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「泊めるだけよ」
「分かってるよ。凍えそうなんだ。風呂に入らせてくれ」
雪のおかげで頭が冷えたらしい。いつもの彰だった。
「しょうがないなあ。すぐお風呂、沸かすから。特別よ」
「サンキュー」
彰が風呂に入っている間に、夕飯の支度をした。病にならなかったら、こうやって二人の食事を作っていたのだろうか。ない。断じてない。頭を強くふって、あわてて打ち消した。
彰が風呂から出てきた。
「似合うわよ、さすが黒王子」
吹き出しそうになるのをかろうじてこらえていると、
「もうちょっとマシな服ないのかよ」
と、彰は口を尖らせた。
近所の洋品店で安売りになっていたスウェットの上下は、パステルカラーのピンクで、ご丁寧に、胸には子猫の大きな刺繍がほどこされている。いつも思うのだが、廉価なエプロンやトレーナーは、どうしてラブリーな刺繍やワッペンが付けられているのだろう。グレーの色違いもあるのだが、わざとピンクにしてやったのだ。ザマァミロ。
「泊めてもらうんでしょ。文句を言わない。お風呂、入ってくる。覗いたらダメよ」
「覗くかよ」
口を尖らせたまま、彰は床にどかり、と座った。
豚肉が一人分しかないから、豚汁にした。あとのたんぱく質は納豆にした。明日、買い出しに行くつもりだったから冷蔵庫が空っぽなのだ。
去年までは会社員だったから、クリスマスシーズンは、飲んだり食べたりと連日のように外御飯だった。病気をして以来、食の好みが変わったらしい。年のせいもあるかもしれない。脂っこいものを受け付けなくなって食べる量も減ったので、連日の外食はけっこうハードだった。
ボッチのクリスマスもクロがいるから寂しくはない。デパ地下で仕入れた惣菜を肴に、クロと女子トークを楽しんだ。こういうクリスマス&年末も悪くない、なんて、思っていたら、ここへきて彰の登場だ。
とん汁を口にした彰が目を丸くした。
「料理、できるんだ」
「そりゃあ。王女だもの」
彰は苦笑いして、やれやれ、とでもいうように首を振った。
炬燵を片付けて、押し入れを開けると、彰が嬉しそうに言った。
「ワオ、布団だ。しかも一組。いいねぇ」
「他人を泊める想定はないもの」
「せっかくなんだし、しっぽり、どうよ?」
知らん顔をして敷布団を横に敷くと、彰は大げさに天を仰いだ。
「そうくるか」
「これからくっつかなくてすむでしょ。炬燵布団を足せば、寒くないし」
「寒かったら俺が抱いてやるよ」
「今度そういうことを言ったら外に捨てるわよ」
「おおこっわ」
首をすくめると、彰は布団を敷くのを手伝って、大人しく布団に入ってきた。
「マンションはどうしたんだ?」
天井を見たまま、彰が言った。
「人に貸してる」
「家財道具は?」
「全部処分したわ」
「そうか……」
しばらく沈黙が続いた。最初に口を開いたのは私だ。
「その人って、性悪的な人なの?」
「えっ?」
「子供が出来たっていうお相手のことよ」
「ええと、さっぱりした女だな。だから油断してた」
「ふうん。もう寝るね。お休み」
彰はまだ何か言いたげだったが、背中を向けて、わざと大きなあくびをしてみせた。
「う、お休み」
背中越しに彰が何度も寝返りを打っているのが分かったが、知らん顔をした。どのくらい時間がたったのだろう。彰の声で目が覚めた。
「本当に寝ちまったのか」
「ん、起きた。今、何時?」
「まだ夜中。起こしてごめん」
「今日はよく謝るのね。似合わないわよ」
彰は目を逸らせたまま、長いこと黙っていたが、くるりと向き直るった。
「人殺し、ってさっき言ったな」
「ええ。その重みを一生背負っていく覚悟はあるの?」
彰は黙っている。
「その人のこと、嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど。そういう対象じゃなかった」
やっと答えが返ってきた。
「ああ、いわゆるセフレ、ね。黒王子らしいこと」
昔の彰と話しているようだった。友達時代は、こんな風な感じで話をしていたのだ。今回は反論してこないところを見ると、やはりそういう関係だったのだろう。遊び、かあ。そんなスタミナは私にはないな。
「だけど、俺、やっぱり」
「話はこれでおしまい。未練がましい男は嫌いよ」
これ以上は言わせたくない。言葉を発して彰の口を封じた。
「ってことは、まだ見込みがあるってことか?」
まったく。懲りない男だ。自己流の解釈をしてグイグイ押してくる。
「違うわ。友人として、忠告しているの。どう言い繕っても、一人の女性を傷つけて、子供を殺した事実はなくならないのよ」
冗談タイムは終わりだ。彰はさっきまでの勢いはどこへやら、急に、しゅん、としてしまった。やっぱり、カラ元気だったのだ。
「避妊なんて、やろうと思えば女側でいくらでもできるのよ。それに、妊娠するって、そんなに簡単なことじゃないわ。卵子がちゃんと受精出来るのは限られた時間内だけよ。保健体育で習ったでしょ」
排卵日と精子の寿命。この二つがぴったり一致しないと子供は出来ない。
「う、そういえばそうだな」
「相手の人、勝負をかけたんじゃないの? 心当たりあるんじゃないの?」
彰は真剣な顔をして考え込んでいる。やがて、ハッとしたように顔をあげた。
「そういえば、あの夜は、やたらあいつ……」
「ストップ! 他人の情事はききたくないわ」
「ごめん……」
「話はこれでお終い。私、寝るね」
そう言って、彰に背を向けた。足元にクロ親子が集まってきた。話がひと段落着いたのが分かったのだろう。しばらくするとポジションが決まったらしく、もぞもぞ動いていた四つの塊が一つになった。
背後で彰が何度も寝返りを打っているのが分かったが、すぐに眠ってしまった。
目を開けると朝になっていた。カーテン越しでも眩しいくらいの光が差し込んでいる。外はきっと雪景色だ。天気予報によると、今朝は氷点下だそうだが、オイルヒーターだけで部屋は心地よく温まっている。リフォームのとき、奮発して複層ガラスにしたのは正解だった。断熱効果は抜群だ。
布団の上で団子になっているクロ親子を起こさないよう、そっと布団から抜け出すと、彰がむくり、と起き上がった。
「おはよう」
「おはよう」
「眠れた?」
「ああ」
嘘に決まっている。彰の眼の下は隈で真っ黒だった。
窓を開けると、キンと冴えた空気が流れ込み、陽光が光の束となって部屋を照らした。
「真っ白!」
外は一面の銀世界だった。朝日に照らされて、雪がきらきらと輝いている。彰も布団から出てきた。寝不足の眼にはツライらしく、目をしょぼしょぼさせながら、側に立っている。
彰は黙ったまま、じっと雪景色を眺めている。二人で外に広がる真っ白な世界を見つめていた。身体がすっかり冷え切った頃、彰が思いつめた顔をして一息に言った。
「決めた。結婚するよ」
「そう、よかった」
心から祝辞を述べていた。こうなることは、心のどこかで分かっていたような気がする。
「いままでありがとな」
そういうと、彰は私をハグした。最後の、ハグだ。
「幸せにしてあげるのよ」
ハグされていて彰の顔が見えない。
「うん」
頭の上から彰の声がした。
シャッターを開けると、真っ青な空が広がっていた。昨夜の雪が早くも解け始め、透明な滴となって軒からぽたぽたと落ちている。
「じゃあね」
「じゃあな」
背中がだんだん小さくなっていく。彰は一度も振り返らなかった。
「分かってるよ。凍えそうなんだ。風呂に入らせてくれ」
雪のおかげで頭が冷えたらしい。いつもの彰だった。
「しょうがないなあ。すぐお風呂、沸かすから。特別よ」
「サンキュー」
彰が風呂に入っている間に、夕飯の支度をした。病にならなかったら、こうやって二人の食事を作っていたのだろうか。ない。断じてない。頭を強くふって、あわてて打ち消した。
彰が風呂から出てきた。
「似合うわよ、さすが黒王子」
吹き出しそうになるのをかろうじてこらえていると、
「もうちょっとマシな服ないのかよ」
と、彰は口を尖らせた。
近所の洋品店で安売りになっていたスウェットの上下は、パステルカラーのピンクで、ご丁寧に、胸には子猫の大きな刺繍がほどこされている。いつも思うのだが、廉価なエプロンやトレーナーは、どうしてラブリーな刺繍やワッペンが付けられているのだろう。グレーの色違いもあるのだが、わざとピンクにしてやったのだ。ザマァミロ。
「泊めてもらうんでしょ。文句を言わない。お風呂、入ってくる。覗いたらダメよ」
「覗くかよ」
口を尖らせたまま、彰は床にどかり、と座った。
豚肉が一人分しかないから、豚汁にした。あとのたんぱく質は納豆にした。明日、買い出しに行くつもりだったから冷蔵庫が空っぽなのだ。
去年までは会社員だったから、クリスマスシーズンは、飲んだり食べたりと連日のように外御飯だった。病気をして以来、食の好みが変わったらしい。年のせいもあるかもしれない。脂っこいものを受け付けなくなって食べる量も減ったので、連日の外食はけっこうハードだった。
ボッチのクリスマスもクロがいるから寂しくはない。デパ地下で仕入れた惣菜を肴に、クロと女子トークを楽しんだ。こういうクリスマス&年末も悪くない、なんて、思っていたら、ここへきて彰の登場だ。
とん汁を口にした彰が目を丸くした。
「料理、できるんだ」
「そりゃあ。王女だもの」
彰は苦笑いして、やれやれ、とでもいうように首を振った。
炬燵を片付けて、押し入れを開けると、彰が嬉しそうに言った。
「ワオ、布団だ。しかも一組。いいねぇ」
「他人を泊める想定はないもの」
「せっかくなんだし、しっぽり、どうよ?」
知らん顔をして敷布団を横に敷くと、彰は大げさに天を仰いだ。
「そうくるか」
「これからくっつかなくてすむでしょ。炬燵布団を足せば、寒くないし」
「寒かったら俺が抱いてやるよ」
「今度そういうことを言ったら外に捨てるわよ」
「おおこっわ」
首をすくめると、彰は布団を敷くのを手伝って、大人しく布団に入ってきた。
「マンションはどうしたんだ?」
天井を見たまま、彰が言った。
「人に貸してる」
「家財道具は?」
「全部処分したわ」
「そうか……」
しばらく沈黙が続いた。最初に口を開いたのは私だ。
「その人って、性悪的な人なの?」
「えっ?」
「子供が出来たっていうお相手のことよ」
「ええと、さっぱりした女だな。だから油断してた」
「ふうん。もう寝るね。お休み」
彰はまだ何か言いたげだったが、背中を向けて、わざと大きなあくびをしてみせた。
「う、お休み」
背中越しに彰が何度も寝返りを打っているのが分かったが、知らん顔をした。どのくらい時間がたったのだろう。彰の声で目が覚めた。
「本当に寝ちまったのか」
「ん、起きた。今、何時?」
「まだ夜中。起こしてごめん」
「今日はよく謝るのね。似合わないわよ」
彰は目を逸らせたまま、長いこと黙っていたが、くるりと向き直るった。
「人殺し、ってさっき言ったな」
「ええ。その重みを一生背負っていく覚悟はあるの?」
彰は黙っている。
「その人のこと、嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど。そういう対象じゃなかった」
やっと答えが返ってきた。
「ああ、いわゆるセフレ、ね。黒王子らしいこと」
昔の彰と話しているようだった。友達時代は、こんな風な感じで話をしていたのだ。今回は反論してこないところを見ると、やはりそういう関係だったのだろう。遊び、かあ。そんなスタミナは私にはないな。
「だけど、俺、やっぱり」
「話はこれでおしまい。未練がましい男は嫌いよ」
これ以上は言わせたくない。言葉を発して彰の口を封じた。
「ってことは、まだ見込みがあるってことか?」
まったく。懲りない男だ。自己流の解釈をしてグイグイ押してくる。
「違うわ。友人として、忠告しているの。どう言い繕っても、一人の女性を傷つけて、子供を殺した事実はなくならないのよ」
冗談タイムは終わりだ。彰はさっきまでの勢いはどこへやら、急に、しゅん、としてしまった。やっぱり、カラ元気だったのだ。
「避妊なんて、やろうと思えば女側でいくらでもできるのよ。それに、妊娠するって、そんなに簡単なことじゃないわ。卵子がちゃんと受精出来るのは限られた時間内だけよ。保健体育で習ったでしょ」
排卵日と精子の寿命。この二つがぴったり一致しないと子供は出来ない。
「う、そういえばそうだな」
「相手の人、勝負をかけたんじゃないの? 心当たりあるんじゃないの?」
彰は真剣な顔をして考え込んでいる。やがて、ハッとしたように顔をあげた。
「そういえば、あの夜は、やたらあいつ……」
「ストップ! 他人の情事はききたくないわ」
「ごめん……」
「話はこれでお終い。私、寝るね」
そう言って、彰に背を向けた。足元にクロ親子が集まってきた。話がひと段落着いたのが分かったのだろう。しばらくするとポジションが決まったらしく、もぞもぞ動いていた四つの塊が一つになった。
背後で彰が何度も寝返りを打っているのが分かったが、すぐに眠ってしまった。
目を開けると朝になっていた。カーテン越しでも眩しいくらいの光が差し込んでいる。外はきっと雪景色だ。天気予報によると、今朝は氷点下だそうだが、オイルヒーターだけで部屋は心地よく温まっている。リフォームのとき、奮発して複層ガラスにしたのは正解だった。断熱効果は抜群だ。
布団の上で団子になっているクロ親子を起こさないよう、そっと布団から抜け出すと、彰がむくり、と起き上がった。
「おはよう」
「おはよう」
「眠れた?」
「ああ」
嘘に決まっている。彰の眼の下は隈で真っ黒だった。
窓を開けると、キンと冴えた空気が流れ込み、陽光が光の束となって部屋を照らした。
「真っ白!」
外は一面の銀世界だった。朝日に照らされて、雪がきらきらと輝いている。彰も布団から出てきた。寝不足の眼にはツライらしく、目をしょぼしょぼさせながら、側に立っている。
彰は黙ったまま、じっと雪景色を眺めている。二人で外に広がる真っ白な世界を見つめていた。身体がすっかり冷え切った頃、彰が思いつめた顔をして一息に言った。
「決めた。結婚するよ」
「そう、よかった」
心から祝辞を述べていた。こうなることは、心のどこかで分かっていたような気がする。
「いままでありがとな」
そういうと、彰は私をハグした。最後の、ハグだ。
「幸せにしてあげるのよ」
ハグされていて彰の顔が見えない。
「うん」
頭の上から彰の声がした。
シャッターを開けると、真っ青な空が広がっていた。昨夜の雪が早くも解け始め、透明な滴となって軒からぽたぽたと落ちている。
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