歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

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1幕 大団円目指して頑張ります!

34場 静かな夜

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 夜も更けたホテルの中はあまり人気がない。

 アイスブルーのカツラとホテルの寝巻きに身を包み、向かうのは大人の雰囲気が漂うバーだ。

 宿泊者のみ利用可なので、ドレスコードはないと部屋のガイドブックに書いてあった。

 入り口に立つ店員から出生証明書の提出を求められたが、視界の先に座る男を指差し、不機嫌そうに「連れなんだけど」と言うと中に入れてくれた。

 こういうとき、デュラハンは便利だ。偉そうにしていれば、周りが勝手に大人だと思ってくれる。

 丸い背中でグラスを傾ける男の隣の椅子に座る。綺麗な金髪に長い耳。エルフだ。エルフの男はグラスを置くと、翡翠色の瞳で気だるげにグレイグを見た。

「何しに来たの、グレイグ。こんな夜中に」
「こんばんは、色男さん。大事な奥さんをほっぽってていいの?」
「メルディならぐっすり寝てるよ。朝まで起きないんじゃない? あの子、眠り深いし、疲れてたみたいだしね」

 疲れさせたんでしょ、と言い返そうと思ったがやめた。身内のそういう話には触れたくない。

「子供が来るとこじゃないって言わないんだ?」
「今日は特別。飲みたいなら飲んでもいいよ。お兄さんが奢ってあげる。酔い潰れても運んであげないけど」
「遠慮しとくよ。ママに殺されるから」

 ガタイのいいデュラハンがブドウジュースを頼んでも、バーテンダーは眉ひとつ動かさなかった。さすが高級ホテル。

「なんで気づいたの。僕がここにいるってこと」
「気づくよ。僕の部屋、同じフロアにあるんだよ。こんな夜遅くにお姉ちゃんの部屋から出てきたら、なんかあったなって思うじゃん。だから、あとつけてきた。気配を殺すのは闇属性の十八番だし、レイさん、いつもと違ってぼうっとしてんだもん。余裕余裕」
「デュラハンって感覚が鋭いから嫌だね。隠し事一つできないよ」

 顔をしかめたレイが、バーテンダーに要求したタバコを咥えて慣れた手つきで火をつける。赤ん坊からの付き合いだが、こうして喫煙するところは初めて見た。

「レイさんってタバコ吸うの?」
「八十年前ぐらいに、ちょっとだけね。でも、すぐにやめた。頭ぼうっとするし、イライラするのも嫌だから。でも、今夜は吸いたい気分なんだ。煙たかったら部屋に帰んな」

 そう言いつつ、煙を吐くときはグレイグから顔を背けてくれる。メルディもこういうところを好きになったんだろうな、と天井に昇っていく煙を見ながら思う。

「お姉ちゃんとこうなったこと、後悔してる? 領地で、僕が重荷だなんだ言ったから」
「重荷だなんて思わないよ。後悔もしてない。ただ、年甲斐もなくがっついたなって反省してるだけ。もっとスマートに事を運ぶつもりだったんだけどねえ」

 タバコを咥えて眉を寄せるレイに、小さな笑みが漏れる。

「レイさんでも、お姉ちゃんに格好つけたいって思うんだ」
「そりゃあね。男って、いくつになってもそういうとこあるでしょ。アルティだって、リリアナさんの前では格好つけてるよ。見抜かれてるかもしれないけどね……。君もそのうちわかるよ」

 ふうっと煙を吐き出し、酒を口に含む。

 エルフの美貌も相まってか、思わずドギマギするほど様になっている。普段は見せないだけで、レイは父親よりも経験を積み重ねてきた大人なのだ。

 改めて、歳の差を乗り越えて想いを成就させたメルディに感心する。元々、好き合っていたとはいえ、レイがメルディの気持ちを受け入れるには、まだまだ時間がかかるかもしれないと思っていた。

 寿命の差という覆せないものがあるし――それに、エルフは達観しているように見えて、実は寂しがり屋なのだとアルティが言っていたから。すぐに死ぬヒト種を伴侶に選ぶには、大きな覚悟が必要だったはずだ。

「お姉ちゃんをもらってくれて本当にありがとう。でも、正直びっくりしたよ。いきなり結婚まで話が進むなんてさ。廃坑に行く前は、自分がどうしたいかわかんないって言ってたのに」
「ドレイクに言った言葉通りだよ。メルディがマルクスに捕まって、もう二度とこの手に戻らないかもしれないって思ったとき、倫理観も恐怖も全部吹っ飛んで、残ったのが『メルディを手に入れたい』って本能だった。結局僕も一匹のオスだったってことさ」

 あけすけな言葉に目を丸くする。これまでなら絶対に聞けなかっただろう。酒が入っているからか。それとも、身内になったからか。

 わからないが、レイの心に触れる許可を得たようで胸が弾んだ。グレイグとて、子供の頃からそばにいたレイのことを敬愛しているのだ。

「偽物作りは阻止できたし、レイさんは新しく家族になるし、何より誰も死ななかった。この旅は大団円で終わるってことでいい?」
「どうだろうね。オルレリアンに死刑の判決が下ると、だいぶ後味悪くなっちゃうけど」
「お姉ちゃんにあんなことしても?」
「それははらわたが煮えくり返るほどムカつくけどね。残されたラグドール民のためって事情はわからなくもないし……。それに、もう戦争は懲り懲りだよ」

 もしリアンを処刑すれば、また新たな憎しみの種が生まれる。それを危惧しているのだろう。レイの言葉は、どんな歴史の授業よりも重くて現実味があった。

「となると、他の人たちもだよねえ。ブラムや闇ギルドの連中はどうでもいいけどさあ。マルクスはどうなるんだろう。あんまり酷い判決だと、お姉ちゃんが悲しんじゃうよね。ご領主さまだって、何らかのペナルティはあるだろうし」
「情状酌量の余地があっても、不法入国者だからね。過去の判例と照らし合わせても、国外追放ってとこかな……。ブラムは、しばらくの間営業停止だろうね。ドレイクが矯正してくれると思うよ。元々はドワーフの横穴出身だし、腕は悪くないんだろうからさ」

 すらすらと出てくるのはさすがだ。黙って耳を傾ける。耳ないけど。

「闇ギルドの連中は懲役確定で、ご領主さまは……貴族間のバランスを保たなきゃいけないから、爵位の剥奪はないだろうけど、君のおじいちゃんがシメるでしょ。あの人、孫バカだからね。今頃、大剣研いでるかも」
「ええ……。もういい歳なのに……。大人しくしといてほしいんだけど」

 ぼやくグレイグに、レイが肩をすくめる。

「無理だね。僕が知る限り、リヒトシュタイン家の人間が大人しかったことなんて一度もない。うっかり殺さないよう気をつけときなよ」
「それって、百年以上好戦的ってこと? 確かにママもお姉ちゃんも血の気多いし、パパもああ見えて怒ると怖いけどさあ……。どんな一族なの?」
「知りたい?」

 一瞬頷きそうになったが、ふと思い直して首を横に振った。なんだか、知らなくていいことまで知りそうな気がする。

「やめとく。エルフの話は長いから、聞くなら徹夜を覚悟しとけってママが言ってた」
「それは純血のエルフの場合でしょ。僕はハーフエルフだから、時間の感覚はヒト種と変わんないよ」

 そうだろうか。たまに「ついこないだ」の基準が数十年単位だったりするけど。

 首を捻るグレイグの横で、レイは短くなったタバコを灰皿に押し付けると、いつもみたいに頬杖をついた。

「君もしっかりリヒトシュタインの血を継いでるよ。たぶん、君の子孫もそうだろうね。今から楽しみだ」
「ちょっと、やめてよ。そういうレイさんこそ、うちの一員になるんでしょ。パパたちにどう説明するつもり?」
「どうもこうも、そのまま言うよ。嘘ついたってしょうがないでしょ。自分がやったことの責任は取らなきゃね」

 残った酒を飲み干して、レイは笑った。もうとっくに心の準備は出来ているらしい。グレイグが同じ立場になったら、ここまで堂々としていられるだろうか。

「パパとママのこと、お義父さんとお義母さんって呼ぶの?」
「嫌がるだろうなあ。特にアルティ。口にした途端に金槌でぶん殴られそう」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが止めてくれると思うし」

 レイがふっと息を漏らした。

「そうだね。頼りになる奥さんで嬉しいよ」

 ふいに沈黙が降り、バーテンダーがグラスを磨く音だけがその場に響く。けれど、嫌な静けさではなかった。

「……なんだか、いい夜だね。旅が終わっても、またこうやって過ごせるかな」
「これから何度だって過ごせるよ。僕たちは家族なんだから。君が成人したら、おすすめの酒場に連れてってあげる。アルティも一緒にね」

 今までは口にすることもなかった未来の約束。

 込み上げてきた涙を隠そうとブドウジュースを啜るグレイグを横目に、グラスの縁をなぞっていたレイが、思いついたように顔を上げた。

「そういえば、廃坑に行く前に何か言いかけてたよね? あれは何だったの?」
「お姉ちゃんはレイさんが逃げても地獄の果てまで追いかけていくと思うよ、って」

 一瞬の間のあと、レイが盛大に吹き出した。

「違いないねえ。愛されすぎて困っちゃうよ」

 その目尻には涙が浮かんでいるような気がした。
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