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3.重量オーバー疑惑事件
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ピピピッピピピッ。
いちいちうるさい、とまつりは思った。
自分でも分かっているのに、むしろ分かっているから、ことを大きくするような真似はしないでくれと願う。
「何か鳴ったけど。…もしかして、まつり太った?」
そんな願いも虚しく、少し開いた洗面所のドア越しに龍臣がまつりに話しかける。
ほら、バレた。どうしてくれるんだ、という恨みを込めて、まつりは力いっぱい電源をオフにする。
どんなに力を込めたところで液晶なので手ごたえはないのだが。
真壁家の体重計は優秀である。
と言っても、今思えば普通の最低限の機能しかない。
けれども、五年程前、まつりが独身時代に買った時にはそう感じた。
この体重計は、最初に本人情報を登録しておけば、次回から何のボタンを押すこともなくただ乗るだけでいい。
そうすれば、前回値と比較した増減を表示してくれるのだ。
毎日お風呂上がりに体重計に乗り、前日と比べて一喜一憂するのが彼女の日課となっていた。
その中で、体重の増加が激しい時に、アラームが鳴るように設定されているということに最近気づいた。
どのくらいの増加でそうなるのか詳しくは分からないが、おそらく500g前後がボーダーラインなのではないかと、まつりは考えている。
「…別に、1kgくらい、普通に生活してたら増減するし」
話を早く終わらせたいのか、まつりは脱衣所を出てそそくさと冷蔵庫にあるペットボトルの水を手に取る。
ちょうどトイレに行くのに脱衣所の前を通ったというなんともタイミングの悪い男は、当初の目的を忘れて、まつりのぎこちない動作を眺めていた。
「へー、1kgも増えたんだー」
しまった、と振り返った時にはもう遅かった。
龍臣は、まつりの返事を最初から聞く気がなかったかのように続ける。
「でも実はさ、その音何回か聞いたことあるんだよね。ってことは1kgどころじゃないんじゃないの?」
龍臣は、隠すことなくあからさまに、にやついている。
まつりが何も言えないことを確認すると、たっぷりと時間を使ってから、決め台詞とばかりに言い放った。
「それって、事件じゃない?」
この男は、普段まつりがおめかしをしようと髪型を変えようとほとんど気づかないくせに、まさかと思うようなことを記憶していたりする。
いやむしろ、普段も本当は気づいているのに、あえて言わないだけなのではないだろうか。
しかし、最近ではお互いに何でも面白がって事件にするので、その影響もあって覚えていたのかもしれない。
要は、相手より先に『事件』と言いたいだけのやつだ。
「… 2kg。年末より今太ってるのは本当にそれだけだよ。これでも1kgは痩せたの!」
一瞬嘘をつくことも頭を過ったが、見透かすような龍臣の目にまつりは正直に答えた。
年末年始の暴飲暴食が祟って3kg増量してしまったのだが、仕事が始まるとすぐに1kgは痩せた。
だが、その後は増減を繰り返し、現時点でこの状態である。
「1kg痩せたのにまだあと2kg?おれなんて2kg太ったけど、次の日には元に戻ってたけどな。」
「…いいですねー、太らなくて」
いやみを込めて言ったのに、龍臣は、才能だよね、と返してくる。
こうも屈託がないとむしろ清々しい。
それから、本題に戻すけど、と続けた。
「まつりって長期休暇はさむと割と太るじゃん。けど、いつも会社始まるとすぐ戻るよね。今回は何か変じゃないかなと思って」
先ほど水は飲み干したが、よっぽど喉が渇いているのかまつりはもう一度コップに水を汲み始めた。
「…何でかなあ。歳かな」
「朝晩はほぼ同じ物食ってるし、昼はまつりお弁当持って行ってるじゃん。そんなに高カロリーじゃないと思うんだよな。どうしてまつりだけこんなに痩せないのかね」
「うーん、冬…だからかな。自然と蓄えちゃうみたいな」
「しらばっくれんな!証拠は上がってんだよ!」
少し古い刑事ドラマから引っ張ってきたであろう演技をしながら、龍臣はゴミ箱を指さした。顔は半笑いだ。
知っていたことには驚いたが、この人は役者にはなれないだろうな、と冷静に思うまつりがいた。
龍臣が指差した先には、まつりが隠れてこっそり食べたお菓子の空き袋が捨ててあった。全て同じ物だ。
チョコの中に餅グミが入っているだけでもすでにおいしいのに、このお菓子ときたら、そのチョコとグミの両方に濃厚なさつまいもの風味が練り込まれてある。
お芋と甘いものに目がないまつりには、避けて生きる方が難しいとも言える。
最初は一日一個と決めていた。
それなのに、今日は疲れたからとか頑張ったからと称して、二個、三個と増えていき、最近では袋の半分の五個や一袋全て一日で食べる日もあったのだ。
「これを毎日は太るわ。チョコだし餅だし。ってか甘すぎるし。もう食べるの禁止だな」
「禁止!?うそでしょ」
まつりは大げさに泣きまねもしてみるが、龍臣は、まつりのためだと諭している。
そこで次の作戦を思い付き、うるうるした瞳で同情を誘うように付け加えた。
「でもこれ、龍臣が最初に買ってきてくれたんだよ?」
「あー、最初にエサを与えたのはおれだったかー」
「お芋すきでしょって。嬉しかったなあ。だから一日一個ならね、ほら」
「でも残念、これ冬季限定って書いてあるからもうすぐ終わるぜ。あ、残念じゃなくて、良かったのか」
まつりは打ちひしがれた。
対照的に龍臣は、さ、トイレトイレ、と軽快にその場を離れていく。
今日もまた太ったこと。太ったのがバレたこと。あのチョコをもう食べることができないこと。龍臣が急にドライなこと。というかトイレ行くの覚えてたんかいということ。
これは、ショックが合わさると声にならないことを知った女の、切ない冬の物語。
【事件レポート】
容疑者 :二人?
今回の犯人:まつり(ある意味、龍臣も共犯)
備考 :冬って切ない
いちいちうるさい、とまつりは思った。
自分でも分かっているのに、むしろ分かっているから、ことを大きくするような真似はしないでくれと願う。
「何か鳴ったけど。…もしかして、まつり太った?」
そんな願いも虚しく、少し開いた洗面所のドア越しに龍臣がまつりに話しかける。
ほら、バレた。どうしてくれるんだ、という恨みを込めて、まつりは力いっぱい電源をオフにする。
どんなに力を込めたところで液晶なので手ごたえはないのだが。
真壁家の体重計は優秀である。
と言っても、今思えば普通の最低限の機能しかない。
けれども、五年程前、まつりが独身時代に買った時にはそう感じた。
この体重計は、最初に本人情報を登録しておけば、次回から何のボタンを押すこともなくただ乗るだけでいい。
そうすれば、前回値と比較した増減を表示してくれるのだ。
毎日お風呂上がりに体重計に乗り、前日と比べて一喜一憂するのが彼女の日課となっていた。
その中で、体重の増加が激しい時に、アラームが鳴るように設定されているということに最近気づいた。
どのくらいの増加でそうなるのか詳しくは分からないが、おそらく500g前後がボーダーラインなのではないかと、まつりは考えている。
「…別に、1kgくらい、普通に生活してたら増減するし」
話を早く終わらせたいのか、まつりは脱衣所を出てそそくさと冷蔵庫にあるペットボトルの水を手に取る。
ちょうどトイレに行くのに脱衣所の前を通ったというなんともタイミングの悪い男は、当初の目的を忘れて、まつりのぎこちない動作を眺めていた。
「へー、1kgも増えたんだー」
しまった、と振り返った時にはもう遅かった。
龍臣は、まつりの返事を最初から聞く気がなかったかのように続ける。
「でも実はさ、その音何回か聞いたことあるんだよね。ってことは1kgどころじゃないんじゃないの?」
龍臣は、隠すことなくあからさまに、にやついている。
まつりが何も言えないことを確認すると、たっぷりと時間を使ってから、決め台詞とばかりに言い放った。
「それって、事件じゃない?」
この男は、普段まつりがおめかしをしようと髪型を変えようとほとんど気づかないくせに、まさかと思うようなことを記憶していたりする。
いやむしろ、普段も本当は気づいているのに、あえて言わないだけなのではないだろうか。
しかし、最近ではお互いに何でも面白がって事件にするので、その影響もあって覚えていたのかもしれない。
要は、相手より先に『事件』と言いたいだけのやつだ。
「… 2kg。年末より今太ってるのは本当にそれだけだよ。これでも1kgは痩せたの!」
一瞬嘘をつくことも頭を過ったが、見透かすような龍臣の目にまつりは正直に答えた。
年末年始の暴飲暴食が祟って3kg増量してしまったのだが、仕事が始まるとすぐに1kgは痩せた。
だが、その後は増減を繰り返し、現時点でこの状態である。
「1kg痩せたのにまだあと2kg?おれなんて2kg太ったけど、次の日には元に戻ってたけどな。」
「…いいですねー、太らなくて」
いやみを込めて言ったのに、龍臣は、才能だよね、と返してくる。
こうも屈託がないとむしろ清々しい。
それから、本題に戻すけど、と続けた。
「まつりって長期休暇はさむと割と太るじゃん。けど、いつも会社始まるとすぐ戻るよね。今回は何か変じゃないかなと思って」
先ほど水は飲み干したが、よっぽど喉が渇いているのかまつりはもう一度コップに水を汲み始めた。
「…何でかなあ。歳かな」
「朝晩はほぼ同じ物食ってるし、昼はまつりお弁当持って行ってるじゃん。そんなに高カロリーじゃないと思うんだよな。どうしてまつりだけこんなに痩せないのかね」
「うーん、冬…だからかな。自然と蓄えちゃうみたいな」
「しらばっくれんな!証拠は上がってんだよ!」
少し古い刑事ドラマから引っ張ってきたであろう演技をしながら、龍臣はゴミ箱を指さした。顔は半笑いだ。
知っていたことには驚いたが、この人は役者にはなれないだろうな、と冷静に思うまつりがいた。
龍臣が指差した先には、まつりが隠れてこっそり食べたお菓子の空き袋が捨ててあった。全て同じ物だ。
チョコの中に餅グミが入っているだけでもすでにおいしいのに、このお菓子ときたら、そのチョコとグミの両方に濃厚なさつまいもの風味が練り込まれてある。
お芋と甘いものに目がないまつりには、避けて生きる方が難しいとも言える。
最初は一日一個と決めていた。
それなのに、今日は疲れたからとか頑張ったからと称して、二個、三個と増えていき、最近では袋の半分の五個や一袋全て一日で食べる日もあったのだ。
「これを毎日は太るわ。チョコだし餅だし。ってか甘すぎるし。もう食べるの禁止だな」
「禁止!?うそでしょ」
まつりは大げさに泣きまねもしてみるが、龍臣は、まつりのためだと諭している。
そこで次の作戦を思い付き、うるうるした瞳で同情を誘うように付け加えた。
「でもこれ、龍臣が最初に買ってきてくれたんだよ?」
「あー、最初にエサを与えたのはおれだったかー」
「お芋すきでしょって。嬉しかったなあ。だから一日一個ならね、ほら」
「でも残念、これ冬季限定って書いてあるからもうすぐ終わるぜ。あ、残念じゃなくて、良かったのか」
まつりは打ちひしがれた。
対照的に龍臣は、さ、トイレトイレ、と軽快にその場を離れていく。
今日もまた太ったこと。太ったのがバレたこと。あのチョコをもう食べることができないこと。龍臣が急にドライなこと。というかトイレ行くの覚えてたんかいということ。
これは、ショックが合わさると声にならないことを知った女の、切ない冬の物語。
【事件レポート】
容疑者 :二人?
今回の犯人:まつり(ある意味、龍臣も共犯)
備考 :冬って切ない
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