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混沌
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「Over the sea」は大歓声の中で曲を終え、圭は周りに向かって小さく手を振っていた。
「社長、自分だけずるいっすよ。僕も弾いてきます」
そのタイミングでそう言って圭太はビデオカメラを圭に向けたままそっと菊池に渡し、ストラップを肩にかけた。
「圭太、かっこよく決めてきてよ」
姉の恵に背中を押されるように前に出ようとしたそのときだ。遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえたかと思うと、圭太たちを取り囲む人垣の向こうの路上にそのパトカーが止まった。みんなの視線がパトカーへ向かうと、警官が2人車から降りてきた。
——なんだ? 事件でもあったのか?
圭太がそう思いながら警官を見ていると、彼らは人混みをかき分けながら一直線にこちらへ向かってくるのだ。
「ええっと、責任者どなた?」
物腰の柔らかい年配の警官が圭太に声をかけた。圭太の隣で「やべっ」と小声で菊池が言うのが聞こえる。
「おたくが責任者?」
再び年配の警官が今度はギターを提げた圭太を見て言った。
「あの、何か……」
「ええっと、おー、このイベントの届出はしてませんよね? 先程通行の邪魔という通報がありましてね。ここはちょっとねえ……。ええっと、君の名前を教えてくださいねっと」
年配の警官はそれが口癖なのだろう、「ええっと」をやたらと言葉に挟みながら、しかし隙のなさそうな目つきで圭太に名前を聞いてきた。
「ええっと、早瀬圭太です」
ついつられて、圭太も「ええっと」を枕詞に名前を名乗った。
「ええっと、職業は?」
「ミュージシャンです。ギタリストです」
「ええっと、おいくつ? それとミュージシャンですと所属事務所とかは今日のイベントはご存知ですかね?」
「年は28です。イベントというか、ただ軽く路上でギターを弾いていただけで、事務所には届けてないし、イベントというほどのことは……」
圭太の防御本能が警報を鳴らし、あくまでも個人が好きでギターを弾いていると答えたつもりだったが、それが言い訳に聞こえたのだろうか、警官は手帳を見ていた目を上目遣いにして圭太をじろりと睨んだ。
「身分証明書出して」
最初のイメージと少し違い、物言いが少しぶっきらぼうになっている。圭太はポケットの財布から免許証を抜き出して警官に渡した。警官はその免許証から目を離さずに手帳にメモをしながら、
「あのね、君。今この人垣がいる場所は歩道、いわゆる公道なんだな。そこでこんなイベントやるなら警察に道路使用許可の届出が条例で必要だ。君たちがやっていることは条例違反な」
「だから、イベントじゃなくて路上ライブというか、たまたまここでギターを弾いていたら勝手に人が集まってしまっただけで、その……」
「あのね、路上ライブも本来届け出が必要なんだよ。みんな勝手にやってっけどさ。どうすんの、この人混み。こんだけの規模でやっちゃったんだ。このまま帰すわけにはいかんからな。」
年配の警官はきつい口調でそう言うと、若い相方に向かって、
「おい、佐々岡。これ、この人混みを解散させろ」
と命令した。
「はーい、皆さん。きょうはこれで終わりです。解散してくださーい」
佐々岡と呼ばれた若い警官は、集まっていた聴取に向かって両手を広げ追い出すようにぐるりと回っている。
「ケチくさいな」「あー、つまんねー」と口々に言う声が聞こえて、圭太たちを取り囲んでいた聴集が散ってゆく中に、菊池と恵がいることに圭太は気がついたが、目が合った菊池がさりげなく人差し指を縦に口に当てたのをみて、小さく頷いた。
だが、圭太は視線を戻してから、もっと最悪の事態になっていることにやっと気がついた。ギターを首から下げたまま、泣きそうな、怯えた顔で圭が震えていたのだ。
——俺、なんで彼女を先に逃さなかったんだ!
後悔しても時すでに遅く、学校の反対を知りながらここに連れ出したことで、これから起こる事態が頭をよぎり、混沌の中で行き詰まりを感じていた圭太だった。その視線に気が付いたのか、年配の警官が、
「君たちはどんな関係かな? あの子も同じ事務所の子かな?」
と探りを入れてくる。
「いや、彼女は全く素人の子で、ギターを教えていたんですよ」
「ええっとつまり、2人で路上ライブをしてた、っと。女子高生だよね、あの子。どこの学校かな」
「だから、彼女は僕がここでギターを弾いていたら、たまたま、ほんっとたまたま通りがかって。プロの僕に少しギターを教えてくれって。だから、僕は彼女の学校なんか知らないし、だから彼女は関係ないから帰してあげてくださいよ」
圭太が必死に頼み込んだが、ますます怪しまれたらしい。
「そんな都合のいい偶然なんかねえ。まさかさ、援助交際とかしてるんじゃないのか?」
とますます解放してもらう状況になくなり、結局2人とも詳しく取り調べるためにパトカーに乗せられ所轄署へ送られることになった。
車が発進し遠く離れてゆく人ごみの中に、圭太は菊池と恵の姿を見つけた。
——頼んますよ、社長、めぐちゃん!
⌘
「まあね、今回はまあこれで事件にはせずにおこうとは思うけど、この女の子はちゃんと保護者が来なきゃ帰すわけにはいかんな」
事情聴取を受けた圭太と圭は、商業イベントをやっていたわけではないことはわかってもらったため、事件化することは勘弁してもらったが、未成年の圭は保護という形になり、身許引受人が必要だと言われた。
圭は怯えたせいか頭から日本語が飛んでしまい、英語で一生懸命話しているのだが残念なことに、今この場所に英語のわかる警官がいないらしい。
八方塞がりの中、会議室のような場所で2人が椅子に座っていると、件の警官が「2人ともこい」と言いながら手招きをした。
ロビーに出ると、そこには圭の学校の西川先生と恵が待っていた。後光が差して見える、とはこういうことなのかも知れないと圭太は胸を撫で下ろした。
「社長、自分だけずるいっすよ。僕も弾いてきます」
そのタイミングでそう言って圭太はビデオカメラを圭に向けたままそっと菊池に渡し、ストラップを肩にかけた。
「圭太、かっこよく決めてきてよ」
姉の恵に背中を押されるように前に出ようとしたそのときだ。遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえたかと思うと、圭太たちを取り囲む人垣の向こうの路上にそのパトカーが止まった。みんなの視線がパトカーへ向かうと、警官が2人車から降りてきた。
——なんだ? 事件でもあったのか?
圭太がそう思いながら警官を見ていると、彼らは人混みをかき分けながら一直線にこちらへ向かってくるのだ。
「ええっと、責任者どなた?」
物腰の柔らかい年配の警官が圭太に声をかけた。圭太の隣で「やべっ」と小声で菊池が言うのが聞こえる。
「おたくが責任者?」
再び年配の警官が今度はギターを提げた圭太を見て言った。
「あの、何か……」
「ええっと、おー、このイベントの届出はしてませんよね? 先程通行の邪魔という通報がありましてね。ここはちょっとねえ……。ええっと、君の名前を教えてくださいねっと」
年配の警官はそれが口癖なのだろう、「ええっと」をやたらと言葉に挟みながら、しかし隙のなさそうな目つきで圭太に名前を聞いてきた。
「ええっと、早瀬圭太です」
ついつられて、圭太も「ええっと」を枕詞に名前を名乗った。
「ええっと、職業は?」
「ミュージシャンです。ギタリストです」
「ええっと、おいくつ? それとミュージシャンですと所属事務所とかは今日のイベントはご存知ですかね?」
「年は28です。イベントというか、ただ軽く路上でギターを弾いていただけで、事務所には届けてないし、イベントというほどのことは……」
圭太の防御本能が警報を鳴らし、あくまでも個人が好きでギターを弾いていると答えたつもりだったが、それが言い訳に聞こえたのだろうか、警官は手帳を見ていた目を上目遣いにして圭太をじろりと睨んだ。
「身分証明書出して」
最初のイメージと少し違い、物言いが少しぶっきらぼうになっている。圭太はポケットの財布から免許証を抜き出して警官に渡した。警官はその免許証から目を離さずに手帳にメモをしながら、
「あのね、君。今この人垣がいる場所は歩道、いわゆる公道なんだな。そこでこんなイベントやるなら警察に道路使用許可の届出が条例で必要だ。君たちがやっていることは条例違反な」
「だから、イベントじゃなくて路上ライブというか、たまたまここでギターを弾いていたら勝手に人が集まってしまっただけで、その……」
「あのね、路上ライブも本来届け出が必要なんだよ。みんな勝手にやってっけどさ。どうすんの、この人混み。こんだけの規模でやっちゃったんだ。このまま帰すわけにはいかんからな。」
年配の警官はきつい口調でそう言うと、若い相方に向かって、
「おい、佐々岡。これ、この人混みを解散させろ」
と命令した。
「はーい、皆さん。きょうはこれで終わりです。解散してくださーい」
佐々岡と呼ばれた若い警官は、集まっていた聴取に向かって両手を広げ追い出すようにぐるりと回っている。
「ケチくさいな」「あー、つまんねー」と口々に言う声が聞こえて、圭太たちを取り囲んでいた聴集が散ってゆく中に、菊池と恵がいることに圭太は気がついたが、目が合った菊池がさりげなく人差し指を縦に口に当てたのをみて、小さく頷いた。
だが、圭太は視線を戻してから、もっと最悪の事態になっていることにやっと気がついた。ギターを首から下げたまま、泣きそうな、怯えた顔で圭が震えていたのだ。
——俺、なんで彼女を先に逃さなかったんだ!
後悔しても時すでに遅く、学校の反対を知りながらここに連れ出したことで、これから起こる事態が頭をよぎり、混沌の中で行き詰まりを感じていた圭太だった。その視線に気が付いたのか、年配の警官が、
「君たちはどんな関係かな? あの子も同じ事務所の子かな?」
と探りを入れてくる。
「いや、彼女は全く素人の子で、ギターを教えていたんですよ」
「ええっとつまり、2人で路上ライブをしてた、っと。女子高生だよね、あの子。どこの学校かな」
「だから、彼女は僕がここでギターを弾いていたら、たまたま、ほんっとたまたま通りがかって。プロの僕に少しギターを教えてくれって。だから、僕は彼女の学校なんか知らないし、だから彼女は関係ないから帰してあげてくださいよ」
圭太が必死に頼み込んだが、ますます怪しまれたらしい。
「そんな都合のいい偶然なんかねえ。まさかさ、援助交際とかしてるんじゃないのか?」
とますます解放してもらう状況になくなり、結局2人とも詳しく取り調べるためにパトカーに乗せられ所轄署へ送られることになった。
車が発進し遠く離れてゆく人ごみの中に、圭太は菊池と恵の姿を見つけた。
——頼んますよ、社長、めぐちゃん!
⌘
「まあね、今回はまあこれで事件にはせずにおこうとは思うけど、この女の子はちゃんと保護者が来なきゃ帰すわけにはいかんな」
事情聴取を受けた圭太と圭は、商業イベントをやっていたわけではないことはわかってもらったため、事件化することは勘弁してもらったが、未成年の圭は保護という形になり、身許引受人が必要だと言われた。
圭は怯えたせいか頭から日本語が飛んでしまい、英語で一生懸命話しているのだが残念なことに、今この場所に英語のわかる警官がいないらしい。
八方塞がりの中、会議室のような場所で2人が椅子に座っていると、件の警官が「2人ともこい」と言いながら手招きをした。
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