骨壺屋 

内藤 亮

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 昨日の残った豚汁とトーストで朝食をすませ、窓を大きく開けて換気した。使ったリネン類は全部洗濯機に入れた。ピンクのスウェットも、もちろん洗濯機だ。真っ青な空に洗濯物がはためく頃には、通常運転に戻った、と思うことにした。
 日の当たるところは雪が解けはじめ、ぬかるみには足跡がたくさんついている。子供たちがどんぐりを拾っていた公園にはまだ雪が残っていて、砂場の片隅に小さな雪だるまが作ってあった。太陽に晒された雪だるまは既に溶けかけていて、小石の目玉が地面に落ち、小枝の鼻が傾いでいた。鼻をまっすぐに直し、小石の目玉をぐっと奥に押し込んでやった。
 著名なジャーナリストが、死ぬなら癌に限る、と書いていたのを読んだことがある。ペインコントロールの進歩によって、患者はギリギリまで普通の生活を送って、最後は眠るように逝くことが可能になったそうだ。雪だるまだって、最期までこの世の風景を見ていたいと思うに違いない。
 私が最期を迎えるのはもう少し先だ。そうであってほしい。そうに違いない! 癌のことは頭から切り離しておく。何はともあれ、まず行うべきことは、買出しだ。
 お正月は、祖母の家に親族が集まるから、年末の買い物は大変だった。近くに住んでいる叔母が手伝いに来てくれて、大量の買い物をした後は皆でおせち料理を作った。煮しめを作り、ごまめを作る。栗きんとん、黒豆、寒天寄せとスイーツも盛りだくさんだ。餅は餅つき機でちょっと楽をして、女三人が総出で熱々の餅を丸める。正月スイーツのつまみ食いをしているうちに、年越しそばを食べる頃にはお腹がいっぱいになっていた。料理と大掃除の手伝いが終わったら、しまい込んでいた羽子板を取り出して、羽根がちゃんとあるか確認する。破けていた凧は、和紙と糊で修理しておく。従兄弟たちに会えるのも楽しみだった。
 今はコンビニが三百六十五日、二十四時間開いているし、スーパーマーケットも二日から開く。そのうえ一人だから、買い出しをする必要はないのだが、紅白の蒲鉾や立派なエビやカニが並ぶ正月モードのスーパーマーケットに行くと、やはり華やいだ気分になる。会社勤めの頃はおせち料理を購入していたのだが、あれも何だか飽きてくる。やはり、皆で作ったおせち料理が私の原点らしい。
 綺麗に並んだおせち料理や正月用の食材は見て楽しむだけにして、小さな餅のパックと、昆布巻きを買った。クロ親子にはお年玉代わりに○ュールを買った。
 お節料理は筑前煮だけ作った。なんだかいつものお惣菜と変わらないが、まあ、よしとした。デザートの〇ュールに大満足したクロ親子は、ストーブの周りに集まっている。雪の後は、空気がカラカラに乾いて、寒さが一段と厳しくなった。子供たちも、このところ夜遊びは行かずに、夜になると家に帰ってくる。
「ねえ、クロ、年末年始は寅吉さんと一緒に過ごせないかしら。島崎さんと寅吉さんが会えたらいいなって、思っているのだけれど」
「私も、そう思っているの。大切な話だから、早く来て欲しいのだけれど。ここ数日、こっちに来てって念じているのだけれど、ぜんぜん返事がないのよ。もしかしたら、あっちでいい人でもできたんじゃないかしら」
 全く、とでも言うようにクロが肩をすくめた。
「ちゃんと聞こえてるぞ」
 寅吉がぬっと姿を現した。寅吉が現れる時は、何もない空間にぼやけた映像が浮かび上がり、ピントが合ううちに二次元から三次元のトラ猫になる。何度見ても不思議な絵面だ。
「あらま、いらしてたんですか」
「俺だって、会いたいのは山々だ。あいつには世話になったからな。それと、俺はお前一途だ」
 最後の一言を早口&小声で言うと、寅吉は恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「おやま、嬉しいこと」
 クロは、笑いをかみ殺している。
「あっちの世界に行ったからには、そうそう姿を現しちゃぁいけねぇ。そういう決まりなんだ」
「それはそうでしょうけれど」
 クロも考え込んでいる。
 何かいい方法はないだろうか。
 買い物の帰り、近所のお寺に、除夜の鐘をつくメンバーを募集中、と張り紙があったのを思い出した。そうだ、いい方法がある!
「除夜の鐘ってご存知ですか」
「大晦日に、寺で鐘をつくやつだろ」
 寅吉が答えた。
「ええ。百八回、鐘をついて、煩悩を清めるんです。それを理由にしたらいいかなって」
 除夜の鐘を利用するようで、神様に失礼かもしれないが、滅多とない機会なのだ。神様、許してください。
「島崎さんの煩悩が消されたから、寅吉に会えたっていう、わけね」
 さすがに、クロは頭の回転が速い。
「ええ。そういう筋書きです」
「なるほどな。それだと、上の方とも話がつけやすい」
 寅吉が嬉しそうに言った。
「皆で島崎のおじさんに会えるの?」
「ああ、多分な」
「やったー!」
 三匹が蹴鞠のようにとびはねた。
 島崎を家に招待するのは、私の役割だ。「年末、一緒にすごしませんか」。ランチの友達にそういう誘いをするのは、けっこうハードルが高い。年越し、とは言え、一夜をともに過ごそう、と、あの島崎さんをお誘いするのだ。
 いいアイディアがうかばないまま、どんどん時間が過ぎていく。あっという間に大晦日になってしまった。もうこうなったら、ストレートに「年末、一緒にすごしませんか」と言うしかない。雑念を払い、観念してスマホを手に取った。
 スマホの着信ランプがすでに点滅している。島崎からだ!
 

知り合いの板前がおせち料理を持ってきてくれたんだ。
これからお節をもってそっちに行ってもいいかい? 
僕一人じゃあ食べきれないよ。
   
はい、お待ちしています!
 
お昼過ぎにはつくよ。
では、後ほど。

後ほど(^^)/
 
 食べきれない、と理由をつけるのがいかにも島崎だ。すぐに既読がついて、返事が返ってきた。なんという偶然だろう! 寅吉の言う上の方からか、神様の計らいかは分からない。が、粋な計らいをありがたく受けることにした。
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