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1章 わたしたちのお城「TOMO」
第1話 友永家の悲しみ
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秋の季節、両親を、喪った。
事故だった。ふたりで歩道を歩いていたときに、居眠り運転の車に突っ込まれた。お父さんはとっさにお母さんを庇ったようだが、それでもスピードがかなり出ていたからか、お母さんの生命すら守られなかった。
奇跡的に顔はきれいな状態だったから、警察署の霊安室で、最期のお別れをすることはかろうじてできた。だがそんなことが、なんの慰めになるというのか。
友永那津は、両親の亡骸のかたわらで、ひとつ年上の兄である蛍と泣き崩れた。そうすることしかできなかった。
そんなふたりに寄り添う、透明感のある黒猫。お母さんの飼い猫で、名はスイと言った。
那津はスイの背中をそっと撫でながら。
「……ねぇスイ、なんでお父さんとお母さんを守ってくれへんかったん?」
そう呟く。するとスイが「にゃあ」と鳴く。と同時に頭のなかに流れ込んでくる声。
『まどかは寿命やったにゃ。それは産まれたときから決まってることにゃ。それだけは、ぼくもことわりを曲げられんのにゃ』
スイは猫又だった。事情がなければ警察署に動物は入れない。だから那津にだけ見える、半透明の姿になっていた。
スイは、お母さんの旧姓である片山家に代々受け継がれている、守り神のうちの一柱だった。そんなスイにでも助けられなかったお母さんの生命。それを那津は理不尽に感じるが、あの世この世のことわりというものは、那津の意思や存在からは遠く及ばぬものなのだろう。
那津がスイに話しかけているのは、周りから見たら奇妙なひとりごとだろう。だが状況が状況だから、お兄ちゃんも気にした風ではない。ショックを受けて錯乱しているからと思われているのだと思う。
確かにショックだ。当たり前だ。両親を同時に亡くしたのだから。それはお兄ちゃんも同じだろう。だからこうして寄り添っているのだ。
日付け薬なんて言葉があるが、この辛さと悲しみが癒えることはあるのだろうか。こんなにも痛くて苦しくて、絶望感でいっぱいだ。とてもではないが、また穏やかな日々が送れるなんて思えない。
それでも那津は生きていかなければならない。月並みだろうけど、お兄ちゃんと手を取り合って、乗り越えていかなければならないのだ。
お通夜、お葬式から初七日、そして火葬。怒涛の2日間だった。基本は葬儀会社にお任せだった。喪主はお兄ちゃん。家族葬にしたので、地元のこぢんまりとした葬儀会場だった。
父方の親戚はほとんどなく、来てくれた多くは母方の親戚だ。父方は祖父母すらも没交渉だった。
喪主席のお兄ちゃんとその隣に座る那津は、焼香に来てくれた親戚に神妙に頭を下げる。みんな見知っているので、そのたびに声を掛けてくれた。
「蛍くん、那津ちゃん、無理せんと、なんかあったら言うんやで」
そう言ってくれたのは、瀬畑かなめ伯母ちゃん。お母さんのお姉さんだ。かなめ伯母ちゃんはお母さんと仲がよくて、那津も小さなころからお世話になっていた。
「伯母ちゃん、ありがとう」
それはかすれた声になった。それでもかなめ伯母ちゃんは「うん」と、優しく那津の背を撫で、お兄ちゃんの肩をぽんと労ってくれた。
「ありがとうございます」
お兄ちゃんも小さくお礼を言った。お兄ちゃんがかなめ伯母ちゃんに関わるようになったのは小学生のころなので、まだ少しだけ距離があるように思える。
葬儀場のすみでは、半透明になったスイが、かなめ伯母ちゃんの猫又であるハチワレのタコちゃんと、お祖母ちゃんの猫又である白猫のあずまくんに寄り添われていた。
スイだってタコちゃんだって、あずまくんだって、悲しくないわけがない。3匹はまるできょうだいのように、お父さんにもお母さんにも可愛がられていたのだから。
そうして時間が経ち、両親は白い骨となった。那津は涙を流しながら、白いハンカチをぎゅっと握りしめる。お兄ちゃんが支えてくれなければ、その場に崩れ落ちそうだった。
もう、ほんまに帰ってこぉへんねや。
まだ肉体があったときには、なんでもなかったように起き上がるのではないか、そんな希望だってかすかにあった。猫又なんて存在があるのだから、そんな掟破りがあってもよいのではないかと。
それも、もう、なくなった。
「なっちゃん、大丈夫やから。おれがおるから」
ああ、お兄ちゃんは強いなぁ。那津はそんなことを思った。那津はとてもではないが、大丈夫なんて嘘でも言えない。
お骨上げをし、それぞれの骨壷に収められたお父さんとお母さん。お父さんのお骨はお兄ちゃんが、お母さんのお骨は那津が抱え、火葬場からはかなめ伯母ちゃんが紺色の車でお家まで送ってくれた。
4人で暮らしていたマンションの一室。決して広いお家ではないが、お兄ちゃんと那津のお部屋は別々で、不満など感じたことなどなかった。
お父さんもお母さんもお仕事をして、家事は那津も手伝って、お兄ちゃんはサッカー部で励んで。
普通の家庭だった。スイという猫又がいる以外は、いたって普通だったのだ。
なのに、ここにはもう、その「普通」は戻ってこない。お父さんもお母さんも、帰ってこないのだ。
「うあ、あああああ!」
大きな絶望感に苛まれ、那津はお母さんのお骨を抱いたまま、玄関先でくずおれてしまった。どうしよう、どうしたらよい、どうしたら。
「なっちゃん!」
お兄ちゃんがお父さんのお骨をたたきに起き、那津を支えてくれた。すると奥からスイが走ってくる。
「にゃー!」
スイは火葬場まで付いてきていたのだが、かなめ伯母ちゃんの車には乗らず、先に帰ってきていたのだ。猫又なのだから、そんな芸当もお手のものなのである。
さもお留守番をしていましたよ、そんな風情で、お兄ちゃんにも見える実体の状態で、那津に駆け寄ってきた。
「なっちゃん、大丈夫やから! おれも、スイもおるから!」
「にゃー! にゃおん!」『そうにゃ! 蛍もぼくもいるにゃ! ずっと一緒におるからにゃ!』
お兄ちゃんとスイに慰められて、那津は泣きながらも「うん、うん……」と小さく頷く。
「なっちゃんとスイとおれと、これから力を合わせていくんや。そうしたら絶対に大丈夫。おれら、家族なんやから」
「にゃあ、にゃあ」『そうにゃ、蛍の言うとおりにゃ。今は存分に泣いたらええにゃ。でも時間が経ったら、また前を向けるにゃ。那津なら大丈夫にゃ』
苦しいし、辛いし、痛いし。頭がこんがらがって、もうなにも考えられない。それでもお兄ちゃんとスイが那津を案じてくれていることだけは分かるから。
今日だけは、弱い自分を許してほしい。明日からまたがんばるから。努力するから。那津はしゃくりあげながら、お兄ちゃんとスイに身を委ね、自分を甘やかしたのだった。
事故だった。ふたりで歩道を歩いていたときに、居眠り運転の車に突っ込まれた。お父さんはとっさにお母さんを庇ったようだが、それでもスピードがかなり出ていたからか、お母さんの生命すら守られなかった。
奇跡的に顔はきれいな状態だったから、警察署の霊安室で、最期のお別れをすることはかろうじてできた。だがそんなことが、なんの慰めになるというのか。
友永那津は、両親の亡骸のかたわらで、ひとつ年上の兄である蛍と泣き崩れた。そうすることしかできなかった。
そんなふたりに寄り添う、透明感のある黒猫。お母さんの飼い猫で、名はスイと言った。
那津はスイの背中をそっと撫でながら。
「……ねぇスイ、なんでお父さんとお母さんを守ってくれへんかったん?」
そう呟く。するとスイが「にゃあ」と鳴く。と同時に頭のなかに流れ込んでくる声。
『まどかは寿命やったにゃ。それは産まれたときから決まってることにゃ。それだけは、ぼくもことわりを曲げられんのにゃ』
スイは猫又だった。事情がなければ警察署に動物は入れない。だから那津にだけ見える、半透明の姿になっていた。
スイは、お母さんの旧姓である片山家に代々受け継がれている、守り神のうちの一柱だった。そんなスイにでも助けられなかったお母さんの生命。それを那津は理不尽に感じるが、あの世この世のことわりというものは、那津の意思や存在からは遠く及ばぬものなのだろう。
那津がスイに話しかけているのは、周りから見たら奇妙なひとりごとだろう。だが状況が状況だから、お兄ちゃんも気にした風ではない。ショックを受けて錯乱しているからと思われているのだと思う。
確かにショックだ。当たり前だ。両親を同時に亡くしたのだから。それはお兄ちゃんも同じだろう。だからこうして寄り添っているのだ。
日付け薬なんて言葉があるが、この辛さと悲しみが癒えることはあるのだろうか。こんなにも痛くて苦しくて、絶望感でいっぱいだ。とてもではないが、また穏やかな日々が送れるなんて思えない。
それでも那津は生きていかなければならない。月並みだろうけど、お兄ちゃんと手を取り合って、乗り越えていかなければならないのだ。
お通夜、お葬式から初七日、そして火葬。怒涛の2日間だった。基本は葬儀会社にお任せだった。喪主はお兄ちゃん。家族葬にしたので、地元のこぢんまりとした葬儀会場だった。
父方の親戚はほとんどなく、来てくれた多くは母方の親戚だ。父方は祖父母すらも没交渉だった。
喪主席のお兄ちゃんとその隣に座る那津は、焼香に来てくれた親戚に神妙に頭を下げる。みんな見知っているので、そのたびに声を掛けてくれた。
「蛍くん、那津ちゃん、無理せんと、なんかあったら言うんやで」
そう言ってくれたのは、瀬畑かなめ伯母ちゃん。お母さんのお姉さんだ。かなめ伯母ちゃんはお母さんと仲がよくて、那津も小さなころからお世話になっていた。
「伯母ちゃん、ありがとう」
それはかすれた声になった。それでもかなめ伯母ちゃんは「うん」と、優しく那津の背を撫で、お兄ちゃんの肩をぽんと労ってくれた。
「ありがとうございます」
お兄ちゃんも小さくお礼を言った。お兄ちゃんがかなめ伯母ちゃんに関わるようになったのは小学生のころなので、まだ少しだけ距離があるように思える。
葬儀場のすみでは、半透明になったスイが、かなめ伯母ちゃんの猫又であるハチワレのタコちゃんと、お祖母ちゃんの猫又である白猫のあずまくんに寄り添われていた。
スイだってタコちゃんだって、あずまくんだって、悲しくないわけがない。3匹はまるできょうだいのように、お父さんにもお母さんにも可愛がられていたのだから。
そうして時間が経ち、両親は白い骨となった。那津は涙を流しながら、白いハンカチをぎゅっと握りしめる。お兄ちゃんが支えてくれなければ、その場に崩れ落ちそうだった。
もう、ほんまに帰ってこぉへんねや。
まだ肉体があったときには、なんでもなかったように起き上がるのではないか、そんな希望だってかすかにあった。猫又なんて存在があるのだから、そんな掟破りがあってもよいのではないかと。
それも、もう、なくなった。
「なっちゃん、大丈夫やから。おれがおるから」
ああ、お兄ちゃんは強いなぁ。那津はそんなことを思った。那津はとてもではないが、大丈夫なんて嘘でも言えない。
お骨上げをし、それぞれの骨壷に収められたお父さんとお母さん。お父さんのお骨はお兄ちゃんが、お母さんのお骨は那津が抱え、火葬場からはかなめ伯母ちゃんが紺色の車でお家まで送ってくれた。
4人で暮らしていたマンションの一室。決して広いお家ではないが、お兄ちゃんと那津のお部屋は別々で、不満など感じたことなどなかった。
お父さんもお母さんもお仕事をして、家事は那津も手伝って、お兄ちゃんはサッカー部で励んで。
普通の家庭だった。スイという猫又がいる以外は、いたって普通だったのだ。
なのに、ここにはもう、その「普通」は戻ってこない。お父さんもお母さんも、帰ってこないのだ。
「うあ、あああああ!」
大きな絶望感に苛まれ、那津はお母さんのお骨を抱いたまま、玄関先でくずおれてしまった。どうしよう、どうしたらよい、どうしたら。
「なっちゃん!」
お兄ちゃんがお父さんのお骨をたたきに起き、那津を支えてくれた。すると奥からスイが走ってくる。
「にゃー!」
スイは火葬場まで付いてきていたのだが、かなめ伯母ちゃんの車には乗らず、先に帰ってきていたのだ。猫又なのだから、そんな芸当もお手のものなのである。
さもお留守番をしていましたよ、そんな風情で、お兄ちゃんにも見える実体の状態で、那津に駆け寄ってきた。
「なっちゃん、大丈夫やから! おれも、スイもおるから!」
「にゃー! にゃおん!」『そうにゃ! 蛍もぼくもいるにゃ! ずっと一緒におるからにゃ!』
お兄ちゃんとスイに慰められて、那津は泣きながらも「うん、うん……」と小さく頷く。
「なっちゃんとスイとおれと、これから力を合わせていくんや。そうしたら絶対に大丈夫。おれら、家族なんやから」
「にゃあ、にゃあ」『そうにゃ、蛍の言うとおりにゃ。今は存分に泣いたらええにゃ。でも時間が経ったら、また前を向けるにゃ。那津なら大丈夫にゃ』
苦しいし、辛いし、痛いし。頭がこんがらがって、もうなにも考えられない。それでもお兄ちゃんとスイが那津を案じてくれていることだけは分かるから。
今日だけは、弱い自分を許してほしい。明日からまたがんばるから。努力するから。那津はしゃくりあげながら、お兄ちゃんとスイに身を委ね、自分を甘やかしたのだった。
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