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2章 それは、あなたなんです
第8話 なぜそこにいるのか
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あれから出口さんは、那津のお惣菜も頼んでくれた。お酒を飲んでいるときは、なにか軽くでも食べておいた方がよいという、お兄ちゃんのアドバイスからだ。
今日のお惣菜はかぼちゃの煮付け、厚揚げときのこの柚子胡椒炒め、コールスローだ。
コールスローの主役であるきゃべつは、10月の今は夏秋きゃべつになる。春きゃべつのような瑞々しさはないが、煮込みに合う冬きゃべつよりも柔らかく、生でも火を通しても美味しいという優秀さを持っている。
春きゃべつよりも水分が出にくいところからも、作り置きをする「ウィスキーバー TOMO」のコールスローにぴったりなきゃべつだと思っている。
柚子胡椒炒めのきのこは、しめじと椎茸と舞茸だ。きのこ類を使うときは、2種類以上を掛け合わせるとさらに美味しくなると言われている。なら取り入れない手はない。それに今はきのこ類は旬なのだから、めいっぱい使ってあげたい。
出口さんはお野菜が好きらしく、黒板を見ながら目を輝かせていた。
「全部食べたいけど、お腹がいっぱいで」
そう言いながら、コールスローを選んだ。
「お酒のときに、きゃべつはめっちゃええんですよ」
「そうなんですか?」
「キャベジンて聞いたことないですか? 胃薬でも同じ名前のがありますよね。キャベジンは胃を労ってくれる成分なんですよ。せやので、お酒のときにええんですよ」
「そうなんですね。あ、でもキャベジンは聞いたことがあります。忘年会シーズンにCMとか流れたりしますよね」
「そうそう、それです」
那津は小鉢にコールスローを盛り、粗挽き黒こしょうを振りかけ、割り箸を添えて「どうぞ」と出口さんに出した。
「ありがとうございます。あ、黒こしょう掛かってる。大人の味ですね」
「お酒に合いますよ。ごゆっくりどうぞ」
那津が作るコールスローには、彩りにハムも入っている。きゃべつは太めの千切りにして、お塩で揉んで余分な水分を絞る。短冊切りにしたハムと合わせて、味付けはお酢、すりおろしにんにくとマヨネーズだ。
ハムで少しだがたんぱく質も摂れ、お酒のつまみにぴったりの一品になっていると思う。たんぱく質もお酒との相性がよいのだ。肝臓がアルコールを分解するときの代謝をサポートし、悪酔いを防いでくれると言われている。だからチーズなどもおすすめなのである。
出口さんはコールスローをお箸ですくい、小さな口に運ぶ。もぐもぐとゆっくり噛んで、ふうわりと頬を和ませる。気に入ってくれたようだ。那津はほっとした。
21時になり、店内も賑やかになっている。とはいえ過度にうるさい人はおらず、心地のよい空気感だった。
「あの、那津さん、お味噌汁いただけますか?」
出口さんである。あれから柚子胡椒炒めも頼んでくれて、何杯かのコークハイを楽しんでくれた。
「はい。そろそろ締めですか?」
「はい。今日はいつも以上に楽しませてもらいました。ありがとうございます」
ほんのりと赤い、ふっくらとした頬が可愛らしい。あまりお酒に強くない出口さんには、お兄ちゃんも薄めに作っていたはずだ。それぐらいの配慮はするのである。儲けも大事だが、もっと大事なのは楽しんでいただくこと。それが集客に繋がる。
「いえいえ、こちらこそ。お味噌汁すぐにお作りしますね」
那津が冷凍庫から味噌玉を出してお椀に入れると、奥でおとなしくしていたスイが上半身を上げた。
「あ、猫ちゃん、やっと顔見せてくれた」
出口さんはスイを見て、目を輝かせた。出口さんも猫好きなようだ。
「にゃおん」『あんた、なかなかええな』
スイの声を聞いて、那津は(お!)となる。どうやらスイは出口さんが気に入ったようだ。珍しい。
スイは特に人見知りする方ではないが、お客さまに懐いていくようなことはしない。これは出血大サービスである。
「可愛いですねぇ~」
出口さんは顔をとろけさせた。
「出口さんも、猫、好き?」
「うん、大好き。今はひとり暮らしでペット禁止やから飼えんけど、実家におるんよ。白猫やねん」
なるほど。スイは出口さんの猫慣れを感じ取ったのだろうか。やはり近付こうとはしないが。
「はい、お味噌汁、お待たせしました」
那津は出口さんの前に、ほかほかと湯気を上げるお椀を置いた。
「ありがとうございます」
出口さんはさっそくお椀を包み込むように持ち上げると、すっとすすった。
「……美味し~い」
満足げに言って、目を細める。
「出口さんは、味噌汁も好きなん?」
「ううん、そういうわけやないんよ。でも先週、最後にいただいたお味噌汁がめっちゃ沁み入って美味しくて。せやので、お酒のあとには飲みたいなって」
「そっか」
保さんはにこにこと出口さんを見つめている。まるで小動物を愛でるような、そんな感じに思えた。確かに出口さんは可愛らしい人である。お兄ちゃんという存在があっても、つい構いたくなってしまうのだろうか。
「あ、松比良くん、忘れてた、水曜日に深ちゃん、えっと、深川さんから連絡あって、明日、みんなでここに来ることになったんよ。松比良くんに呼ばれたって」
「うん。もうこんなんやめてくれって言いたくて」
「そうやんねぇ。深ちゃんは「もしかしたら別れるかも!」って熱くなってたから。あたしは、んなわけないやんて思ったんやけど」
出口さんは苦笑いを浮かべる。それは出口さんこそが身に沁みて分かっているだろう。
「そもそも、出口さんは蛍が好きやったわけやろ? なんでぼくのファンクラブにおるん?」
「……ああ、それねぇ」
それは那津も気になっていたことなので、お行儀が悪いと思いつつ、ついつい聞き耳を立ててしまうのだった。
今日のお惣菜はかぼちゃの煮付け、厚揚げときのこの柚子胡椒炒め、コールスローだ。
コールスローの主役であるきゃべつは、10月の今は夏秋きゃべつになる。春きゃべつのような瑞々しさはないが、煮込みに合う冬きゃべつよりも柔らかく、生でも火を通しても美味しいという優秀さを持っている。
春きゃべつよりも水分が出にくいところからも、作り置きをする「ウィスキーバー TOMO」のコールスローにぴったりなきゃべつだと思っている。
柚子胡椒炒めのきのこは、しめじと椎茸と舞茸だ。きのこ類を使うときは、2種類以上を掛け合わせるとさらに美味しくなると言われている。なら取り入れない手はない。それに今はきのこ類は旬なのだから、めいっぱい使ってあげたい。
出口さんはお野菜が好きらしく、黒板を見ながら目を輝かせていた。
「全部食べたいけど、お腹がいっぱいで」
そう言いながら、コールスローを選んだ。
「お酒のときに、きゃべつはめっちゃええんですよ」
「そうなんですか?」
「キャベジンて聞いたことないですか? 胃薬でも同じ名前のがありますよね。キャベジンは胃を労ってくれる成分なんですよ。せやので、お酒のときにええんですよ」
「そうなんですね。あ、でもキャベジンは聞いたことがあります。忘年会シーズンにCMとか流れたりしますよね」
「そうそう、それです」
那津は小鉢にコールスローを盛り、粗挽き黒こしょうを振りかけ、割り箸を添えて「どうぞ」と出口さんに出した。
「ありがとうございます。あ、黒こしょう掛かってる。大人の味ですね」
「お酒に合いますよ。ごゆっくりどうぞ」
那津が作るコールスローには、彩りにハムも入っている。きゃべつは太めの千切りにして、お塩で揉んで余分な水分を絞る。短冊切りにしたハムと合わせて、味付けはお酢、すりおろしにんにくとマヨネーズだ。
ハムで少しだがたんぱく質も摂れ、お酒のつまみにぴったりの一品になっていると思う。たんぱく質もお酒との相性がよいのだ。肝臓がアルコールを分解するときの代謝をサポートし、悪酔いを防いでくれると言われている。だからチーズなどもおすすめなのである。
出口さんはコールスローをお箸ですくい、小さな口に運ぶ。もぐもぐとゆっくり噛んで、ふうわりと頬を和ませる。気に入ってくれたようだ。那津はほっとした。
21時になり、店内も賑やかになっている。とはいえ過度にうるさい人はおらず、心地のよい空気感だった。
「あの、那津さん、お味噌汁いただけますか?」
出口さんである。あれから柚子胡椒炒めも頼んでくれて、何杯かのコークハイを楽しんでくれた。
「はい。そろそろ締めですか?」
「はい。今日はいつも以上に楽しませてもらいました。ありがとうございます」
ほんのりと赤い、ふっくらとした頬が可愛らしい。あまりお酒に強くない出口さんには、お兄ちゃんも薄めに作っていたはずだ。それぐらいの配慮はするのである。儲けも大事だが、もっと大事なのは楽しんでいただくこと。それが集客に繋がる。
「いえいえ、こちらこそ。お味噌汁すぐにお作りしますね」
那津が冷凍庫から味噌玉を出してお椀に入れると、奥でおとなしくしていたスイが上半身を上げた。
「あ、猫ちゃん、やっと顔見せてくれた」
出口さんはスイを見て、目を輝かせた。出口さんも猫好きなようだ。
「にゃおん」『あんた、なかなかええな』
スイの声を聞いて、那津は(お!)となる。どうやらスイは出口さんが気に入ったようだ。珍しい。
スイは特に人見知りする方ではないが、お客さまに懐いていくようなことはしない。これは出血大サービスである。
「可愛いですねぇ~」
出口さんは顔をとろけさせた。
「出口さんも、猫、好き?」
「うん、大好き。今はひとり暮らしでペット禁止やから飼えんけど、実家におるんよ。白猫やねん」
なるほど。スイは出口さんの猫慣れを感じ取ったのだろうか。やはり近付こうとはしないが。
「はい、お味噌汁、お待たせしました」
那津は出口さんの前に、ほかほかと湯気を上げるお椀を置いた。
「ありがとうございます」
出口さんはさっそくお椀を包み込むように持ち上げると、すっとすすった。
「……美味し~い」
満足げに言って、目を細める。
「出口さんは、味噌汁も好きなん?」
「ううん、そういうわけやないんよ。でも先週、最後にいただいたお味噌汁がめっちゃ沁み入って美味しくて。せやので、お酒のあとには飲みたいなって」
「そっか」
保さんはにこにこと出口さんを見つめている。まるで小動物を愛でるような、そんな感じに思えた。確かに出口さんは可愛らしい人である。お兄ちゃんという存在があっても、つい構いたくなってしまうのだろうか。
「あ、松比良くん、忘れてた、水曜日に深ちゃん、えっと、深川さんから連絡あって、明日、みんなでここに来ることになったんよ。松比良くんに呼ばれたって」
「うん。もうこんなんやめてくれって言いたくて」
「そうやんねぇ。深ちゃんは「もしかしたら別れるかも!」って熱くなってたから。あたしは、んなわけないやんて思ったんやけど」
出口さんは苦笑いを浮かべる。それは出口さんこそが身に沁みて分かっているだろう。
「そもそも、出口さんは蛍が好きやったわけやろ? なんでぼくのファンクラブにおるん?」
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