フランチェスカ異聞ー紫の騎士と赤き公爵令嬢ー

遠野さつき

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第2部 悲劇を越えた先へ

37話

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 用意された客室のベッドの上で、枕に顔を埋めたエミリアが、死んだように突っ伏していた。

 公爵夫妻との対話を終えてから、ずっとこの調子である。窓のそばの椅子に腰掛けて様子を伺っていたサミュエルは、愛しい人の落ち込む姿にそっとため息をついた。

「エミリア、元気出してください。まだ、完全に断られたわけではないんですから」
「わかってる、でも……」

 もごもごとエミリアが呟く。

 ——これは回復するのにしばらくかかりそうだな。

 椅子から立ち上がり、ベッドに腰を下ろす。上から見下ろす彼女の背中は、やけに小さく見えた。

「明日、ダンテ殿下を説得すればいいんです。彼が応じさえすれば、ファウスティナはこちらにつく。カルロを引き摺り下ろす算段が整います」

 そう、アレクシウスはエミリアを拒絶したわけではなかった。「誤解をしないでくれ」と前置きした上で、ダンテに全て委ねると続けたのだ。

 ——二人からすれば、ダンテもカルロも可愛い孫だもんな。

 たとえ過ちを正すためだといえども、ずっと隠れ住んでいたダンテを表舞台に引き摺り出し、実の兄と争わせろというのは、あまりにも酷い仕打ちだった。

 ——それでも、俺はエミリアを守りたい。

 柔らかな赤毛を撫でながら、サミュエルはエミリアの分まで強くあろうと心に決めた。

「……私は、自分のことばかりで、ダンテ殿下の気持ちを考えていなかった。突然、外に放り出される恐怖を、一番わかっていたはずなのに」
「あなたが気に病む必要はありません。決めるのはダンテ殿下です。アメリア様も仰ってたじゃありませんか。鳥はいつか巣立つものだと。あなたがエミリオ様の意思を継ぐと決め、外に羽ばたいたように、彼も自分の力で飛ばなくては」
「……私と同じように?」
「そう、あなたと同じように」

 枕から顔を上げたエミリアと視線が交差する。小さく頷くと、彼女はベッドから体を起こし、甘えるようにサミュエルに身を寄せた。

「どこまで彼の心に届くかはわからないが、やってみるよ」
「それでこそエミリアです」

 自然と重なり合った両手を握りしめ、唇を重ねようと顔を傾ける。しかしそのとき、力強いノックの音がして、エミリアがパッと体を離した。

 ——前にもあったな、このパターン。

 苦々しい気持ちで腰を上げ、扉を開ける。そこに立っていたのは、料理を乗せたワゴンを押したラティウスだった。

「……もしかして、お邪魔だったかな?」

 無言で体を逸らすサミュエルに含みのある視線を向けて、ラティウスが部屋に入ってきた。他に女中の姿はない。

「ラ、ラティウス卿? ダンテ殿下の護衛はよろしいのですか?」
 
 誉れ高いティーガー家の長男に使用人の真似事をさせていることに、エミリアは恐縮しているようだ。

「私に敬語は不要ですよ、フランチェスカ公爵。ここではあなたの方が身分が高い。それに、これは私が希望したことです。弟の話をもっと聞きたくてね」

 照れくさそうにラティウスが笑う。いくら勘当されたとはいえ、弟は可愛いらしい。

「アレクシウス様にも許可を頂いています。ダンテ様にも一人で考える時間が必要ですし」

 手際よく配膳するラティウスにうながされ、エミリアと向かい合わせに席に着く。

 机の上に並べられたのは、山間部では珍しい魚のムニエルに、えんどう豆のスープ、チーズと生ハムがたっぷりと乗ったサラダ、そして焼きたてのパンだ。

 見るからに美味しそうな料理の数々に、どちらともなく腹が鳴った。

 綺麗に並べられたナイフとフォークを手に取り、やや性急に料理を口に運ぶ。北部特有の少し辛目の味付けが食欲を刺激して、みっともないと思いつつも、手が止まらなくなる。

「本当はファウスティナ名物の肉料理をお出ししたかったんですがね。狩人連合がストライキを起こして、狩りに出ることができなくて」
「えっ」

 幸せそうに料理を食んでいたエミリアが驚きの声を上げた。

 この国では、テュルクたち森番と同じように、狩人たちにも独自のネットワークがある。その代表格が狩人連合なのだ。狩りの専門家である彼らの協力なしに森に入ることは大きな危険を伴う。

「王都の騒動の影響だろうか」

 エミリアの問いに、ラティウスは頷いた。

「女性の狩人が声を上げて、連合の長老たちに是非を問うたそうですよ。過ちを犯した国王に盲従していいのか。我ら狩人は狼の誇りを失ったのか、とね」

 エミリアと顔を見合わせる。女性の狩人はたった一人しかいない。テュルクと同じく、ヴィオラもフランチェスカのために動いてくれたのだ。

 女であるが故にフリーにならざるを得なかった彼女にとって、連合に与する狩人たちを説得するのは容易なことではなかっただろう。

「各地の森番も、反戦の姿勢を示したようです。その対処に追われ、出兵が遅れていると聞きました。みんな、自分の信じるものを貫こうとしているのですね。そのきっかけを起こしたのは、フランチェスカだ。あなた方はもっと誇っていい」

 きっぱりとした言葉に、目頭が熱くなる。気を抜くとすぐにでも嗚咽が漏れ出てしまいそうだった。

「さあ、冷めないうちにお召し上がりください」

 優しく微笑まれ、サミュエルとエミリアは林檎酒と共に涙を飲み込んだ。





 翌朝、ラティウスに案内されたのは、穏やかな日が差し込む中庭だった。

 ここは公爵家の人間しか立ち入りを許されていない区域のさらに奥にあって、四方を尖塔に囲まれているために、外部の視線からは隔絶された空間になっている。庭のあちこちには北部特有の花々が鮮やかに咲き乱れ、秋の風にそよいでいた。

 ——そうだった。あのときもこんな感じだった。

 十年ぶりに訪れた中庭は、ロドリゴから離れて迷い込んだときのままだった。確かこの先で、まだ十代だったダンテに会ったはずだ。

 サミュエルの記憶を裏付けるように、柱廊を抜けた先には、白の大理石で造られた美しい東屋があり、その中で一人の青年がこちらに背を向けて座っていた。

 遠目からでもわかる金髪は紛れもなく王族の証だ。合わせているのか、それとも偶然なのか、カルロと同じく肩で切り揃えている。背丈や体格にもさほど変わりはないようだ。

 ダンテに近づき、サミュエルたちの到着を告げたラティウスが黙礼して静かに立ち去っていく。すれ違い様にこちらを見た彼の瞳には、気遣うような色が浮かんでいた。

「君たちがエミリアとサミュエルか。祖父たちから話は聞いているよ」 

 双子なのだから当たり前かもしれないが、こちらを振り返ったダンテは、驚くほどカルロによく似ていた。

 青い瞳が日の光に反射して、サファイアのように輝いている。唯一違うのは、その奥にある光が理知的で穏やかだったことだ。

 ——同じ顔、同じ姿をしているのに、ここまで印象が違うのか。

 うながされるまま席についたサミュエルは、手ずからお茶を注ぐダンテの顔をしげしげと見つめてしまった。

「私の顔に何かついているかな」
「あ、いえ、その……本当に双子だったんだと思って」
「近衛騎士だった君がそう言うのなら、そうなのだろうね。私は一度も兄の姿を見たことはないが」

 自嘲的に笑うダンテに、サミュエルは彼の孤独を垣間見た気がした。ダンテが今までどう過ごしてきたのかは、アレクシウスから聞いている。

 エミリアのように地下に隠されていたわけではなかったが、会える人間は限定されていた。もちろん外にでも出られない。この隔絶された空間で、実の両親や兄の顔を知ることもなく、二十八年もの間ずっと息を潜めていたのだ。

「さあ、冷めないうちにどうぞ。ファウスティナに自生しているルーボスという葉から作ったハーブティでね。薬くさいと言われるが、私はこれが好きなんだ」

 口に含むと確かに薬のような味がしたが、飲めなくはなかった。甘党のエミリアには苦手な味だったようで、こっそり砂糖に手を伸ばしている。

 そんな彼女の姿を見ていると、徐々に気持ちがほぐれてきた。王弟を前にして、知らず知らずのうちに肩に力が入っていたようだ。

 音を立てぬよう慎重にカップを置き、深呼吸する。

「子供の頃、あなたにお会いしたことがあります」
「覚えているよ。あのおチビちゃんがこんなに大きくなっているとは。時が流れるのは早いものだね」
「あの後、勝手に出歩いたことを父からこっぴどく怒られました」
「私もだ。不用意に姿を晒したことを、フレデリクにたっぷり叱られた」

 そのときのことを思い出したのだろう。ダンテは、ふふ、と笑みを漏らした。

「ロドリゴは私によくしてくれたよ。毎年、誕生日になると、両手で抱えきれないほどのプレゼントを持ってきてくれた。子供の頃の私は、彼の武勇伝を聞くのが大好きでね。よくねだったものだよ」
「父も喜んだでしょう。ああ見えて話好きですから」

 嬉々として話すロドリゴの姿を易々と想像できる。サミュエルも子供の頃、ロドリゴによくねだったからだ。限られた訪問だったとはいえ、ダンテの心の慰めになっただろう。

「……ロドリゴには気の毒なことをしたな。よりにもよってアヴァンティーノを反逆の徒にするとは、兄にも困ったものだ」
「今は各地に潜伏して時を待っているはずです。……五体満足かはわかりませんが」
「それは心配しなくていい。彼らは無事だよ。相変わらず賑やかにやっているそうだ」

 ダンテと視線が交差する。外の世界から隔離されているといえど、何も知らないお坊ちゃんではないらしい。

 ロドリゴがカルロに反旗を翻したと一報が入ったその日から、動向を密かに調べていたのだろう。自分の元に使者がくることも、あらかじめ見越していたのかもしれない。

「ソフィアの生家はファウスティナだからね。こちらにも少々ツテがあるのさ。情報を扱うのは、何も王都の貴族たちだけのお家芸じゃない」

 かちゃ、と微かに音を立て、カップを置いたダンテが微笑んだ。その笑みは相変わらず穏やかであったが、さっきまではなかった凄みがあった。

 重くなる空気に、エミリアとサミュエルの背筋が自然と伸びる。ゆったりとした仕草で指を組むダンテの瞳は、猫の目のように細くなっていた。

「そろそろ本題に入ろうか。君たちの望みについて、包み隠さず話してほしい」
「アレクシウス様からお聞き及びでは」
「君たちの口から直に聞きたいんだ。又聞きで語弊があってはいけないからね」

 もっともなご意見だ。サミュエルはエミリアと顔を見合わせ、主導権を彼女に委ねることにした。

「この国の正当な王位継承者として、あなたに兵を挙げて頂きたいのです。私たちは、カルロを王座から引き摺り下ろしたい。内乱を早くおさめ、二度と悲劇を起こさないためにも」
「フランチェスカを守るために、私に兄と争えと?」
「私たちが守りたいのはフランチェスカだけではありません。カルロはこの国を統一したがっています。我々が倒れれば、次はファウスティナです。大事な家族や領民たちが散り散りになってもいいのですか?」
「ファウスティナはフランチェスカとは違う。隣国の脅威が消えないうちは、兄も力ずくで事を起こそうとは思わないだろう。平和的な解決策を取るはずだ。幸いにも、こちらは悪役を背負わされていないのでね」

 その通りだった。ファウスティナには後継ぎがいない。黙っていても将来的には王領になるのだ。

 圧力はかけるだろうが、フランチェスカのように蹂躙される恐れは低い。ダンテの言う通り、下手に手を出せば、山向こうのドルジェに格好の餌を撒くことに繋がるからだ。

「ここまで命懸けできてくれた君たちには悪いが、私は、今さら表舞台に立つ気はない。与えられた環境に満足し、穏やかに生きること。それが義理の父と母の望みだったからね」

 彼が言う義理の父と母とは、出産に立ち会った侍医の助手とカロリーナの侍女のことだ。彼らは子供に恵まれなかったフレデリクの養子となり、いつしか本当の夫婦となって、ダンテを慈しんだ。

 アデルたちが身罷ってすぐに本当の流行り病でこの世を去ってしまったが、彼らとの思い出は今もしっかりダンテに息づいている。

 家族の愛情に、血の繋がりなど重要ではないのだ。それはサミュエル自身が一番よくわかっていた。

 ちらりと横目でエミリアを伺う。この説得は分が悪い。亡き両親の遺志がある限り、ダンテは決して首を縦に振らないだろう。現に、彼は組んでいた指を解き、もう話は終わったと言わんばかりに、くつろいだ様子で椅子の背に体を預けていた。

 しかし、エミリアには動揺した様子など微塵もない。ただ静かな瞳で、まっすぐにダンテを見つめていた。

「でも、それはあなたの望みではない」

 厳かな声は、まるで女神の宣託のようだった。「何を……」と呟いたダンテの眉がぴくりと跳ねる。皮肉にも、その仕草はカルロが気分を害したときの仕草と瓜二つだった。

「憎いと思いませんでしたか。ただ双子に生まれ落ちたというだけで、日陰者の人生を背負わせたこの世界を。羨ましくはありませんでしたか。同じ姿形をしているのに、一人だけ日の当たる場所にいる兄弟を」

 今度は眉ではなく、肩がぎくりと跳ねた。弧を描いていた唇は、もはや見る影もない。エミリアを見つめ返す瞳には、とても隠しきれない動揺が浮かんでいた。

「私は憎かった。エミリオが羨ましくて仕方なかった。地下にいる間、どうして自分は生まれてきたのだろうと、何度も呪いました。外に出た後も、ただの身代わりにしか過ぎないこの身が、厭わしかった。私はずっと、エミリアとして生きたいと思っていたのに!」

 感情が抑えきれなくなったのだろう。エミリアがその場に立ち上がった。さっきまで血の気が失せていた顔が、髪に負けないほど赤く染まっている。

 太ももの近くで握りしめた拳が、わなわなと震えていた。ダンテはその勢いに圧倒されている。

「確かに最初は怖かった。どれだけ焦がれていても、私にとって日の当たる場所は未知の世界でしたから。でも、この身がエミリオではなく、エミリアだと認めてもらえたとき、初めて生きていることを許された気がしました。できることなら、その喜びを家族と分かち合いたかった。共に日の当たる場所を歩いてみたかった!」

 それは心からの叫びに違いなかった。顔を歪めたダンテが、苦しげにうめく。感情に任せた自分を恥じるように、エミリアは、はあ、と肩で息をした。

「矛盾しているのはわかっています。私が地下を出たのは、エミリオの遺志を継ぐためですから。でも、戦争さえなければ、いずれ私の願いが叶う未来があったかもしれない。それを取り上げたのは、カルロ……あなたの兄です。先王夫妻の死の真相を知ったとき、あなたも同じことを思いませんでしたか? 実の両親に認めてもらう機会を、永遠に奪われたと」
「やめろ……」
「私はもう二度と、同じ思いを誰かにさせたくはない。だから、こうしてここにいるのです。貴方は表舞台に立つ気はないと言った。育てのご両親の遺志に準ずると。これから先も、ずっとそうして生きていくのですか? 日に当たる世界を知らず、何者にもなれない。そんな鬱屈とした思いを、死ぬまで抱えていくのですか?」
「やめてくれ!」

 エミリアの言葉を遮るように、ダンテが叫んだ。立ち上がった弾みで、椅子が倒れてけたたましい音を立てる。

 騒ぎを聞きつけたラティウスが戻ってくるかもしれない。背後に気を配りながら、サミュエルもその場に立ち上がり、エミリアを守るように脇に控えた。

「私は君とは違う! 事は内乱なんだぞ? 私の動き一つで、この国の未来が決まるんだ! 四百年続いた平和と繁栄を、この手で手折れというのか?」
「手折るのではなく、新しく作り変えるのです。私の肩にも、フランチェスカの領民たちや、信じてついてきてくれた仲間たちの未来がかかっている。国とは、人々が寄り添い、お互い支え合って成り立つものではないのですか? それを忘れ、罪なき人々を殺して得た繁栄など、所詮まやかしにすぎません」
「詭弁だな。たとえ一時のまやかしにすぎなくても、それを望むものは山のようにいる。君の言っていることは、彼らの目を強制的に覚まさせて、汚い現実を突きつけることだぞ。ずっと見て見ぬ振りをしてきたこの国の歪みを、本気で正せるとでも思っているのか?」
「あなたならそれができる。誰よりもこの世界の矛盾に身を置いていたあなたなら」

 そのまましばし、二人は見つめ合っていた。物音一つ立てるのも憚られるほど、空気が張りつめている。先に目を逸らしたのはダンテだった。

 苛立たしげに金髪を掻きむしり、疲れたように椅子を立てると、腰を下ろしてふうっと息をつく。その瞳には一種の諦観が浮かんでいるように見えた。

「君は私を買い被っているよ、エミリア。仮に兵を挙げたとして、彼らが私に従うとは思えない。今まで存在すら知られていなかった私を、誰が王弟だと信じられる?」
「この国に生きるもの全てです。そのお姿が何よりの証明ではありませんか」

 ダンテの喉がグッと鳴る。カルロに生き写しの姿を見て、王家の血を疑うものなどいないだろう。

「やはり詭弁だ。君は私を惑わす悪霊か何かか? もう帰ってくれ。何を言われようと、私の意思は変わらない。これ以上、話すことはない」

 両手で顔を覆い隠し、拒絶の姿勢を見せるダンテに、エミリアは何も言わなかった。深く頭を下げ、颯爽と踵を返す。

 後に続こうとしたそのとき、背後から啜り泣くような声が聞こえた。咄嗟に振り返りそうになったが、ぐっとこらえて、足を踏み出す。

 柱廊で心配そうに様子を伺っていたラティウスに目で合図をし、庭園に向かわせる。後は彼がフォローしてくれるだろう。先を行くエミリアは、一向に立ち止まる気配がない。まるで全てを振り切らんとする勢いだ。

「エミリア、ちょっと待ってください。早いですって」

 ひぃひぃと息を切らしながら情けなく縋ると、エミリアはようやく足を止めてくれた。その隙に小走りで隣に並ぶ。

 しかし、顔をのぞき込もうとしても、彼女はそっぽを向いてしまった。対談が決裂したことを気に病んでいるのだろうか。

「大丈夫ですよ。まだ負けると決まったわけじゃ……」
「……軽蔑したか?」

 サミュエルの声を遮るように、エミリアが呟いた。その声は小さく震えている。

「えっ、どうして?」
「口では綺麗事を並べておきながら、あんな醜い思いを抱えていた私を……軽蔑しただろう?」
「まさか、惚れ直しましたよ」

 本心だった。エミリアが曝け出したのは、王城で見せたものよりも、さらに深い部分に押し込めていたものに違いなかった。それを臆することなくダンテに突きつけた彼女が、愛しくてたまらなかった。

 ——どうやってこの気持ちを伝えよう。

「どんなあなただって、俺は受け入れますよ。それにね、あれぐらい可愛いものです。俺なんて、もっとえげつないことを考えてますし」

 前面にまわり、両肩に手を置くと、エミリアは戸惑いつつも、ようやくサミュエルを見つめ返してくれた。

「もっと……?」
「そう、もっと。あなたと二人っきりになったときは特にね。なんたって俺は、ルキウスさんお墨付きのケダモノですから」
「ばっ……馬鹿! 何言ってるんだ!」

 顔を真っ赤にして拳を振り上げるエミリアをかわしながら、転げるように柱廊を進む。それを追いかける彼女の姿は、もうすっかり元通りだった。

 場違いなほど明るい笑い声が、あたりに広がっていく。どうか、この声がダンテまで届けばいい。

 ——日の当たる場所を歩くのもいいもんだぞ。

 心の中でダンテに呟いて、サミュエルは抱きとめたエミリアの香りを十分に吸い込んだ。
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