今日も電車は止まる

T-time(てぃーたいむ)

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そのよん

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 家に帰るために、駅へと向かった。
 もう頭の中を整理することすら出来なかったが。

 不思議と涙は流れなかった。
 むしろ爆笑したい衝動にすら駆られていた。

 それが精神の崩壊の最後の砦だと言わんばかりに、笑うことだけはせずに、一文字に口を結んで歩き続ける。


 どうしようもない後悔のうち。
 俺の頭に一番強く刻まれている後悔があった。

 それは、美保が死んだときに舌打ちをしてしまったことだ。

 自分の小さな「遅刻」という不幸を嫌がり。
 彼女の死んでしまうほどの苦しみや不幸を嫌悪し、舌打ち一つで軽んじてしまった。

 その仕打ちが、あまりにも不憫で。

 その決意を踏みにじったようで。

 言い訳を並べ立てても、自分を擁護することは出来なかった。


 俺の心は、今は亡き美保への贖罪の気持ちで溢れていた。


「俺も死んで償うか」

 そう口に出した時。
 本当にそれが一番の正解のような気がした。
 その答えが、本当に意味のある事のように光り輝いて思えた。


 どうせ俺にはなにもない。
 両親も、俺の帰る家もない。
 仕事も無くなった。
 愛する人も居ない。

 俺一人居なくなっても、誰も困らない。

 つまり、俺に価値なんてない。

 もし価値があるとすれば。

 この命をもって、美保への贖罪とすることぐらいだ。


 駅の改札を通る頃には。
 頭の中はそんな思考に支配されていた。


 駅では電車は停止するため、飛び込むのに向いていない。
 飛び込むとしたら、快速などが通過駅として通過するタイミングがベストだ。

 下手に飛び込んで、ホームで待ってる人の服を汚すのも悪いかな、なんて思いながら、ホームの一番終わりを陣取る。

「三番線、快速列車が通過します」

 駅のアナウンスがそう伝えてくる。
 おあつらえ向きに快速列車が来るそうだ。


 今まで死ぬ奴に対して「逃げ」だとか「弱い」と思って生きてきたし、自分は強いと思っていた。
 劣悪な環境で3年も仕事を続けて、今までやってきた自負もある。

 しかし、それが全て無駄になったとき。
 自分を外から支える、家族や恋人が居なくなったとき。
 自分を内から支えるプライドや信念が折れたとき。

 またその両方が消失した時。
 人はふと、魔が差すのだろう。


 そこには弱さも逃げも無い。
 なんにも無いから捨てれるのだ。


「快速列車が通過します、危ないですから線の内側までお下がりください」

 聞きあきた場内アナウンスが、今日は違った意味で聞こえる。

「来る」

 自分の終わりをもたらす鉄の塊が、レールの向こうに見え始める。

「もうすぐだ」

 快速列車がホームの向こう側に差し掛かったときだった。
 急にキキキキキキキキキと轟音が響き。
 電車がブレーキを掛けた。

 徐々にそのスピードは遅くなり、俺の目の前に先頭が来る辺りで止まってしまった。

 駅の構内がざわつく。
 駅員が走ってきて、なにかを叫んでいる。

「ただいま当駅で人身事故が発生いたしました。駅構内の皆様、列車から離れてお待ちください」

 アナウンスと共に駅員が列車から俺たちを遠ざける。


 俺は舌打ちをしそうになったが、ハッとしてやめた。

 飛び込んだのが誰だか知らなければ、舌打ちをしても気にならないのに、知り合いだったら気になる。
 そんな「本質」とは違う場所で、俺たちは生きている。

 本質でいうなら、美保も今回の人も同じだ。
 さっきまでの俺と同じだ。

 違いがあるとすれば、俺よりこの人の方が想いが強かっただけ。


 そう、俺はこの人よりも「死にたい」と思っていなかった、それで生き残ったのだ。


「絶望は底無しだ、こんなに死に近づいた俺より、もっと絶望に飲まれた人間が居たのだ」

 俺は頭の中で呟く。

「だったらもっと絶望してやる、生きて苦しむこと。それが美保への本当の贖罪だ」と。


 そして初めて気付く。

 俺、美保の事愛してたんだ。

 だからこんなに、近くに感じていたいって今でも思うんだ。

 背負うよ、君を磔にした自分の罪の十字架を。

 いつしか目に貯まった涙を、ハンカチで拭いて、駅を後にするのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「母さん、この花束は?」
 葬儀までまだ時間があるのに、机に花束を置いて若者が帰ってしまった。

「それ、昔美保が好きだった男の子からよ」
 娘が亡くなった母親は、その花束を持ち上げると、献花台に一足先に捧げた。

「いつまでもこの子の事を忘れないでいて欲しい、美保が一生懸命生きた、短い人生を知っていて欲しい」

「だが、大学時代に美保と別れただろう、覚えているもんかね?」

 父親は、娘をぞんざいに扱われた事に腹をたてているのか、あまり良い感情を持っていなかった。

「気の迷いでしょう、恋愛には良くあることよ。……出会うには若すぎたのね」

 そういうと、また溢れて来た涙に、裾からハンカチを取り出して拭う。

「でも彼は今でも美保が好きみたい」

「ちょっと話しただけで判るのか?」

「だって……」

 そう言いながら、母が見つめるのは、涙を拭ったハンカチ。

 それは、彼が涙を拭いていたものと同じだった。

 母は娘が大切な人のためにと送ってくれたプレゼントを優しく握りしめると。

「思い出と一緒に、ずっと持っててあげてね」

 と、彼が去っていった空に向かって呟いたのだった。
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