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3章 うそと本物
第2話 予想外の理由
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お兄ちゃんのお祖父さまとお祖母さま。今では没交渉になっていて、那津も会ったことはなかった。お父さんがご両親、要はお兄ちゃんのご祖父母との折り合いが悪く、絶縁になったと聞いている。
「なっちゃん、話があるんやて。入れてええかな」
「うん、もちろん。お兄ちゃんは大丈夫?」
「おう」
お兄ちゃんの表情が緩む。ドアを開けると、姿を現したのはご老人の男女。初めて会う、お兄ちゃんのお祖父さまとお祖母さま。お祖父さまは細身で背が高く、お父さんと似ている気がした。ブラウンのスーツ姿が似合っている。
お祖母さまはすみれ色のセットアップを着こなした、小柄な人だった。ふたりとも白くなった髪を、きれいにセットしている。
ふたりは洗い物を再開した那津を見て、深々と頭を下げた。那津も慌てて頭を下げる。
お祖父さまは女装のお兄ちゃんを見て、わずかに眉をひそめた。
「ほんまに女装しとんのやな」
するとお兄ちゃんは気分を害したのか、ぴくりと肩を震わせた。するとお祖母さまが慌てて。
「あなた、喧嘩しにきたんやないやろ」
お祖父さまをなだめてくれた。お祖父さまはきまずそうに「あ、ああ」と応える。お父さんとの関係がよくないと聞いていたが、お兄ちゃんとも悪かったようだ。
「ま、とにかく座りぃや。お茶ぐらい入れるわ」
ご祖父母がドア近くの椅子に掛けると、お兄ちゃんはカウンタ内に入ってきて、冷蔵庫からウーロン茶と、棚からグラスを2客出して、ウーロン茶を注いだ。それをご祖父母に出す。
「なっちゃん、ごめん、今日は買い物一緒に行かれへんわ」
「ひとりで大丈夫やで。洗い物終わったら行ってくる」
久々に会うご祖父母なのだから、積もるお話も、込み入ったお話もあるだろう。お兄ちゃんと那津はきょうだいだが、ご祖父母とは初対面なこともあって、那津がこの場にいないほうがよいだろう。お買い物は好都合だ。
「それやねんけど、できたらなっちゃんにも話聞いてて欲しいねん」
「そうなん?」
驚いた。よいのだろうか。ご祖父母を見ると、少し戸惑いつつも、那津に頷く。
「でしたら……。あの、夜営業の準備をしながらでよろしいですか?」
「はい」
お祖父さまの応え。那津は「ありがとうございます」と頭を下げた。
となると、今お店の中にあるもので、作れるものといえば。冷蔵庫を開けると、玉ねぎとじゃがいもがあった。冷凍庫にはグリンピース。あとは確か塩こんぶと乾燥わかめ、切り干し大根などの乾物があった。
うん、なんとかなりそうだ。那津は玉ねぎを出した。へたを切り離し、皮を剥いて、縦半分に切ったら繊維に沿ってスライスしていく。さくさく、とんとん、という音が店内に響く。
「で、祖父ちゃん、祖母ちゃん、なんの用や、今さら」
つっけんどんなお兄ちゃんの声。お兄ちゃんは滅多なことでは機嫌を損ねないので、那津もほとんど聞くことのない口調だった。
「遺産のことや」
お祖父さまのせりふに、お兄ちゃんは首を傾げた。
「遺産?」
「そうや。啓太はひとりっ子や。その啓太がおらん今、わしらになんかあったら、わしらの遺産はおまえに行くからな」
啓太とは、お兄ちゃんと那津のお父さんの名前である。
「せやから、相続放棄しろってことか?」
「……そうやない」
お祖父さまは悔しげに顔を歪めた。お祖母さまも辛そうに目を伏せる。
「わしらは、後悔した。啓太が死んだって聞いて、なんであのとき、まどかさんとの結婚を反対したんやろうって」
そうか、ご祖父母は両親の再婚を祝ってはいなかったのか。あまり意外とも思わず、那津はスライスした玉ねぎをボウルに移していく。
ずずっと、お祖母さまが洟をすする。膝の上に置いていたショルダーバッグから紫色のハンカチを出して、目元を押さえた。
「まさか、親のわしらより先に死ぬなんて、夢にも思わんかった。生きとったら、なんかのきっかけで和解できたかも知れへん。それやのに」
「なに言うてるんや、おとんを突き放したんは祖父ちゃんたちやないか。しかも、しょうもない理由で」
那津は、スライスした玉ねぎを塩もみしながら顔を上げる。お兄ちゃんと目が合うと、お兄ちゃんは少し呆れたような苦笑を浮かべた。
「なっちゃんには言うてへんかったよな、確か。祖父ちゃんたちがな、おとんとお母さんの結婚を反対したんや。お母さんも再婚やからって理由でな」
「そうなん?」
「そう。うちのおかんも、なっちゃんのお父さんも、病死や。どっちも若年性の癌やったよな」
「うん」
お兄ちゃんはご祖父母さまをちろりと睨んで。
「理由はふたつ。ひとつは、お母さんの前の旦那さんが、病気で亡くなってること。もうひとつは、おとんと似た年齢で子持ちやったこと」
お祖父さまは、また気まずそうに目を虚ろわせる。那津には、どちらも悪いことだとは思わないのだが。お父さんが初婚だったのならともかく、お父さんだって子持ちでの再婚だったのだから。
癌のことだって、誰が悪いわけではない。実のお父さんにとって、若くしてのそれは青天の霹靂だっただろうし、お母さんが願ったわけもない。不可抗力だ。
なのにどうして、それが理由になるのか、那津には思い浮かばなかった。だから怪訝な顔をしてしまうしかないのだが。
「なっちゃんの実のお父さんが癌になったんは、お母さんが健康管理を怠ったからで、おとんの再婚相手は、既婚歴のない女性やないとあかんっちゅう考えやったんやわ、祖父ちゃんたちは」
「え?」
那津は唖然としてしまったのだった。
「なっちゃん、話があるんやて。入れてええかな」
「うん、もちろん。お兄ちゃんは大丈夫?」
「おう」
お兄ちゃんの表情が緩む。ドアを開けると、姿を現したのはご老人の男女。初めて会う、お兄ちゃんのお祖父さまとお祖母さま。お祖父さまは細身で背が高く、お父さんと似ている気がした。ブラウンのスーツ姿が似合っている。
お祖母さまはすみれ色のセットアップを着こなした、小柄な人だった。ふたりとも白くなった髪を、きれいにセットしている。
ふたりは洗い物を再開した那津を見て、深々と頭を下げた。那津も慌てて頭を下げる。
お祖父さまは女装のお兄ちゃんを見て、わずかに眉をひそめた。
「ほんまに女装しとんのやな」
するとお兄ちゃんは気分を害したのか、ぴくりと肩を震わせた。するとお祖母さまが慌てて。
「あなた、喧嘩しにきたんやないやろ」
お祖父さまをなだめてくれた。お祖父さまはきまずそうに「あ、ああ」と応える。お父さんとの関係がよくないと聞いていたが、お兄ちゃんとも悪かったようだ。
「ま、とにかく座りぃや。お茶ぐらい入れるわ」
ご祖父母がドア近くの椅子に掛けると、お兄ちゃんはカウンタ内に入ってきて、冷蔵庫からウーロン茶と、棚からグラスを2客出して、ウーロン茶を注いだ。それをご祖父母に出す。
「なっちゃん、ごめん、今日は買い物一緒に行かれへんわ」
「ひとりで大丈夫やで。洗い物終わったら行ってくる」
久々に会うご祖父母なのだから、積もるお話も、込み入ったお話もあるだろう。お兄ちゃんと那津はきょうだいだが、ご祖父母とは初対面なこともあって、那津がこの場にいないほうがよいだろう。お買い物は好都合だ。
「それやねんけど、できたらなっちゃんにも話聞いてて欲しいねん」
「そうなん?」
驚いた。よいのだろうか。ご祖父母を見ると、少し戸惑いつつも、那津に頷く。
「でしたら……。あの、夜営業の準備をしながらでよろしいですか?」
「はい」
お祖父さまの応え。那津は「ありがとうございます」と頭を下げた。
となると、今お店の中にあるもので、作れるものといえば。冷蔵庫を開けると、玉ねぎとじゃがいもがあった。冷凍庫にはグリンピース。あとは確か塩こんぶと乾燥わかめ、切り干し大根などの乾物があった。
うん、なんとかなりそうだ。那津は玉ねぎを出した。へたを切り離し、皮を剥いて、縦半分に切ったら繊維に沿ってスライスしていく。さくさく、とんとん、という音が店内に響く。
「で、祖父ちゃん、祖母ちゃん、なんの用や、今さら」
つっけんどんなお兄ちゃんの声。お兄ちゃんは滅多なことでは機嫌を損ねないので、那津もほとんど聞くことのない口調だった。
「遺産のことや」
お祖父さまのせりふに、お兄ちゃんは首を傾げた。
「遺産?」
「そうや。啓太はひとりっ子や。その啓太がおらん今、わしらになんかあったら、わしらの遺産はおまえに行くからな」
啓太とは、お兄ちゃんと那津のお父さんの名前である。
「せやから、相続放棄しろってことか?」
「……そうやない」
お祖父さまは悔しげに顔を歪めた。お祖母さまも辛そうに目を伏せる。
「わしらは、後悔した。啓太が死んだって聞いて、なんであのとき、まどかさんとの結婚を反対したんやろうって」
そうか、ご祖父母は両親の再婚を祝ってはいなかったのか。あまり意外とも思わず、那津はスライスした玉ねぎをボウルに移していく。
ずずっと、お祖母さまが洟をすする。膝の上に置いていたショルダーバッグから紫色のハンカチを出して、目元を押さえた。
「まさか、親のわしらより先に死ぬなんて、夢にも思わんかった。生きとったら、なんかのきっかけで和解できたかも知れへん。それやのに」
「なに言うてるんや、おとんを突き放したんは祖父ちゃんたちやないか。しかも、しょうもない理由で」
那津は、スライスした玉ねぎを塩もみしながら顔を上げる。お兄ちゃんと目が合うと、お兄ちゃんは少し呆れたような苦笑を浮かべた。
「なっちゃんには言うてへんかったよな、確か。祖父ちゃんたちがな、おとんとお母さんの結婚を反対したんや。お母さんも再婚やからって理由でな」
「そうなん?」
「そう。うちのおかんも、なっちゃんのお父さんも、病死や。どっちも若年性の癌やったよな」
「うん」
お兄ちゃんはご祖父母さまをちろりと睨んで。
「理由はふたつ。ひとつは、お母さんの前の旦那さんが、病気で亡くなってること。もうひとつは、おとんと似た年齢で子持ちやったこと」
お祖父さまは、また気まずそうに目を虚ろわせる。那津には、どちらも悪いことだとは思わないのだが。お父さんが初婚だったのならともかく、お父さんだって子持ちでの再婚だったのだから。
癌のことだって、誰が悪いわけではない。実のお父さんにとって、若くしてのそれは青天の霹靂だっただろうし、お母さんが願ったわけもない。不可抗力だ。
なのにどうして、それが理由になるのか、那津には思い浮かばなかった。だから怪訝な顔をしてしまうしかないのだが。
「なっちゃんの実のお父さんが癌になったんは、お母さんが健康管理を怠ったからで、おとんの再婚相手は、既婚歴のない女性やないとあかんっちゅう考えやったんやわ、祖父ちゃんたちは」
「え?」
那津は唖然としてしまったのだった。
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