赤い小鳥は空を羽ばたく夢を見る

遠野さつき

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第8話 ネレウスとドリス

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 ニーナの子守唄が効いたらしい。ぐっすり眠って起きた頃には、すっかり日が昇り切っていた。ようやく風も止んだようで、耳を澄ませても鳥の鳴き声しか聞こえない。

「ニーナ、ヴィットリオ、いる?」

 名を呼びながらぼんやりとした目で部屋の中を見渡すが、そこには誰の姿もない。

 ニーナが用意してくれていた服に着替え、扉に近づく。寝過ぎたせいで少しふらつくが、体は絶好調だ。あれだけ力を使った後なのにタフ過ぎる自分が少々怖くもある。

「ベアトリーチェ様、お目覚めですか」

 そっと自室の部屋を開けた先には、直立不動で佇むロレンツォがいた。あれから仮眠を取ったようだ。目の下のクマが少し薄くなっている。身なりもきちんと整えられ、さっきよりも元気そうに見えた。

「ニーナは……?」
「食事の用意をしていますよ。そろそろベアトリーチェ様が起きてくるはずだと言って」
「あら、さすが侍女ね。ピッタリだわ」

 笑みをこぼしながら、ロレンツォと共に食堂に向かう。そこには忙しく食器を並べるニーナの他に、顔に疲労の色を張り付かせたカテリーナとエルラドがいた。自室で休んでいるのか、ヴィットリオの姿は見えない。

 二人はベアトリーチェの姿を認めると、一瞬泣きそうに顔を歪め、震える声で席につくように促した。どうやらベアトリーチェが起きるのを待っていてくれたらしい。

 てっきり顔を合わせた途端に怒られると思っていただけに拍子抜けだ。どこか落ち着かない気持ちで料理が出来上がるのを待っていると、向かいに座ったカテリーナが伺うようにこちらを見つめた。

「……もう体は大丈夫なの?」
「完全に回復したわ。心配かけてごめんなさい。もうあんな無茶はしないわ。本当に反省しているの。二度と勝手に出歩かないって、ロレンツォやニーナとも約束したわ。ヴィットリオにも言われたし、だから……」

 説教が始まると思い、必死に言い募る。
 カテリーナはそんなベアトリーチェを悲しそうに見つめ、隣に座るエルラドの手をそっと握った。選手交代の合図だ。ベアトリーチェの頭の中に警報が鳴り響く。正直なところ、本気で怒ると怖いのはエルラドの方だ。

「お、お父様、その……」

 椅子から立ち上がったエルラドがこちらに近づいてくる。こういう時、いつも庇ってくれるニーナは厨房の中に入ってしまった。ロレンツォはエルラドに逆らえない。咄嗟に目を閉じたが、降ってきたのはいつもと変わらぬ穏やかな声だった。

「目を開けなさい、可愛いベアト。お父様たちは責めているわけじゃないんだよ。ただ、悲しくて心配なだけなんだ。部屋にいないと聞かされ、小庭でお前が倒れているのを見た時、どんな気持ちだったと思う?」

 懇々と諭され、二の句が継げなくなる。エルラドの言葉には心からベアトリーチェを案じる気持ちがこもっていた。

 ただ怒られると思っていた自分が恥ずかしい。しょんぼりと俯くベアトリーチェの頭を、エルラドが優しい手つきで撫でる。

「まさかお前に眠りの力まであるなんてね……。道理で、どれだけ見張っていても簡単に部屋を抜け出すわけだよ」

 ふうっとため息をついたエルラドが、力なく首を横に振る。

「こんな思いをするのはもうたくさんだ。二度と黙っていなくならないと、お父様たちにも約束してくれるね?」
「はい、お父様。お母様も、本当にごめんなさい」

 粛々と頭を下げると、カテリーナの表情がふっと緩んだ。ようやく安心したらしい。

 もう一度ぽんぽんと頭を撫でたエルラドが席に戻ったのと同時に、両手に皿を抱えたニーナが厨房から出てきた。皿の上に乗っているのは、どれもベアトリーチェの好物だ。美味しそうな匂いにつられて、お腹がくうっと鳴る。

「さあ、お召し上がりください。疲れた時こそ、しっかり食べるべきですよ」
「ありがとう、ニーナ。後はこちらでやるわ。ロレンツォも下がってちょうだい。少しでも体を休めておいてね」

 カテリーナの言葉に頭を下げたニーナとロレンツォが、揃って食堂を去っていく。

 静寂が戻った食堂の中で三人はしばし食事に集中していたが、やがて自分の皿を空にしたエルラドが、ナフキンで口を拭いながら言った。

「エンリコ様たちは部屋で休んでいるよ。ヴィットリオにお世話を任せているから、心配しなくてもいい。あんなことがあった後だからね。今日は一日、屋敷にいるそうだ。彼らもみんな、ベアトリーチェのことを心配していたよ」

 弾かれたように目を向けると、エルラドはにっこりと微笑んだ。ベアトリーチェが気にしているとわかっていて、あえて教えてくれたのだろう。父親の愛情に胸が熱くなる。

「……まさか盗賊団がうちに来るなんて、思いもしなかったわ。このあたりは治安が良かったはずなのに」
「治安がいいからこそ、呼び寄せるものもあるんだよ。それだけ土地が豊かだってことだからね」
「……それは他領から流れてきたってこと?」

 伺うように問うてみたが、エルラドは何も答えず、食後の紅茶をゆっくりと口に含んだ。

「それよりベアトリーチェ。話は済んだけど、罰がないとは思っていないわよね? 体も大丈夫そうだし、食事が済んだら荒れた小庭を片付けなさい。ひどい有様だから」
「えっ? あの倒れた木を一人で? 絶対に無理よ! また寝込んじゃうわ!」

 ケーキをつついていた手を止めてつい本音をこぼすと、優雅にナフキンを畳んだカテリーナが声を上げて笑った。

「安心なさい。ロレンツォとニケ、あとニーナも手伝ってくれるから」
「それなら……」

 ニケとニーナはともかく、体力自慢のロレンツォがいれば百人力だろう。ケーキを食べ終えたベアトリーチェは、自分を鼓舞するように少し冷めた紅茶を飲み干した。





 汚れてもいい服に着替え、ロレンツォと共に小庭に向かう。今日もいい天気だ。いや、いい天気すぎる気がする。とても十月とは思えない日差しが降り注ぎ、ただでさえ憂鬱な気持ちがさらに重くなる。

「あれ? ミゲル様とマッテオ様?」

 木のアーチの下には、ニケとニーナの他にミゲルとマッテオもいた。

 にこやかに笑うミゲルの右目には、ベアトリーチェがプレゼントした片眼鏡がある。どうやら気に入ってくれたらしい。その隣に立つマッテオは相変わらず不機嫌そうな顔だ。

 二人とも庭師から借りたらしいエプロンを身につけ、腕まくりをしている。もしかして片付けを手伝ってくれるのだろうか。予想外のことに驚きつつ、二人の元に駆け寄る。

「どうしたの二人とも。エンリコ様のそばについていなくていいの?」
「そのエンリコ様からのご命令です。男手は一人でも多い方がいいだろうと。本当はエンリコ様も来たがっていたんですが……」
「まあ……リカルドがご立腹でな」

 マッテオの言葉に、腕を組んだロレンツォが何度も頷いている。そういえば、昨夜のエンリコも黙って部屋から抜け出してきたようだった。自分の知らないうちに主人が賊に襲われるなど、護衛騎士としては許されざる所業なのだろう。

「……お嬢様、もう体は大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、ニケ! 見て! ピンピンしてるでしょ!」

 力瘤を作るように腕を曲げて見せると、ニケは心底安心した顔で微笑んだ。どうも、死ぬほど心配させた人間はまだまだいたらしい。自分の不甲斐なさに少し落ち込む。

「皆さん、くれぐれも怪我をしないでくださいね。特にお嬢様! わかっていますね!」
「わかってるわよ、ニーナ。本当に心配性なんだから」

 ぞろぞろとみんなを引き連れ、小庭に足を踏み入れる。カテリーナの言っていた通り、中はひどい有様だった。

 風で飛ばされた紫色の花や落ち葉があたり一面に散乱し、隅の方ではベアトリーチェがへし折った木が哀れな骸を晒している。

 黒ずくめたちに踏み荒らされた地面もぐちゃぐちゃで、これを元通りにするには一体どれだけ頑張らなければならないのかと思うと胃が痛くなる。罰だということも忘れ、ベアトリーチェはゲンナリと肩を落とした。

「……とりあえず手分けして片付けましょう。ロレンツォは大きなものをお願い。私たちは目についたものを片っ端から拾っていくわ」
「承知しました。力仕事は任せてください!」

 頼もしいロレンツォの言葉に空気が緩んだのを合図に、ベアトリーチェたちは小庭の中に三々五々散らばっていった。

 それからどれくらい経っただろうか。

 ろくに会話もせずに黙々と片付けているうちに小庭は少しずつ元の姿を見せ始め、ようやく作業の終わりも見えてきた。

 ベアトリーチェの足元には引きちぎられた草や花が山と積まれ、昨日の風の強さを嫌というほど見せつけている。

 悲しいことに、その中には昨夜エンリコと共に眺めたドリスもいくつかあった。かろうじて地面には植わっていたが、見るも無惨に茎や葉が折れていたので泣く泣く摘み取ったのだ。満月の夜にしか咲かないとの言葉通り、花は全て閉じ、シワシワになってしまっている。

 ——エンリコ様もきっと悲しむわね。綺麗なうちに摘んでおけばよかったわ。

 汗を拭いつつ顔を上げ、小庭の中を見渡す。隅の方に集まったミゲルとマッテオ、そしてロレンツォが倒れた木の枝を切り取っていた。運びやすくするためだろう。

 足を怪我しているからか、それにニケは参加していない。ベアトリーチェの近くで黙々とゴミを拾い集めている。力仕事が不得手なニーナも、小庭の入り口の方でひたすら落ち葉を掃いていた。

「ちょっと、ニケ。こっちに来て」

 誰もこちらに注意を払っていないのを確認しつつ、ベアトリーチェは小声でニケを手招きした。

「どうしたんです、お嬢様。早く片付けないと、日が暮れちゃいますよ」
「あなた、足を怪我したんですって? 見せてちょうだい。治してあげるわ」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんなに大した怪我じゃありませんから! また倒れちゃいますよ!」

 地面に跪いてズボンの裾を捲るベアトリーチェを、ニケが焦った様子で制止する。しかし、そんなことで止まるベアトリーチェではない。むしり取るように包帯を外し、痛々しく紫色に腫れた足首にそっと手を当てる。

 しっかりと昼食を取ったのが幸いしてか、特に体力が目減りすることもなく、ニケの足はあっという間に元通りになった。

「お嬢様……。もう無茶しないって約束したんじゃなかったんですか? 俺のために力を使うなんて、やめてください」
「こんなの無茶のうちに入らないわ。それに、元はと言えば私のせいだもの。外に出る時にちゃんと勝手口を閉めていれば、屋敷の中にまで入ってこなかったかもしれないし」

 怒られるのを覚悟で、せめてニーナに言っておくべきだった。古参や主要な使用人は大抵、勝手口のスペアキーを持っている。もちろん目の前のニケもだ。

「……勝手口が開いていたんですか?」
「そうよ。だから、つい外に出ちゃったの。今さら言い訳だけどね」

 まあ、開けたのはドリスを見に来たエンリコかもしれないので、これ以上は言わずにおこう。黙り込んだニケのズボンの裾を下ろし、その場に立ち上がる。

 相変わらず、空からは眩い日差しが降り注いでいる。体を動かしたから暑くて仕方がない。その上、無性に喉が渇いてきた。ベアトリーチェに栄養をつけさせようと思ったのか、料理の味付けがいつもより濃かったのも一因かもしれない。

「ねぇ、ニケ。この井戸の水って、確か飲めたわよね?」

 今は開いているが、昨夜は蓋が閉まっていたので中は大丈夫なはずだ。井戸を指差すと、ハッと顔を上げたニケが目を剥いてベアトリーチェを見た。

「何を考えているんですか! 飲んじゃダメですよ! ニーナさん! お茶を持ってくる間、お嬢様を見張っていてください!」

 屋敷に駆け出すニケに乞われ、入り口に箒を置いたニーナが呆れた表情を浮かべて近づいてきた。

「お嬢様、一体どうしたんですか。あんなに大声を上げたニケ、初めて見ましたよ」
「だって、喉が渇いたんだもの……。ねぇ、ニーナ。お湯が沸くまで待っていられないわよ。いっぱい飲まなくていいの。口の中を湿らせるぐらいでいいから」

 エプロンの裾を引いて懇願すると、ニーナは小さくため息をつき、ポケットから取り出したハンカチで手を拭った。

「もう、仕方ありませんね。少しだけですよ。お嬢様、少し下がっていてください。万が一落ちたら危ないですからね」

 素直に身を引いたベアトリーチェの眼前に立ったニーナが、中の桶を手繰り寄せて水を汲み出してくれた。予想通り、汚れた様子もなくむしろ美味しそうに澄んでいる。

「ありがとう、ニーナ! 大好きよ!」
 
 軽く手を濯いだ後、桶から両手に注がれた水を舐めるように口に含む。とても冷たいせいか、口内に少しピリッとした痛みが走ったが、特に問題なさそうだった。

「なんだ、十分飲めるじゃない。ニケも心配性ね」
「そうさせているのはお嬢様なんですけどね……。お茶を人数分用意するのは大変でしょうし、私も手伝ってきます」

 足早に去っていくニーナを見送り、桶に残った水を地面に流そうとしゃがみ込む。ちょうどその時、ベスタ家に勝手に住み着いている猫たちが、足元に擦り寄ってきて甘えるように鳴いた。

「あら、あなたたちも飲みたいの? 今日は暑いものね。ほら、どうぞ」

 両手に水を掬い、猫たちに差し出す。ベアトリーチェと同じく、とても喉が渇いていたのだろう。小さな舌を伸ばして一心不乱に水を飲む姿を、微笑ましい気持ちで見つめる。

 しかし、猫たちはすぐにピタリと動きを止めると、耳を覆いたくなるような苦悶の声を上げ、次々と地面に倒れ出した。中には泡を吹いて痙攣している猫もいる。

 突然のことに、ベアトリーチェはオロオロすることしかできない。触れた体は、すでに冷たくなり始めていた。

「どうしたの? 何があったの? やだ、死んじゃだめよ。死なないで」
「ベアトリーチェ様! 何があったんですか? その猫たちは……?」

 異変を感じ取り、こちらに駆け寄ってきたロレンツォたちが、足元に転がる猫たちに眉を顰める。それに力無く首を振りながら、ベアトリーチェはマッテオに縋りついた。

「私にもわからないの。急に苦しみ出して……。マッテオ様、この子たちを助けてあげて! お願い!」

 精霊の力は病気には効かない。マッテオは険しい目で猫たちを診察していたが、やがて力無く首を横に振った。

「……ダメだな、もう死んでる」
「そんな……。なんで……? 井戸の水を飲んだだけなのに……」
「……何か底に沈んでいますね」

 身を乗り出すようにして井戸を覗き込んだミゲルの言葉に、ベアトリーチェはよろよろと立ち上がり、震える体を叱咤して井戸に近づいた。それを見たロレンツォが、抱き抱えるようにして体を支えてくれる。

「ねぇ、あれって……」

 震える指の先には、見慣れた紫色の花と鮮やかに花開いたドリスが寄り添うように揺蕩っていた。向かいで顔を突き合わせて井戸を覗き込んでいたマッテオが、忌々しげに舌打ちをする。

「ネレウスか。こっちの白い花はエンリコ様の言っていたドリスだな。昨日の風で飛ばされて、井戸の中に落ちたのか」
「ネレウス……?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げると、マッテオは地面に落ちていた紫色の花を拾い「これのことだ」と掲げた。

「ネレウスは昔、心不全の治療に利用されていた花だが、ドリスと合わさると強い毒を発生させるんだ。触ったぐらいではなんともないが、それが溶け込んだ水や食べ物を摂取すると、気道が狭まり、たちまち窒息してしまう」

 まるで鈍器で殴られたような衝撃が走った。ベアトリーチェが軽率に水を与えなければ、猫たちは死ななかったのだ。

「わ、私、気づかなくて……。ニケは飲むなって言ってくれたのに……。こ、この子たちが死んだのは私のせいだわ。私が飲ませたから! 私が殺したのよ!」

 両目からぼろぼろと涙があふれ出す。とても立っていられず、その場にくずおれるベアトリーチェの両肩をロレンツォが強く掴む。

「落ち着いてください、ベアトリーチェ様。あなたのせいじゃない! これは不幸な事故です」
「そうだ、ベアトリーチェ嬢。あなたが気に病むことじゃない」

 ロレンツォの援護をするようにマッテオもその場にしゃがみ込み、ベアトリーチェの顔を覗き込んだ。その目は普段よりも優しく細められ、深い気遣いが見えた。

「ネレウスは絶滅危惧種なんだ。薬草に精通しているか、本を読むかしない限り、普通の人間は知らない。ドリス自体も滅多に咲かない花だ。ロレンツォ殿の言うとおり、猫たちは運が悪かったんだよ」
「そうですよ、ベアトリーチェ様。あなたが飲んでいなくて、本当によかった」

 背中を撫でてくれるミゲルの言葉を聞いた瞬間、ベアトリーチェは全身から血の気が引いていくのを感じた。舌の先に、水を飲んだ時に感じたピリッとした感覚が蘇る。

 ——私、確かに飲んだわ。でも、何ともない。それって……。

 ケルティーナ人の女には、稀に毒が効かない人間が生まれてくる。おそらく、精霊の力が毒を掻き消すのだろう。それに、ドリスの花が咲くのは満月の夜だけだ。昨夜、井戸の蓋は閉まっていた。風で巻き上がって落ちたのではない。誰かが昨夜のうちに摘み、井戸に投げ入れたのだ。

 ——まさか、黒ずくめたちの残党?

 残党なら小庭にネレウスが咲いていると知っている。後ろ暗い商売に身をやつしている者たちだ。毒に詳しい人間がいてもおかしくはない。

 ——仲間が捕まった報復なのだとしたら、また同じことが起きるかも……。

「聞いて、ロレンツォ……」

 わななく唇を動かし、無理やり声を絞り出す。

「……昨日の晩、井戸の蓋は閉まっていたわ」

 何とかそれだけを伝えて言葉を失ったベアトリーチェに、事の重大さを悟ったロレンツォがさっと顔色を変える。

「カテリーナ様にご報告して参ります! お二人とも、ベアトリーチェ様をよろしくお願いします!」

 走り去っていく足音を聞きながら、震える両手で顔を覆う。ひどく眩暈がして、とても目を開けていられない。もし他の誰かが飲んでいたら、この猫たちみたいにあえなく死んでいただろう。

 水底に沈んだ悪意に、ベアトリーチェはぞくっと身を震わせた。
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