江津レイクタウン

真田宗治

文字の大きさ
9 / 39

第9話 来栖真子は再会する

しおりを挟む

 🌙

 津藤つとうはがね真子まこさん、二人が別れてから数年の歳月が流れた。

 真子さんは人付き合いが苦手ながらも、なんとか大学を卒業した。ただ、真子さんは大学でも友人を作ることができなかった。大学の男どもに口説かれることはしばしばあったのだが、どうしても、誰にも心を開けなかった。対人恐怖症気味の性格が災いしたせいだったのもあるが、理由はそれだけではなかった。
 津藤を引きずっていたのだ。
 真子さんはずっと孤独だった。彼女は大学を出る二か月程前に、うつを患った。
 真子さんは、大学を卒業してからなんとか働こうとしてみたが、駄目だった。鬱は彼女自身が思っていたよりも重く、とても働ける状態ではなかったそうだ。不幸中の幸いではあるが、真子さんには父親が残した多額の遺産があった。だから生活には困らなかった。ただ、外に出るのは通院する時と、食料を買い出しに行く時ぐらいである。それ以外の時間は、大抵、西葛西の家に引き籠っていた。
 真子さんは、そんな引き籠り生活を何年も続けた。何度も、自分を奮い起こして立ち直ろうと頑張ってもみた。でも、どうしても上手く行かなかった。もしかしたら、このまま一生、何も変わらずに終わるのではないか? そんな不吉な予感さえも受け入れ始めていた。

 🌙

 変化が起きたのは、真子さんが二六歳の時だった。
 真子さんは、通院の為にいつも通り電車に乗った。その座席に、携帯端末を置き忘れてしまったのだ。彼女にとって、携帯端末はあまり重要ではなかった。どうせ連絡を取り合う相手などいない。だから、どうしても取り戻さなくても構わないとも思ったらしい。だが、その時は少しだけ勇気を出して、公衆電話から自分の端末に電話をしてみた。
 電話に出たのは、若い男だった。どうやら、電車で真子さんの端末を拾ってくれたらしい。男はすぐに警察に端末を届けようと思ったらしいのだが、時間に追われていて、仕事が終わったら届けようと考えて鞄にしまい、そのまま忘れていたようだ。男は、翌日に真子さんの最寄駅まで携帯端末を届けてくれると言ってくれた。真子さんは、約束の場所へと受け取りに向かった。
 男の名前は桑本くわもとといった。彼は、真子さんの顔を見るなり、一目惚れをしたといって食事に誘ってくれた。でも、人付き合いが苦手な真子さんは、桑本くわもとの申し出を断ろうかと思った。だが、真子さんは、ある偶然に気が付いて考えを変えた。桑本くわもとの背後の木影に、彼の職場の同僚と思しき男がいたのである。その男は、少し離れた場所から、隠れて桑本の様子を窺がっていた。
 津藤つとうはがねだった。
 真子さんは、桑本くわもとの申し出を受けることにした。それからも、真子さんは数回、桑本とのデートに付き合った。
 桑本から詳しく話を聞けば、あの日、どんなつもりで津藤が真子さんの前に姿を現したのか解るかもしれない。そう考えたのだ。
 桑本くわもとによると、津藤と桑本とは、どうやら親友同士であるらしい。津藤は夢を叶えて、小説家になっているそうだ。
 真子さんは、何度かデートを繰り返す内に、やがて桑本に心を開き始めた。桑本は熊本の出身で、真っ直ぐに好意を表してくれる青年だった。程よく優しくて、いつもくだらない冗談を言って真子さんを笑わせてくれる。真子さんの料理にもゾッコンで、デートが終わるたびに真子さんの家に上がり込もうとしたし、真子さんの唇を奪おうともした。とはいえ、桑本は、そこらの軽い男とは違った。彼の言動にも、態度にも、常に真子さんへの深い尊重があった。

 やがて、真子さんは揺れ始めた。
 桑本に少しずつ惹かれている自分に気がついたのだ。その一方、今でも、どうしようもなく津藤を愛し続けているという気持ちに、耐えられなくなっていた。
 だが、ある日突然、結論は出た。
 桑本くわもとが、真子さんと津藤との絆に気が付いたのだ。桑本は、利発で頭の回転が速く、良心的だった。彼は自らピエロを演じ、真子さんと津藤をだましてレストランに呼び出して、そうして二人を再会させて、自らはあっさり身を引いてしまったらしい。
 津藤が最初に口にしたのは、謝罪の言葉だった。彼は、真子さんが人殺しではないかと疑ってしまったことを白状し、その疑いがもう晴れているとも述べた。平謝りの津藤を、真子さんは責めた。津藤は、真子さんが何を言っても、もう二度と真子さんを手離さなかった。津藤は津藤なりに、本心では、真子さんを想い続けていたのだ。

 真子さんの人生に、光が戻った。
 津藤と真子さんは、再び、恋人同士になったのだ。
 再会から間もなく、二人は婚約をした。津藤は真子さんの自宅へと引越してきて、一緒に生活をし始めた。津藤つとうはがねとの生活は、まるで夢のようだった。二人は何度もデートに出かけ、一緒に観覧車に乗ったりキャンプに出かけたりもした。
 津藤は昔の面影をそのままに繊細な顔立ちで、背も少し伸びていた。少し視力が落ちたらしく、小説を書く時には銀縁眼鏡をかけるようになっていた。津藤は昔から利発だったが、その才覚は一層の輝きを放ち、若くしてプロの小説家になっていた。長いこと続けている武術の腕前も、達人の領域に達していたらしい。
 津藤が夢を叶えたことは、真子さんの心にも大きな影響を与えた。真子さんは少しずつ、病気から立ち直りかけていた。一人で外に出ることがあまり怖くなくなっていたし、近所の人に声をかけられても、自然に挨拶を返せるようになっていた。
 その生活は、ある日突然、終わりを迎える。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...