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心に決めてんの
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「海高1勝! さあ、ここから反撃よ!」
海潮高校が劣勢の中、誰よりも真っ先に響いたミオの声は、劣勢の3人を勇気づけるのに十分だった。
「さあ、うちもミオちゃんに続くよ! みんなもついてきて!」
絶妙のタイミングで中堂先輩から声がかかる。
「よっしゃあ!」そしてひときわ大きい声で孝太が応えた。
競技かるたは「音」の聞き分けが勝負のキモだ。競技かるたの個人戦が行われる会場内では、できるだけ音を立てないように——息をするのさえもためらうほど——選手だけでなく役員も観客も神経を配るのが当たり前の世界だ。
だが、そんなイメージで初めて高校選手権の団体戦を見た人は、競技かるたは「体育会系」だったのかときっと驚くはずだ。
実は競技かるたは、「畳の上の格闘技」と呼ばれている。平安時代以前から綿々と続く悠久の歴史文化としての側面と同時に、現代のかるた——特に団体戦には、いたって現代的な「カードゲーム」としての側面も併せ持っており、競技かるたの選手がまさしくアスリートだと知ることになるだろう。
もちろん読手によって札が読まれるまでは、そこに大勢の選手がいるのが不思議なほどの静寂があるが、逆に札が払われた後は、他のスポーツでみられるような高校生の団体競技としての高揚感を伴った一体感がそこにある。
仲間、友情、汗、そして青春——
「海高2勝!」
ミオに続いて中堂先輩が、相手下段の一字の決まり札を送り札一発で抜いた。ここまではもともと想定どおりだった。
だが、その「想定どおり」は相手チームも同じのようだ。二つ先行されて普通なら慌てるところであるが、むしろ余裕の笑みさえもみられる。それはそうだろう、残り3組とも呉原高校が悠々とリードしてる。競技かるたは「3組」が勝ちさえすればよいのだ。
「よっしゃ、孝太君、風花ちゃん、うちらも続くよ!」
そんな中、上本先輩が声を上げた。相手にエースをぶつけられてリードされていても、上本先輩はまだまったく闘志を失ってはいなかったのだ。
——だから、その作戦は失敗だったと相手に思わせてやるって、心に決めてんの
あの部室で、キラキラした目で力強く言い放ったあの日の上本先輩の顔が、鮮やかに風花の記憶に蘇った。
そうだ。あの上本先輩が最後まで試合を投げるはずがない。勇気を。私も先輩と同じ勇気を。
「はい!」
風花は孝太と一緒に上本先輩の鼓舞に応えた。
風花は孝太の声を聞いてなぜかホッとしていた。よかった、孝太君もまだ全然あきらめてない。今日も、今も、一緒に走ってくれてる——
風花は肩で大きく息をしながら、場に置かれた札ともう一度向かい合った。
4枚差だ。この間かるたを始めたばかりの私が、C級の相手に4枚差だ。私は音への反応は誰よりも得意なんだ。だからあきらめるな。あきらめるな。あそこにある札を、あの相手が固めた右下段の札を私が全部取れば海潮は、負けない!
世界中のすべての音を私の耳に集めてやる——
読手の口から風が漏れる音。「ふ」だ!
その瞬間、相手の下段に置かれた札の1枚が光った気がした。
そんな馬鹿なというかもしれない。だけど、誰も信じてもらえなくても、確かに札が光ったのだ。
反射的に風花の体が、光る札に向かって腕が伸びようとしたその瞬間。
——ボコっ。
最初は大きな泡が、風花の体を包み込み、体が硬直して身動きが取れなくなった。
ボコボコボコボコ——
そして大きな泡は一瞬にはじけてたくさんの泡となって体にまとわりついて。
呼吸が——できなくて——苦しい
それは本当に一瞬のことだったらしい。倒れかかる自分の左腕をグイッとミオに掴まれていた。
それからの自分はよく思い出せなかった。パニックになったまま、一気に崩れるように相手のペースになり、差は広がる一方だった。
孝太君は—— 上本先輩は——
「呉原3勝!」
遠ざかるボーッとした意識の中で、その声だけはよく覚えていた。
「あー、残念。負けちゃったあ」
ミオが笑いながら空を見上げた。
「ごめん……」
風花が謝る。
「何言ってんの。相手だって頑張ったんだよ。試合ってどちらかが負けるの。だから、気にしないで」とミオは手を顔の前で振った。
「そうよ。次にやったときに勝てばいいんだよ」
中堂先輩も笑ってる。
「それにしても呉原の三原さん、強かったわあ。秋穂ちゃんとミオちゃん、クイーン戦予選の強力なライバルになるかもよ」
負けた上本先輩もサバサバとした様子だった。
もっと先輩たちも悔しいのかと思ってた。でも、いつもの部活のときとあまり変わらないのが意外だった。暗かったのは孝太と風花だけだ。
「でも、やっと出られた団体戦だったのに——」
風花はそれでも気になるのだ。先輩たちの大事な試合だと思うから。
「だからあ。また次に頑張ればいいんだよ。負ける度にそんな暗い顔をしてたらかるたが楽しくないでしょうが。どんまい、どんまい」
ケロッとした顔のミオ。
でも、足を引っ張ったのは私だ。心が晴れない風花だった。
午後の試合にも出るつもりで買った、広島では有名な「ムサビのおむすび弁当」をみんなで食べてから尾道へ帰ることにした。
やだな。こんなときでもお腹が空いてる——
海潮高校が劣勢の中、誰よりも真っ先に響いたミオの声は、劣勢の3人を勇気づけるのに十分だった。
「さあ、うちもミオちゃんに続くよ! みんなもついてきて!」
絶妙のタイミングで中堂先輩から声がかかる。
「よっしゃあ!」そしてひときわ大きい声で孝太が応えた。
競技かるたは「音」の聞き分けが勝負のキモだ。競技かるたの個人戦が行われる会場内では、できるだけ音を立てないように——息をするのさえもためらうほど——選手だけでなく役員も観客も神経を配るのが当たり前の世界だ。
だが、そんなイメージで初めて高校選手権の団体戦を見た人は、競技かるたは「体育会系」だったのかときっと驚くはずだ。
実は競技かるたは、「畳の上の格闘技」と呼ばれている。平安時代以前から綿々と続く悠久の歴史文化としての側面と同時に、現代のかるた——特に団体戦には、いたって現代的な「カードゲーム」としての側面も併せ持っており、競技かるたの選手がまさしくアスリートだと知ることになるだろう。
もちろん読手によって札が読まれるまでは、そこに大勢の選手がいるのが不思議なほどの静寂があるが、逆に札が払われた後は、他のスポーツでみられるような高校生の団体競技としての高揚感を伴った一体感がそこにある。
仲間、友情、汗、そして青春——
「海高2勝!」
ミオに続いて中堂先輩が、相手下段の一字の決まり札を送り札一発で抜いた。ここまではもともと想定どおりだった。
だが、その「想定どおり」は相手チームも同じのようだ。二つ先行されて普通なら慌てるところであるが、むしろ余裕の笑みさえもみられる。それはそうだろう、残り3組とも呉原高校が悠々とリードしてる。競技かるたは「3組」が勝ちさえすればよいのだ。
「よっしゃ、孝太君、風花ちゃん、うちらも続くよ!」
そんな中、上本先輩が声を上げた。相手にエースをぶつけられてリードされていても、上本先輩はまだまったく闘志を失ってはいなかったのだ。
——だから、その作戦は失敗だったと相手に思わせてやるって、心に決めてんの
あの部室で、キラキラした目で力強く言い放ったあの日の上本先輩の顔が、鮮やかに風花の記憶に蘇った。
そうだ。あの上本先輩が最後まで試合を投げるはずがない。勇気を。私も先輩と同じ勇気を。
「はい!」
風花は孝太と一緒に上本先輩の鼓舞に応えた。
風花は孝太の声を聞いてなぜかホッとしていた。よかった、孝太君もまだ全然あきらめてない。今日も、今も、一緒に走ってくれてる——
風花は肩で大きく息をしながら、場に置かれた札ともう一度向かい合った。
4枚差だ。この間かるたを始めたばかりの私が、C級の相手に4枚差だ。私は音への反応は誰よりも得意なんだ。だからあきらめるな。あきらめるな。あそこにある札を、あの相手が固めた右下段の札を私が全部取れば海潮は、負けない!
世界中のすべての音を私の耳に集めてやる——
読手の口から風が漏れる音。「ふ」だ!
その瞬間、相手の下段に置かれた札の1枚が光った気がした。
そんな馬鹿なというかもしれない。だけど、誰も信じてもらえなくても、確かに札が光ったのだ。
反射的に風花の体が、光る札に向かって腕が伸びようとしたその瞬間。
——ボコっ。
最初は大きな泡が、風花の体を包み込み、体が硬直して身動きが取れなくなった。
ボコボコボコボコ——
そして大きな泡は一瞬にはじけてたくさんの泡となって体にまとわりついて。
呼吸が——できなくて——苦しい
それは本当に一瞬のことだったらしい。倒れかかる自分の左腕をグイッとミオに掴まれていた。
それからの自分はよく思い出せなかった。パニックになったまま、一気に崩れるように相手のペースになり、差は広がる一方だった。
孝太君は—— 上本先輩は——
「呉原3勝!」
遠ざかるボーッとした意識の中で、その声だけはよく覚えていた。
「あー、残念。負けちゃったあ」
ミオが笑いながら空を見上げた。
「ごめん……」
風花が謝る。
「何言ってんの。相手だって頑張ったんだよ。試合ってどちらかが負けるの。だから、気にしないで」とミオは手を顔の前で振った。
「そうよ。次にやったときに勝てばいいんだよ」
中堂先輩も笑ってる。
「それにしても呉原の三原さん、強かったわあ。秋穂ちゃんとミオちゃん、クイーン戦予選の強力なライバルになるかもよ」
負けた上本先輩もサバサバとした様子だった。
もっと先輩たちも悔しいのかと思ってた。でも、いつもの部活のときとあまり変わらないのが意外だった。暗かったのは孝太と風花だけだ。
「でも、やっと出られた団体戦だったのに——」
風花はそれでも気になるのだ。先輩たちの大事な試合だと思うから。
「だからあ。また次に頑張ればいいんだよ。負ける度にそんな暗い顔をしてたらかるたが楽しくないでしょうが。どんまい、どんまい」
ケロッとした顔のミオ。
でも、足を引っ張ったのは私だ。心が晴れない風花だった。
午後の試合にも出るつもりで買った、広島では有名な「ムサビのおむすび弁当」をみんなで食べてから尾道へ帰ることにした。
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