骨壺屋 

内藤 亮

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「曜変天目、出来ましたよ!」 
 年明けの最初の営業日だった。電話口から土橋の弾んだ声が響いた。
「おめでとう!」
「近いうちに、サンプルを持っていきますね」
 土橋が持ってきた茶碗は、国宝風のレプリカとオリジナルの作品だった。地肌の色は漆黒に近い黒から、冥《くら》い蒼までグラデーションがあり、地肌に散る瑠璃色の斑紋も大きさや散り方が様々だ。
「これが今できる地色と瑠璃の組み合わせパターンです」
 土橋はタブレットの写真を見せながら、説明した。
「すごいわねえ。どれも素敵」
「ここにあるのなら、好きなのが作れますよ。尚子さんはどれが好き?」
「軽っ」
 あの番組は一体何だったんだろう。
「解析が出来れば、いくらでも作れちゃうんですから」
「なるほどねえ。そんなものか」
「そんなものです」
「国宝風なのを売るのは、いかにもレプリカって感じがしてありがたみが薄れるから。やっぱり土橋君のオリジナルで勝負しましょうよ」
 そういうと、土橋が目を輝かせた。
「いいんですか」
「もちろん。そのほうが面白いもの」
「流石、尚子姐さんだ! ありがとう!」 
 土橋がどれでもあげます、なんなら全部、といってサンプルを差し出したので、冥い蒼の地色をした小ぶりの抹茶茶碗を一つ、貰った。
「蓋はどうします? 作りますよ」
 土橋が面白そうな顔をして問うので、お願いします、と頼んだ。全身骨格のままここに入るのは無理だが、仏様(喉仏)だけなら余裕だ。
 翌日は、いつもの定期検診だった。今までは三か月に一度だったが、去年から、やっと半年に一度の検診に間隔があいたのだ。最初は検査のたびに心拍数が上がっていたが、慣れてしまえば、ペラペラの検査着一枚で検査機器の中に入れられても、機械の唸る音を子守唄にして眠れるようになる。検査室は、機械と患者のため(と思いたい)に、春夏秋冬快適な湿度と温度が保たれていて、眠るには絶好の環境なのだ。
 池の周りをランニングして猫に餌をやり、朝食は指示通り食べないで、電車に乗った。病院に着くとすぐに受付番号を奪取し、血液検査にむけてダッシュだ。血液検査とCT検査の結果が出てから診察をするから、早く検査を済ませれば、診察も早く終わる。
 検査を済ませれば、あとは診察を待つだけだ。早くもお腹が空いてきて、スマホをいじって気を紛らわせているうちに、名前を呼ばれた。
「こんにちは。お久しぶりです」
 挨拶した途端、また肺の奥がムズムズとして咳がでた。病院の空気は乾燥しすぎなのだ。
「こんにちは。体調はいかがですか」
 モニターに映し出された数値をじっと見ていた主治医の真壁が尋ねた。
「快調です」
「そうですか。その咳、いつからです?」
 軽い口調で調子で真壁が尋ねた。
「去年の暮くらいからかしら」
 どうせ診断するのなら、ついでに咳止めか何かください、と言えないところが大学病院の辛いところだ。予約時間を大幅に過ぎてやっと会えた主治医だが、大学病院は基本、治療中の疾患しか診てくれない。
「念のためPET検査をしましょう。ええと、いつがいいですか」
 冷たい手で背中を撫でられたような心地がした。再発? またあの苦しい治療が始まる? ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。
「なるべく早めでお願いします」
 声が上ずっているのが、我ながら情けない。
「でしたら、来週の月曜日、四時からの枠が空いています」
「では、その時間でよろしくお願いします」
 私の後には患者が列をなして待っている。余計な質問をするのは憚られた。いつものように、診察はごく事務的に終わった。いろいろ考えるのは検査の結果が出てからで遅くはない。
 月曜日は店を早じまいして、病院に向かった。PET検査は、静脈からFDG(放射性フッ素を付加したブドウ糖)を注射して、ガン細胞に取り込まれたブドウ糖を画像に映し出す。PET検査の結果と先日の検査結果と照らし合わせれば、腫瘍の詳細な情報が得られる、というわけだ。
 検査着に着替えて、クリーム色の筒の中に横になる。手首の血管に注射針が刺しこまれ、ずれないようにテープで止められる。準備が整うと、医者は部屋から出ていった。
 後は動かないようにして撮影を待つ。決まった秒数ごとに溶液が身体に注入され、時系列で撮影をすることで、身体中の癌を見つけることが出来るのだ。 
 最初の検査の頃は、医師が薬剤注入のたびに検査室に入って薬剤を注入していたのだが、今は完全に自働化されて、検査中に患者以外の人が部屋に入ることはない。頭の上のスピーカーから医師の声がして、機械が止まると自動的に薬剤が注入される、という能率的かつ合理的なシステムだ。撮影中はテーマパークのようなピロリンポロロンと可愛い電子音がなっている。この音がなっている間は、映像がブレないよう、絶対静止だ。ちょっと緊張する。
 どんな機械なのか、実際の映像を見てみたい、と思うのは、元電器屋に勤めていた性だ。溶液が送り込まれるたびに、ひやりとした微かな痛みが手首にはしり、馬鹿げた想像を打ち消した。
「これで終わりです」
「お世話になりました」
 余裕の微笑みを浮かべて、技師に挨拶をする。お辞儀をしたとたん、ふわりと目眩がして、尻もちをついてしまった。
「大丈夫ですか」
 若い医師が気遣わしげに尋ねた。
「ええ。お腹が空いたみたい」
 苦笑してそう答えると、医師の顔にも笑顔が浮かんだ。
「お疲れさまでした。美味しいもの、食べてくださいね!」
「ありがとう!」
 慣れた検査だが、今回は限りなくグレー、という状況だ。相当緊張していたのだろう。いつもなら病院の近くにある店に入って、肉体労働系のオジサンに混じってガテン飯を食べるのだが、今回は空腹を感じない。夕飯の時間を過ぎても、ちっともお腹が空かなかった。
 検査の結果はビンゴだった。肺への転移だ。ごく初期だから、と先生は気楽な調子で言ってくれたが、転移となると、さすがに平常心というわけにはいかない。ネバー グーグル ユア シンプトン(自分の病気をググってはいけない)と歌っている動画があったが、帰りの電車でスマホを取り出し、早速、肺癌の生存率を調べてしまった。国立癌センターのデータベースの患者の平均年齢は70歳を超えている。とはいうものの、今回の癌は楽勝とは言えない。5年相対生存率では約6割の患者が亡くなっているのだ。
 ここからの情報はあくまでも噂話だが、センターにデータを提供するような病院は、治療結果に相当自信のある病院だそうだ。そういう病院は、実績をあげるために、治癒の見込みがない患者に転院を促すこともある、などという、まことしやかな都市伝説が、癌患者の間では広まっている。今までは笑い話と聞き飛ばしていたが、いざ自分がそういう立場になると、与太話も真実のように思えてくる。
 病院から戻ると、メール便の薄べったい箱がポストからはみ出ていた。送り主は土橋だった。箱を開けると、断衝材代わりのプチプチに包まれた曜変天目の蓋が出てきた。先日もらった抹茶茶碗にぴったりだった。サイズだけでなく、形、色ともに本体の茶碗にしっくりと馴染んでいる。素人目でも感嘆するような出来映えなのに、メール便というのがいかにも軽い。曜変天目の神秘性は何処かにいってしまったようだ。もっと仰々しく送ればいいものを、と思ったが、この軽やかさが土橋の持ち味なのだ。彼岸への旅立ちも、軽やかに? 幸先がいいのか、悪いのか。骨壺の準備は出来たが、だからといって即その中に入りたいわけではない。
 入院の際に必要な保証人は病院で手配してもらった。年賀状しかやり取りしない従兄弟に、こんなことを頼むわけにはいかない。昨今は、おひとり様でも困らないように色々な制度が整っている。ここまでは前回と同じだが、クロ親子のことが気がかりだった。
 布団を敷いていると、クロが言った。
「何かあった?」
「え?」
「さっきからため息ばっかり」
「来週から入院する事になったの」
「長くなりそう?」
 クロが心配そうに尋ねた。
「二週間くらいね」
「それって、順調にいけばってことでしょう」
「う、まぁ。退院しても、癌の治療は長丁場だから……」
「それで?」
「今度は前より大変みたい」
 クロは金色の目でじっと見つめている。何もかも見透かしているかのような眼だった。
「何も心配しなくていいのよ。手続きは済んだし、貴女たちのことは猫シッターさんに世話を頼むつもり。夜はコタツにタイマー設定をしておくから寒くないわ」
 クロはやれやれというように、小さくかぶりをふった。 
「病気のこと、島崎さんには伝えないの?」   
「余計な心配をかけたくないの」 
「それでいいのかしら」   
 クロは少しの間、私の顔を見ていたが、あとは何も言わずに夜の猫会議に出かけてしまった。
 
 


 
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