC級をどこに置いてくるかなんだよね。もしうちのチームのA級が1人でも取りこぼすことがあったら、孝太君か風花ちゃんのどちらかが勝たなきゃいけなくなるよね」
「俺、俺がそのC級とやります!」
すかさず孝太が手を上げた。1回勝って自信をつけたようだ。
「そうそううまくはいかないよ。風花ちゃんは? 勝てる自信は?」
中堂先輩から顔を覗き込まれた。
喉がカラカラだ。そんなこと言わないで——
「もちろん頑張ります。今度こそ勝ちます」
そう返事をした。
「とりあえず、うちらが3人勝つことを目標に。さあ、行こうか」
上本先輩が気合を入れて立ち上がった。
やばい——
上本先輩がいきなりリードされている。相手がエースをぶつけてきたのだ。
やばい——
私の相手が、例のC級なのに。
やばい——
孝太もB級相手に、初戦のようにはいかない。じわじわと突き放されている。
やばい——
もしかして、もしかして私がこの試合の鍵を握って……
助けて、ミオ、中堂先輩。上本先輩、逆転お願いします。
だって、だって私。またあの下段の札がとても遠く感じてて。
もう泣きそうだった。
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