琥珀色の秘密〜ウィスキーとお味噌汁の癒し時間〜

山いい奈

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1章 わたしたちのお城「TOMO」

第2話 お城完成のとき

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 両親を喪ったとき高校1年生だった那津なつは、今28歳になっていた。兄であるほたるはひとつ上だから、29歳。

 あれから、お兄ちゃんと那津は、お金の大切さを嫌と言うほど知った。お父さんもお母さんも死亡保険金を遺してくれていたし、銀行に遺産もあった。マンションのローンも、両親が亡くなったことで免除されることになった。だから幸いにもお金には困らなかった。

 かなめ伯母ちゃんもかなり力になってくれて、その財産を守ってくれた。

「お金はいくらあっても困らへん。でもお金は人を狂わすこともある。もし親戚も含めて無心とかされたら、相手が誰であってもきっぱりと断るんやで。仏心は禁物や」

 幸いにもそういうことはなかったから、那津はありがたいことに、大学まで出ることができた。だがお兄ちゃんは、高校を卒業したら就職した。

「なにがあるか分からんからな。かなめさんが言うてはったことは真理や。おれもな、おとんとお母さんの遺産額見たとき、正直めまいがした。フルタイムの共働きやったけど、あんなあったとか、ほんまびっくりした。おれらの進学費用とか、自分らの老後とか、見据えとったんやと思う。それを絶対に無駄にしたない。おとんとお母さんはおれらを大事にしてくれた。それに報いたい。なっちゃんとスイとおれが幸せになるために、大事に使うんや。でもおれは、それにプラスしたい。せやから働く。当たり前のことや」

 それならわたしも、と、那津も大学進学をせずに就職しようとしたのだが。

「なっちゃんには大学に行ってほしい。なっちゃんは勉強ができるんやから」

 確かに、那津は学校の成績はよいほうだった。お勉強が楽しかったからだ。だから学べるのなら学びたい気持ちもある。だがお兄ちゃんが進学をせずに社会に出ているのに、那津がのうのうとお勉強をしてよいのだろうか。

「別に大学にこだわらんでも、専門学校でもええし。とにかく、なっちゃんには好きなことを学んでほしい。あるんやろ?」

 そう言われ、那津は考える。那津はなにを学びたいのか。そうして出した結論は。

 そして那津はお兄ちゃんの厚意に与りながら、大阪府内の国公立大学の経済学部に進んだ。4年間、アルバイトをしつつも学べることは学んだつもりだ。

 経済学部にしたのは、のちの進路の幅を広げるためだった。工学部などにも興味があったが、未来の目標がはっきりしていないからこそ、柔軟性を持ちたかった。

 そして那津は大学を卒業し、就職をし、お兄ちゃん、そしてスイと支え合って、28歳になった今。

 季節は春だった。ゆっくりと暖かな気候に移り変わり、頬に当たるゆるやかな風が心地よい。

「ほんまに、できたな」

「ほんまやね」

「にゃあ、にゃー」『がんばったなぁ、ふたりとも』

 お兄ちゃんとスイ、そして那津が眺める先にあったのは、1軒のブラウンを基調としたウィスキーバー。ここが、那津たちのお城になる。

 店名は「ウィスキーバー TOMOトモ」にした。苗字の友永から取ったのだ。

 両親の遺産にきょうだいの貯金、そういったものをつぎ込んで開店資金を準備し、時間を掛けて改装をしてもらった。よいお店になったと、お兄ちゃんも那津も満足している。

 カウンタ9席だけのお店なので、そう大きくはない。それでもふたりで切り盛りするのだから、精一杯になると思う。

「それにしてもお兄ちゃん、ほんまにその格好で接客するん?」

「え、あかん?」

「いや、似合ってるけどねぇ」

「にゃん」『まぁな』

 今のお兄ちゃんの格好はというと、頭には金髪のボブカットのウィッグを被り、服装は水色を基調にした、大振りの花柄のワンピースで、顔にはメイクもされていた。要するに女装だ。

 男性であるお兄ちゃんの心が、実は女性なのだと打ち明けられたのは、両親がこの世を去った少しあとのことである。

 実はお兄ちゃんと那津は、血縁関係にない。両親が再婚同士で、お兄ちゃんがお父さんの、那津がお母さんの連れ子だったのだ。那津たちが小学生のときのことだった。

 だから両親が亡くなったとき、家族としてどうするか、という話になった。お兄ちゃんと那津は小学校低学年からのきょうだいで、那津はお兄ちゃんのことは「お兄ちゃん」としか見ていなかったわけなのだが。

 血の繋がらない年ごろの男女がひとつ屋根の下にいて、万が一間違いがあっては。

 那津の側の親戚たちの間で、そんな話になったのだ。那津はそんなあほなと思ったのだが。

「大丈夫ですよ。おれ、実は心が女なんで。なっちゃんと暮らしてても、なんもありえませんよ」

 お兄ちゃんが親戚の前で、きっぱりと言い放ったのだ。見事な爆弾発言だ。それまでああだこうだとざわついていた場は静まり返り、初耳だった那津も驚いて呆然としてしまった。

「そ、それやったら、まぁ」

 親戚は戸惑いながらも、ふたりと1匹で暮らし続けることを許してくれた。

 お兄ちゃんは中学では、泥だらけになりながらサッカー部に打ち込んでいたから、まさか女性だったとは想像もできなかったが、本人が言うのだから、そうなのだろう。

 それからお兄ちゃんは女性らしい言葉を使うようなこともせず、振る舞いもそれまでと変わらなかったが、那津にとっては大切なお兄ちゃんであることには変わりなく。

 そうして暮らしているうちに、両親を喪った悲しみは少しずつ癒えてきて。

 これが、お兄ちゃんと引き離されてしまっていたとしたら、難しかったと思う。スイはどんなことがあっても那津と一緒なわけだが、やはりそれほどにお兄ちゃんの存在は大きかった。

 那津は足元にちょこんと座っているスイを抱き上げる。その滑らかな黒い毛に頬を寄せて。

「スイも、看板猫として、よろしくね」

「にゃあ」『まかせとけ』

 「TOMO」のオープンまでもう少し。たくさんのお客さまに恵まれたらええな、お気に入りのお店になってくれたらええな、そんな願いを胸に抱くのだった。
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