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後輩、vs先輩

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ユキはなんとか最強の魔法学生、マントル・デイサイトを倒すことが出来た。そして、謎の鉄の扉の前に立ち、ドアノブに手を掛ける。

「……。」

ユキの手は震えていた。この扉の先には、恐らく衝撃的な出来事が待ち受けているのだろう…。そんな予感が嫌というほど伝わってくる…。

「……よし。」

ユキは覚悟を決めた。ズッシリと重い、鉄の扉を押し開ける。

扉の先には人工的に掘られたとしか思えない、綺麗で真っ直ぐな通路があった。人が4人横に並んで通れるくらいには、余裕のある広さに作られている。岩壁のいくつかは彫り抜かれ、照明にランプが吊るされている。

「何、ここ…?」

ユキの頬を一筋、汗が伝う。怖い。何がこんなに怖いのか分からないが、とにかく怖かった。ユキは足取り重く通路を進んでいく。

「……。」

その背後に光の弓を構える人物が立っていた。エレナだ。ユキはエレナの気配に全く気付いていない。エレナはユキの背中を狙う。心臓を射抜ける位置を。

(Fランク…。)

エレナはギリッと歯を食いしばる。怒りの感情で端正な顔立ちは激しく歪んでいた。

(Fランク…。Fランク…ッ!)

(許せない…。
 殺してやる…ッ!!)

エレナとユキは一戦交えただけの関係だった。足を射抜かれ、凍傷になるのではないかという恐怖を植え付けられたとはいえ、エレナの殺意は異常だった。

パッと、構えていた矢から指を離す。矢はユキ目掛けて飛んでいく。

…かと思われた。

「……ッ!?」

植物のツルが矢を受け止めていた。見覚えのある魔法に、エレナは勢いよく後ろを振り返る…! 

「…エレナ先輩。」

モエだった。モエはユキの様子がおかしいことに気付いていた。リンを尾行するユキを、モエはさらに尾行していたのだ。

いつも泣いているモエだが、今のモエは落ち着いた表情で、エレナのことをしっかりと見据える。

「モエ…。」

エレナは心の中でモエとの思い出を振り返っているような、穏やかな表情を見せていた。…だが。

「あなた…。
 Eランクでしょ…?」

「……死んでよ?」

突然、別人のように顔が歪む。いつものモエならここで泣き出している。こんな状況、モエじゃなくても泣いている。だが、泣かない…!

「私が助けるっす…!」

「リン先輩も…。
 エレナ先輩も…!!」

モエは何が起きても戦う覚悟を決めていた。自分の知っている先輩たちの姿を、心にしっかりと思い浮かべる。今、自分の前にいるのは偽りのエレナだと、モエには分かっていた。

「…ふぅん。」

エレナはモエと通路を見回している。そして、光の弓を解除した。弓は狭い通路では戦いにくい。そう判断したのだ。

「サンディラ。」

バチバチッ!と雷の一閃がモエを襲う。モエは横に飛び退け回避する。雷の攻撃は直線的だ。速度こそ速いが、呪文さえしっかり聞いていれば、比較的避けるのは難しくなかった。

「ガーディンっ!!」

モエが呪文を唱えた。あらかじめトラップを仕掛けることに長けているモエが、戦闘中に呪文を唱える姿は非常に珍しかった。

モエが手のひらから種を一粒撒くと、地中からずんぐりとした体型の、子供の身長ほどの蓮の魔物が現れた。頭に大きな葉っぱが付いている。

「サンディラ。」

それに構わず、エレナはモエをロックオンして再び雷の魔法を唱える。蓮の魔物はモエの前に飛び出すと、葉の部分を前に向け、雷を防いだ。

「ふーん…。
 やるじゃない…。
 Eランクのクセに。」

エレナはモエを見下しているかのような視線を送る。いや、実際に見下していた。本当にモエにとって良き先輩だったのかと疑うほどに、エレナは冷酷な表情を浮かべている。

「サンディバン。」

突如、エレナが別の呪文を唱える。蓮の魔物が再びモエを守ろうとするが…。

「……!!」

雷が蓮の魔物の体内に侵入する。そして。

『パァァァァンッ!!』

魔物の内側で雷が弾け、蓮の魔物の体は稲妻を撒き散らしながら破裂してしまった。それを見ていたモエの表情がこわばる…。

「モエ“ちゃん”にも
 この魔法当てて
 あげようか…?」

「くひ、くひひひ…。」

「あはははははははっ!!」

あまりにも不気味なエレナの姿に、強い意志で立ち向かっていたはずのモエの心が少しずつ弱り始めていく…。早く決着をつけなければ自分の心が折れてしまう。モエはひしひしとそう感じていた。

「ガーディンっ!」

モエが再び呪文を唱えた。今度は種を2粒。それぞれ、モエの身長よりスラリと高いバラの魔物とサボテンの魔物に成長する。どちらの魔物にも普通のバラとサボテンより大きなトゲが生えていた。

「…お願いっ!」

モエの声に合わせて、バラとサボテンの魔物は、体に生えていた大きなトゲを数本エレナに向かって飛ばす。エレナのローブの袖や裾にトゲが突き刺さり、エレナはそのまま岩壁に拘束された。

「……うっ!」

エレナは体を大きく動かしもがくが、岩肌に深く刺さったトゲは抜ける気配はなかった。両腕を動かすことが出来ず、モエに狙いを付けられなくなった。

「エレナ先輩…。」

「私…。先輩の全てを
 受け入れるっす…!」

「矢で射貫かれようが、
 雷を浴びせられようが…!」

「…私は、エレナ先輩の
 味方っす…!!」

モエが自分に向けて魂を込めた言葉を送ると、エレナはもがくのをやめ、その言葉を静かに聞いていた。

「モエ…。」

「私が魔物に
 なるとしても…?」

「え……?」

このまま説得出来るかと思われたエレナの顔が、再び醜く歪んでいく…。

「私は一生懸命
 真面目に授業を
 受けて、真面目に
 練習して…。」

「そしてようやく
 Sランクになった…。」

「それなのに、ある日
 突然、お前はSランクに
 なったせいで魔物になる
 と言われた…!!」

魔物化の話を初めて聞いたモエは、ショックのあまり後ずさってしまう。

「馬鹿馬鹿しいよね!?
 だったら私は
 努力なんて
 しなかったッ!!」

「あなたみたいに
 一生Eランクで
 のうのうと暮らして
 いたわッ!!」

エレナの殺意はそれが原因だった…。真実を知らず、平和に毎日を過ごしている低ランクの魔法学生が、エレナには憎くて憎くてたまらなかったのだ。

「モエ…?
 あなたは…。」

「魔物になった私を
 受け入れて、そのまま
 バリバリと喰い殺されて
 くれるの…?」

「あ…あの…ぅ…。」

エレナの心は、人間のまま魔物になっているかのようだった…。深く深く闇に染まったエレナの心の内を見せられ、モエは、何も言葉を返すことが出来なくなってしまった…。

『ビリッ。』

エレナがトゲに刺さっていた袖を強引に引っ張り、服が千切れていた。エレナの右腕は自由になった。

手のひらをモエに向ける。

「…ッ!!」

「サンディラ。」

バチィッ。と雷が弾ける音が響く。モエの小さな身体は雷の魔法に貫かれていた。モエの全身は稲妻を纏う。そのまま体を痙攣させるとドサッと地面に倒れ伏した。

…モエはピクリとも動かない。

「…さようなら、モエ。」

エレナはゴミを見るような目で、モエのことを見下ろしていた…。
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