歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

文字の大きさ
35 / 88
1幕 大団円目指して頑張ります!

35場 家に帰るまでが旅です

しおりを挟む
「お世話になりました。みんな本当にありがとう!」

 朝焼けに霞む夏空の下、メルディは勢揃いしたドワーフたちに頭を下げた。

 肩にはようやくお役目を終えたロビン。背後には優しく見守るレイと、眠そうなグレイグ。

 メルディの誘拐騒ぎから一週間が経っていた。長く続いたマルクスたちの詮議も終わり、いよいよグリムバルドに帰る日がやってきたのだ。

「世話になったのは、こっちの方だぜ。あんたのおかげでドワーフの名に傷がつかずに済んだし、グロッケン山に引き寄せられる魔物もいなくなった。最深部の魔素だまりもすっかり浄化されたしな」
「最後のはエスメラルダさんとマーガレットのおかげだけどね」
「風みたいなお嬢ちゃんだったな。まさかその日のうちに帰っちまうとは思わなかったよ」

 そう。最深部に潜ったエスメラルダたちは一瞬で魔素だまりを浄化したあと、呆気に取られるドワーフたちを尻目にさっさと帰って行った。「首都で待ってるね!」とメルディに言い添えて。

「まあ、またいつでも来てくれや。今度は技術交流でも……いや、新婚旅行でもいいぜ。あんたなら、ドワーフの横穴の中を隅から隅まで案内してやるよ」

 にやっと笑うフランシスに、レイが「勘弁してくれる?」と口を出す。

「地下に潜るのはしばらくごめんだよ。奥さんとの貴重な時間を邪魔されるのも嫌だからね」
「言うねえ、エルフの兄さんよ。若い嫁を捕まえてイキがりやがって。せいぜい逃げられねぇようにするんだな。メルディ、旦那に愛想が尽きたら俺のとこに来な。いつだって腕のいい職人は大歓迎だからな」
「大丈夫! 私は絶対に逃げないし、レイさんのことも逃さないから!」

 高らかと宣言するメルディに、レイが照れくさそうに耳を掻き、フランシスが「またフラれたよ」と肩をすくめた。

「ほれ、爺さんもなんか言っとくことあるだろ。機会は一度切りだぜ」

 そう言って、フランシスは後ろに隠れるように立っていたドワーフを引き摺り出した。

 ぼさぼさの髪に絡み合って縮れた髭。見窄らしい作業着。グレイグとレイに聞いていた通りの特徴。ブラムだ。

 詮議の結果、ブラムは牢を出たものの一年間の営業停止処分を下されていた。その間の監視はフランシスが引き受けるという。ドワーフを束ねる立場として責任を負ってくれたのだろう。

 ブラムは何度かメルディの顔と地面を交互に見ていたが、ぐっと口元を引き締め、九十度の角度まで頭を下げた。

「本当にすまなかった! あんたが丹精込めて作った鎧を汚すような真似をしちまって……。今日を限りに、俺は金槌を置くよ。金輪際、職人とは名乗らねぇ。その資格も技術も俺にはねぇから……」
「……私の鎧、そんなにすごかった? 偽物を作りたくなるほど?」

 少し躊躇して、ブラムはこくりと頷いた。

「すごかった。今まで俺が積み重ねてきたもんなんか一瞬で吹き飛んじまいやがった。それを認めるのが怖くて、あんたを不当に貶そうとしたんだ。アグニスに一喝されて、その上、熊のぬいぐるみにぶん殴られてようやく目が覚めたよ」

 小娘だと侮っていた相手に、ここまで素直に気持ちを吐露できるのは、洗脳が解けたからかもしれない。

 項垂れるブラムの両手を取り、じっと手のひらを眺める。何度も潰れたマメで硬くなった職人の手だ。クリフとも、アルティとも、メルディとも重なる手。

「あなたが何を言ったって、この手に染みついたものは一生消えない。本当は今も金槌を握りたいんじゃないの?」

 図星を突いたようで、ブラムは大きく顔を歪めた。

 職人って生き物は死ぬまで職人だ。ものを作らずには生きていけない。それは一種の呪いだと言ってもいい。

 だから贖罪の方法も一つだけだ。たとえ全てを失っても、たった一つだけ残るもの。

 それは、胸の炉に灯る情熱の炎だ。

「なら諦めずに作ってよ。今度は私よりすごい鎧を。そしたら許してあげる」

 にこっと笑うメルディに、ブラムは声もなく涙を流した。

 そのとき、大通りの向こうから必死に駆けてくるドワーフの姿が見えた。後ろに二人従えている。

 フードを被っていてわかりにくいが、一人はドワーフ、もう一人はヒト種のようだ。体力の差か、比較的足の速いドワーフに比べてヒト種は大きく遅れている。

「おせぇぞ、ビクトール! ご領主さまが遅刻なんてしまらねぇなあ」
「仕方ないだろ。許可取るのに時間がかかったんだよ。何せ首都の役人は仕事が遅――失礼。聞かなかったことにして頂けますか」

 メルディに謝罪し、ビクトールは這々の体で追いついてきたヒト種を手招きした。

「ほら、前に出てきなさい。遠慮しないで」
「そうじゃぞ。次はいつ会えるかわからんのじゃから」

 つい先日お見舞いで聞いた声に、一瞬で胸が弾む。

「もしかして、トゥールさん?」
「おうおう、そうとも。この前は見舞いに来てくれてありがとうな」

 外されたフードから覗く優しげな微笑み。やっぱりトゥールだ。じゃあ、まさかこのヒト種は――。

 期待に顔を輝かせるメルデイの前に遠慮がちに歩み出たヒト種が、ひと思いにフードを外した。

「マルクス!」

 エルフのように整った顔に、美しい黒髪と緑色の目。少しやつれたが、間違いない。両手には手錠がかけられているものの、一週間前に別れたときと同じ姿だった。

「どうしてここに? あなた、ラグドールに送られたって聞いて……。もう二度と会えないかと……」
「ビクトールさまが、せめて君の見送りまでいさせてやってくれって働きかけてくれてね。それが叶ったってことは、国側でも何らかの力が働いたんじゃないかな。きっと、君を大切に想う誰かのね」

 ちら、と視線を向けられたレイが肩をすくめる。

「知らないよ、僕は。敵に塩を送る真似なんてしない。リリアナさんじゃない?」

 素っ気ない口調だが、その唇は微かに弧を描いていた。

「これから僕は――僕たちはラグドールに行く。でも、永久追放じゃない。許可を取れば、またラスタに来れるって。長期滞在はできないけどね」
「僕たち? ということは……」

 マルクスの隣に寄り添うトゥールが「ほっほ」と笑った。

「大事な弟子で息子じゃからのう。救済の手が差し伸べられたとはいえ、向こうはまだまだ物資が枯渇しとる。わしのなまくらな腕でも、まだ役に立つかもしれんしの」
「この身にラグドールの血が流れてるから言うわけじゃないけど、きっとラスタに負けないほど豊かな土地にしてみせるよ。遠いグリムバルドまで、僕の名前が轟くのを楽しみにしてて。そのとき初めて、君と肩を並べる職人になれる気がするんだ」

 リアンの願いは聞き届けられ、ラグドールの自治区にはラスタから開拓団が送られることになった。捕まった残党たちもいずれ送還され、ラグドールの復興に従事するという。

 リアンは首都に移送され、一生牢を出ることはないけれど、故郷の隆盛を耳にすることはできるはずだ。

 生きている限り、こうした別れは幾度となく訪れる。ロビンも首都に戻ったらメルディの手を離れ、マルグリテ家の預かりになる。「仲間と一緒にいてほしい」というのが馬宿の女将たちの願いだから。

 それでも、思い出は常に共にある。いつか進む道に迷ったとき、悲しみに押しつぶされそうになったとき、きっと未来を照らす灯火になるだろう。

「……いつまでも待ってる。私たち、ライバルだもんね!」

 マルクスが歯を見せて笑う。それは坑道で見せたときと同じく、少年のような清々しい笑顔だった。

「じゃあ、そろそろ行こうか。あんまり遅くなるとアルティにまた怒られちゃうよ」
「え? でも、飛竜便まだ来てないんじゃ……」
「もう来てるよ」

 レイが指し示した先には、炉に燃える炎のように見事な紅色の毛並みをした飛竜が悠々と空を飛んでいた。

 いつの間に現れたのだろう。呆気に取られている間に、大きな鉤爪が徐々に近づいてくる。

 直後、大きく地面が揺れ、巨大な一羽の飛竜が目の前に降り立った。

 その首に取り付けた御者台に座っているのは褐色の肌と金色の瞳。そして、側頭から伸びるホルンのような角。火と風の魔素を多量に取り込んだヒト種から生まれたドラゴニュートだ。

 彼の後ろ――飛竜のちょうど羽と羽の間には大きな卵形の籠が取り付けられている。そこから伸びた梯子を伝って乗り込むのだ。

 不安定に見えるが、風魔法で保護されているので外に転げ落ちる心配はない。費用がお高い分、安全管理はしっかりしている。

「どうも、この度はご用命いただき、誠にありがとうございます。ワーグナー商会の配送人、カミル・ガーフィールと申します。こちらは相棒のピーすけです。快適な空の旅をお届けしますよ」
「カミルさん!」
「やあ、メルディちゃん。元気? 特別料金に釣られてのこのこ来ちゃったよ。相変わらず君のママ怖いね」

 カミルはエトナと同じく、両親たちの昔馴染みだ。レイが「一番豪華な飛竜便」と言っていたからそうじゃないかと思っていたが、合っていて嬉しい。

「メルディ、君、飛竜便にも知り合いいるの?」
「うん。エトナさんと同じで、パパたちのお友達なの」
「リヒトシュタイン家ってのは怖いねえ。坊主、お前すげぇのライバルにしちまったな」

 口をぽかんと開けたマルクスに、フランシスが肩を揺らして笑う。

「飛竜便なら一日で首都に戻れるけど、油断しないでよ。無事に帰り着くまでが旅だからね。ほら、グレイグ。さっさと籠に上って。後がつかえてるよ」

 追い立てるようにペしんと草摺を叩いたレイに、グレイグが口を尖らせて抗議する。

「ちょっと、セクハラやめてよ。デュラハンの鎧は繊細なんだから」
「いいから詰めて。まだメルディも乗るんだよ」
「なんか前より仲良くなったね、二人とも。何かあったの?」

 首を傾げるメルディに、レイとグレイグは顔を見合わせたあと、小さく笑った。

「別に? 僕たち前からこんな感じだったよね、レイさん」
「そうそう。さあ、帰ろう。僕たちのグリムバルドへ」

 躊躇なく、差し出されるようになった右手。決して離さないようしっかり握り、籠の中へ足を踏み入れた。

「じゃあね、みんな! また来るから、それまで元気でね!」
「おう! 待ってるぜ!」
「またね、メルディ!」

 メルディが大きく手を振ったのを合図に、飛竜便は空に舞い上がった。そのままウィンストンの上空を旋回し、徐々に速度を上げていく。

 大切な家族たちが待つ家へ向かって。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

転生貧乏令嬢メイドは見なかった!

seo
恋愛
 血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。  いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。  これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。 #逆ハー風なところあり #他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます

さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。 望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。 「契約でいい。君を妻として迎える」 そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。 けれど、彼は噂とはまるで違っていた。 政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。 「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」 契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。 陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。 これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。 指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。

処理中です...