シング 神さまの指先

笑里

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菊池の思惑

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 圭は持ってきたギターのストラップを肩に掛けた。
「おっ、左利きか。これはいいな、絵になる」
 圭太の所属事務所の社長である菊池が圭太の隣でつぶやいた。
「本当ですね。僕も知りませんでした。確かに左利きのギタリストは少ないから絵になりますね。それに、歌が上手いのはもう間違い無いんだけど、これでギターが弾けたらいいけど、まだ子供だからこっちはどの程度なのか」
 ギターのチューニングをする圭を見ると音叉などは使っていないみたいだが、圭太が見たところかなり正確に音合わせはできているようだ。
「ちょっとそのギターを貸してくれる?」
 チューニングが終わったギターを圭から圭太は受け取って、ポケットに入れた音叉を使ってもう一度音を確認すると、完璧に合っている。多分、圭には絶対音感があるのだろう。全ての弦の調整を確かめて、圭太は圭にギターを返すと彼女は再びストラップを肩にかけた。
「じゃあ、何か一曲君の弾くギターで聴いてみたいな」
 菊池があえて水を向けてみる。
「さあ、何から始めるか、ちょっと探ってみようか」
 小さな声で菊池がそう言うのが圭太は聞こえた。
「アメリカのロックか、ビートルズ、か。はたまたお子ちゃまソングか」
 圭太を見て、菊池はニヤリと笑う。そのときに、圭が2人に視線を向けていたことに誰も気がついていなかった。
 持ってきていたビデオカメラを構える菊池に、
「テストですか。結構意地悪いですね、社長」と、圭太が話しかけた。
「まあ、付け焼き刃かどうかはすぐにメッキが剥がれるさ。あの子が誰かを真似たサイボーグかどうか、な」
「確かに。まあ、この間はその場で対応した気はしますけど」
 圭太と菊池がコソコソと話をしていたその時だ。2人の会話を切り裂くように圭のギターがリズムを刻み、そして歌い出した。
「Hey  Mama Don‘t You Treat Me Wrong ……」
 隣でニヤけながら喋っていた菊池の顔色がサッと変わるのがわかった。そんなことはお構いもせず圭が歌い続けた。菊池は固まったまま一言も発しないで黙ってしばらく圭の音楽をじっと聴いていたが、
「圭太、ギターを借りていいか。それと、ついでにこれ頼む」
というがはやいか、撮影中のビデオカメラを圭太に渡し、代わりに圭太のギターを持って彼女の演奏に合わせるようにギターを弾き出したのだ。
 実は圭太はこの曲を知らなかった。だが、初見でもR&Bのリズムなら合わせてできないこともないが、いきなり飛び込んだ菊池のギターもまたすごかった。菊池が若いころ音楽をやっていたことは知っていたが、彼のギターを聴くのは圭太も初めてだった。
「わお、レイ・チャールズ! 圭太、すごいわ、この子!」
 姉の恵が駆け寄ってきて圭太の肩をバンバン叩きながら、圭と菊池のギターのリズムに合わせて体を揺らしていた。そして通行中の大勢の人もどんどん足が止まり、しかもアメリカ人だろうか、5人ほどの集団は気持ちよさそうにが踊りながら2人のセッションを楽しんでいる。
 一曲終わると、盛大な拍手の歓声が上がる。菊池は拍手に応えながら、手にしたギターを圭太に返しにきた。
「本物だよ、圭太。彼女は本物だ。間違いない」
 興奮冷めやらぬといった顔をして菊池がいう。
「今の、なんて曲なんですか」
「知らねえのかよ。レイ・チャールズだよ。What‘d I sayだ。音楽やる人間なら知っとけよ! ソウルの名曲だぜ。しかも、この曲は艶っぽい大人の歌詞なんだぜ。15歳だろ? 天才かよ!」
 そう菊池がハイテンションでいう。その時、再び圭のギターが始まったのだった。
 今度はちょっとソウルフルなしっとりとしたナンバーだ。まだ幼さの残る声の圭が広い声域をいっぱいに使って自分の声を自由に操っている感じだ。
「いやあ、この曲聴いた事がないけど、いい曲だな。歌い方がレイ・チャールズっぽいんだけど、あんな曲あったっけ?」
 圭の歌を聴きながら菊池がいうと、
「私も聴いたことないですよ。レイとは違うとは思うけど、なんか希望に満ちたいい曲ですよね」
と恵は相槌を打ちながら、たった今覚えたばかりの曲のサビを圭の歌にあわせて一緒に口ずさんでいた。
 ——Over  the  Sea……
 もちろん誰も知るはずのない「Kei &Keiji」の曲だったのだが、
「ただ、昔どっかで聴いたことある気がするんだよなあ」
と菊池がポツリと呟きながら、黙って圭の歌を聴いていた。
 その間にも、圭を取り囲むように群衆がどんどん増えていることにカメラを構えた圭太が気がついた。しかも日本人だけではないようだ。最初からいる外国人のグループ以外にも何組もの外国人と思しき人たちが足を止め圭の演奏を聴いていた。その輪は今にも車道に溢れそうなほどになっていたのだった。
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