シング 神さまの指先

笑里

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「このことは、圭には……」
 気になって圭太が菊池に聞いたが、もちろん菊池は首を横に振り、
「そんなことできるわけないだろ、こんな三流週刊誌のでたらめ記事——でいいんだよな?」
と頼りない返事をしながら圭太を覗き込んだ。
「社長、何をキョドッてるんですか。当たり前ですよ」
 ——そうだよ。俺はきのう圭司さんからすべて聞かせてもらったんだよ。出会いから今までのことを。こんな記事、でたらめにも程がある。
「だよな。もちろん疑っちゃいねえけどよ、あの子が日本に来る前のことは俺も知らねえからさ」
 自信満々に答えた圭太に、菊池も胸をなでおろしたようだ。
「ちなみに、圭司さんは?」
 ふと圭司のことが頭をよぎり、菊池に聞いてみる。
「いや、話してない。あいつにだけは絶対に心配かけたくねえんだ」
「でも、一応は伝えたほうがよくないですか?」
「ああ見えて、圭司は短気なんだ。こんな話耳に入ってみろよ。着いたばかりのニューヨークから飛んでくらあ。なあに、どうせ週刊日日の嘘っぱち記事なんて誰も本気にしねえ。ここはシカトだよ。二、三日もすればみんな忘れちまうよ」
 菊池は大仰に右手を顔の前で振った。


 圭太たちがそんな話をしているちょうどその頃、圭司とステラを乗せた飛行機は、ニューヨークにあるジョン・エフ・ケネディ空港に到着していた。日曜日の朝に東京を出発した飛行機は、十二時間をかけてニューヨークの日曜日の朝に到着するのだ。
 時差による疲れもあったが、早くそれを解消するためにも、できるだけ日常生活に近づけたい。ランチタイムには準備が間に合わないが、今日の夕方から店を開けるつもりだとステラに告げた。
「わかった。ちょっと自分の家に帰ってくるね」
 リムジンでホームタウンまで一緒に乗ってきたステラは、そう言ってそこからイエローキャブに乗り自宅へ帰って行った。

 圭司はスーツケースを部屋に置くと、眠たいのを我慢してDNA鑑定をしてくれる機関を探した。最近は便利なもので、それを生業にしている業者もたくさんいるようだ。その中から信頼度の高そうな業者を選定し、電話で女性の口紅に付着したものでも可能か訊ねる。
「お任せください。そこが当社の自慢のシステムであり、ほんのわずかなサンプルがありさえすれば、同業他社と比較して、より精度の高い鑑定結果を導き出すことが可能で、例えば——」
 ひとつ質問をすると、電話の向こうの女性が、いかにその会社が優秀な調査結果を提示できるのかをとうとうと説明してくる。手元に分厚いマニュアルを抱えながらしゃべっているのだろうか、その紋切り型のおしゃべりが圭司にはおかしくて仕方なかった。
 紗英のリップと圭が部屋に置いていったリップクリーム、それと綿棒で圭司自身の頬の内側皮膚サンプルと取り、丁寧にビニールに包んで郵便で送った。一週間程度で鑑定結果の通知が届けられると「彼女のマニュアル」には書いてあるようだ。

 バタバタといくつかの用事を済ませたせいで、いつもよりやや遅く三時過ぎに店に向かう。この時間なら、多分もうステラはテーブルの清掃を始めているかもしれない。
 ところが店に着いてみると、圭司の意に反して扉は閉まっており、まだ明かりもついていなかった。
 ——ステラもさすがに長旅で疲れたか
 そのうち出てくるだろうと思い、圭司は日頃ステラがやっている店内の清掃から仕事を始めて、最後に冷蔵庫のストックも確認した。肉類は冷凍してある。いくつか解凍しよう。野菜が足りないが、ステラが出てきたら後で買ってきてもらおう。
 店内の椅子に腰掛けて一息つくと、頭がカクンと落ちた。いかんいかん。時計をチラリと確認すると、いつの間にかもう四時を過ぎている。気付かぬうちに少し眠っていたようだ。
 つと気になって店内を見回してみる。だが、どこにもステラの姿が見えなかった。彼女もきっと疲れているのだろう。休ませてあげたいところだが、ステラがいないと店は一人で切り盛りするのは難しい。
 待っていようと思っていたが仕方ない。携帯を取り出して、ステラの名前を探し、通話ボタンを押す。呼び出し音が七回ほど鳴ってステラが出た。どうやら賑やかなところにいるようだ。こっちへ向かっているんだろうか。
「ああ、ステラ。疲れているところ本当に悪いけど、そろそろ店を開ける準備をしようと思うんだ」
 生活ペースを戻したいという俺の勝手な考えで無理強いしてるのかもしれないな。——ごめんな。
 だが、ステラはすぐに返事をしなかった。
「ステラ? あー、どうかした?」気になって探ってみた。
「圭司——」電話の向こうで少し鼻を啜る音。
「ステラ?」胸騒ぎがする。
「圭司、今日でお店を辞めるから——」
 確かにステラはそう言ったのだった。
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