骨壺屋 

内藤 亮

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 クロ親子の手術は無事に終わり、三日たった。親子はやはりくたびれているらしく、団子になって眠っている。
 連休の初日だというのに、朝からどんよりと曇っている。さっきから風が急に強くなって、雷まで鳴りはじめた。骨壺をこんな天気の日に買いにくる物好きもいないだろう。それとも、こんな天気のほうが、骨壺を買うのに相応しいのだろうか。
 くだらないことを考えていたら、眠くなってきた。何度目かのあくびを噛み殺していたら、突然、荒々しく店の引き戸が開いた。
「早期退職って何なんだよ!」
「わお、黒王子! 久しぶり」
「久しぶり、じゃねぇよ。挨拶もなしで、いきなり居なくなりやがって」
「メールは送ったでしょ」 
「あの一斉送信のメールのことを言ってるのか」
「そうよ。クロサワアキラ」 
 黒王子、本名は黒澤彰という。親があの世界的に有名な映画監督の熱烈なファンだったそうで、名字が同じなのを幸い、嬉々としてつけた名前だなのそうだ。彰は同期で、黒物家電のトップ営業マンだった。娯楽家電ともいわれる黒物家電とは、テレビやカメラ、音響機器、といったオサレな家電の総称をさす。最近ではゲーム機やパソコンも黒物の範疇に含まれるそうだ。
「その呼び方は止めろ」
「面倒くさいわねぇ。あ、お勧めの骨壺があるわよ。いかが?」
「買い物に来たわけじゃない」 
 彰は急に真面目な顔になった。
「身体、大丈夫なのか」   
「ええ、もちろん」
「いきなりだったから、俺、てっきり……」 
「心配して来てくれたの?」
「う、まぁな」
「ありがとう。自分のお店を持つのが夢だったから。早期退職の優遇制度を使ったの」
 硬い表情をして、彰は私をまっすぐに見つめている。頭の中で警報アラームがなった。  
「白王女の返事はあの時と同じなのか?」  
 懐かしいニックネームだ。
「ええ、同じよ」
 時間を戻すことは出来ないのだ。

 黒王子と白王女。上司が、自社製品の愛と知識を武器に家電を売りまくる私たちに進呈したニックネームだった。白物家電、いわゆる生活家電は、生活に必要な家電だ。私が靴底を減らし汗だくになって家庭量販店をまわっている時、彰はモノトーンで統一された洒落たショップを回り、黒物家電を売り込んでいた。黒物家電は、海外メーカーとの共同開発商品も多かったから、彰は語学も堪能だ。どうせ私は日本語一本槍よっ。
 スマートにスーツを着こなした彰は、顔を合わせるたびに、ぬたぬたになって外回りをしている私をからかった。オサレな家電があっても日々の生活が便利になるわけじゃあるまいし。彰とは仕事のフィールドも客層も違うのだ。アッカンベーをして家電量販店を走りまわっていた。
 上司は昭和を具現化したような古くさい価値観の男で、女に家電なんか売れるもんか、と公言していた。それがどうだ。こんな立派な称号まで呈してくれたのだ。私の家電の愛と知識が本物だと分かると、次々と大きな仕事を任せてくれた。上司は、今は専務となり、さらに男女共同参画を進めるべく、制度改革に尽力しているそうだ。と、柴田君が教えてくれた。それを契機として性別に関係なく道が拓かれるようになれば、こんなに嬉しいことはない。涓滴岩を穿つ! 柴田君はソフトウェアを開発する部門に異動がきまったそうで、ユーザーとのパイプ役を担っているそうだ。柴田君は理系で、かつ、私が接客&素人の無知さを教えてある。新しい部署でもきっと活躍するに違いない。
 黒王子との距離が縮んだのは同期会がきっかけだった。同期会で、白王女の称号にすっかり浮かれていた私は飲みすぎてしまった。見かねた黒王子が介抱してくれた。そこまでは覚えている。朝、目が覚めたら、肘をついてこっちを見ている彰と目が合った。彰の上半身は裸だ。
「ギャッ!」
「ギャッ、じゃねぇよ。俺のベッドを占領しやがって」 
 確かに、私は彰のベッドの半分以上を占拠していた。
「ええと、これはどういう?」
 私は恐る恐る尋ねた。気持ちよく飲んでいたら、いつの間にかすっかり酔っぱらってしまった。トイレに行くとき、彰がついてきてくれたのは覚えている。へべれけの私に手を焼いた彰は、やむなく自宅に連れ帰ったのだと言う。
「お前さぁ、警戒心無さすぎ」
 慌てて下に手をやった。ちゃんとパンツを履いていた。スリップもちゃんと着ていた。
「なんで裸なの?」
「パジャマは着ない主義なんだ」
「はぁ、なるほど……」
「言うことはそれだけかよ」
 彰は、うんざりという顔をしている。
「大変申し訳ありませんでした!」
 私はベッドの上で正座をして、がばっと頭を下げた。彰は天井を向いて大げさなため息をついた。
「黒王子が紳士でよかったわ」
「あんな大イビキかかれたら、誰だって萎えるわ。おかげでこっちは寝不足だ」
「本当にすみませんでした!」 
「全くだぜ」
「あのぅ、お水、頂いてもいい?」
 喉がカラカラでひっつきそうだ。
「冷蔵庫に入ってる。勝手に飲め」
「ありがとう」
 昨日、私が着ていたジャケットとブラウスとスカートは、きちんとハンガーにかけて、ブラインドに吊るしてあった。
「あの、これ?」
 くったり、ねっとりしていたスーツが、シワ一つなくサラサラになっている。
「スチームアイロンをかけたんだよ」
「ありがとう。優しいのね」
 彰は口を尖らせてそっぽを向いている。なんで?
「あ、これってもしかして今月発売のSp7? あれ、開発部の自信作なのよ」
 Sp7はハンガーに掛けたままアイロンが掛けられて、パワースチームが殺菌脱臭もするというすぐれものなのだ。
「そうだよ。開発部の槇野に試してみろ、って渡されたんだ」
「いい商品でしょう? 私もアイディアを出したのよ」
「ドヤ顔は止めろ。鼻の穴が丸見えだぞ」
「あら、失礼」
「型番まで覚えていて、お前は使わないわけ?」
「ノーアイロンのスーツだからいいのよ」
 通販で買ったスーツはポリエステル素材で洗濯機で洗える優れものだ。おまけに形状記憶なのだ。貴方のスーツと違って、とまでは言わない。恩人に向かってそれはない。
 冷蔵庫に入っていた輸入物のえらく高そうなミネラルウォーターをたらふく飲んで、スッキリ頭で帰宅した。我ながら悪い女だ。
 それが契機となって、顔をあわせるとなんとなく一緒に食事をするようになった。売っている商品は違うが、話してみると、二人とも仕事に対するスタンスが驚くほど似ていた。これからの家電はいかにあるべきか、なんてことを熱く語り合ったのだ。彰とはライバルでもあり、同志でもあった。
 その彰に、まさかプロポーズされるとは思ってもみなかったのだ。
 
 
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