琥珀色の秘密〜ウィスキーとお惣菜の癒し時間〜

山いい奈

文字の大きさ
22 / 38
3章 うそと本物

第3話 優しい理由

しおりを挟む
 那津なつは手を止めたまま、呆然としてしまう。お兄ちゃんはそれがおかしかったのか「くく」と皮肉めいた笑みを漏らす。那津は我に返り、また玉ねぎを揉んだ。

「なっちゃんはさ、癌の原因て、知ってる?」

「ううん、あまり」

 那津は医療方面はさっぱりなので、素直に首を振った。

「まぁ、酒とか煙草とか生活習慣とか、いろいろ言われとるけどな、結局は分からんのや。遺伝とも言われとるけどな。癌細胞はそもそも人間にあるもんや。癌ってさ、罹患で言わんやろ、発症、やろ。要は癌細胞が働き出すかどうかの問題や。確かに発癌性物質とか言うけど、そんなんで簡単に癌になるわないやん。おかんとお母さんの前の旦那さんは若年性やったけど、平均寿命が伸びて、今や癌は年寄りのふたりか3人にひとりが発症しとるて言われてる。そんな身近なもんになってしもてるんや。それやのに、それもお母さんのせいにされたら、たまったもんやないわ。それやのに、おかんの癌にはおとんに何も言わんかったよな」

「健康管理は嫁の仕事やから」

 お祖父さまはごにょごにょと言うが。

「当時はお母さんも働いてたんやから、旦那さんの健康は自己責任やろ。例え専業主婦やったとしても、癌の発症までコントロールできるわけないやんか。それ以外にも再婚相手は既婚歴のない若い女性やないとって、それどんなダブスタやねん。おれ、おとんがそんな女性求めとったら、そのほうが気持ち悪いわ。おれはおとんがお母さんと結婚してくれてよかったって思ってる。ええお母さんやったし、ええ妹とペットもできた。おれにとって、これ以上の幸いはないんやわ」

 お兄ちゃんは、本当にご祖父母を毛嫌いしているのだな、と那津は、乱暴とも言える口調にびっくりする。

 お祖父さまはぼそりと口を開く。

「……もう、啓太けいたに、辛い思いをさしたくなかったんや」

 どういうことだろうか。お兄ちゃんと那津は顔を見合わせる。

「若い相手やったら、啓太より先に逝く確率も下がるやろ。夕実ゆみさんを亡くしたときの啓太は、すっかりと落ち込んでしもうて、見ていられんかった。そりゃあ事故とか病気とかの不慮のこともあるやろうけど、啓太よりも1日でも長く生きられる人をって思った。それやのにまさか、同じような歳で、それも連れ合いを同じ癌で亡くした女性と再婚したいなんて言われて、しかも子どもまでおるなんて、到底受け入れられんかった……」

 ご祖父さまの苦しげに発せられた言葉に、お兄ちゃんが表情をわずかに和らげた。話の流れからして、お父さんの前の奥さま、お兄ちゃんの実母さんが夕実さんというのだろう。

「祖父ちゃんらも、おとんのこと、考えとったんやな」

「当たり前や、啓太はわしらの大事な息子や。ひとりっ子やったから余計や。それに」

 お祖父さまがちらりと那津を見るのを、目の端で捉えた。那津は塩もみをして水分を搾った玉ねぎスライスに、塩こんぶを混ぜ込んでいた。

「血の繋がらん子どもを、孫やて言われても無理やった。わしらの孫はほたるだけ。啓太の相手が若い女性やったら、さらに増えるてかも知れんかった」

 那津はなんとなく気まずい気持ちになってしまう。確かに血の繋がらない子どもを「孫だ」と連れてこられて、はいそうですかと受け入れるのは難しいだろう。なんだか申し訳ないような気持ちになってしまう。それが顔に出てしまったのか。

「なっちゃんは悪くない。気に病まんでええからな」

「……うん」

 那津はほっとして、ほのかに頬をゆるめる。

「わしらはな、別に那津さんに恨みとかがあるわけやあれへん。那津さんかてお父さん亡くして、まどかさんとふたりで大変やったて思ってる。せやから啓太との出会いは経済的にも救いやったやろう。けど」

「みくびらんでください」

 那津は思わず口走っていた。何を言っているのだ。那津のことはともかく、お母さんを貶められるのは許せない。ご祖父母は唖然とした表情で那津を見る。

「確かに父を失ったことは辛かったですし、母も同じです。でも母が啓太さんと結婚をしたのは、家族として支え合っていけると思ったからなはずです。啓太さんと母は、若くして事故やご病気で亡くなられた方のご遺族の会で知り合いました。蛍くんとわたしも一緒でした。啓太さんと母は、幸せそうでした。同じ痛みを知っていて、せやからこそ、労わりあうことができた。それを、貶めるような言い方をせんでください。啓太さんにも失礼やと思います」

 那津はほぼ一息でそこまで言って、はっと我に返る。なんてことを。

「すいません、生意気言いました」

 那津が慌てて頭を下げると、お祖父さまが「いや」と沈痛な表情でかぶりを振る。

「こちらこそ、失礼なことを言うてしもた。まどかさんを貶すようなつもりはなかった。けど、そうやな、啓太が一緒になろうとした人なんやから、ちゃんとした人なはずやもんな」

 ご祖父母がうなだれる。那津は「はい」と頷く。

「わたしにとって啓太さんは、実の父と同じくらい、大切なお父さんでした。お父さんは母とわたしを大事にしてくれました。確かにお父さんと母は亡くなってしまいましたけど、幸せやったことだけは、知ってて欲しいです。わたしたちは、めっちゃええ家族やったって、断言できます」

「そうか、そうか……」

 お祖父さまは表情を和らげ、お祖母さまはまた洟をすすり、ハンカチで目元を拭った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈
キャラ文芸
25歳の都倉碧は、両親と一緒に朝昼ごはんのお店「とくら食堂」を営んでいる。 やがては跡を継ぐつもりで励んでいた。 そんな碧は将来、一緒に「とくら食堂」を動かしてくれるパートナーを探していた。 結婚相談所に登録したり、紹介してもらったりしながら、様々な男性と会うのだが? 前職でのトラブルや、おかしなお見合い相手も乗り越えて。 25歳がターニングポイントになるのか。碧の奮闘記です。

冷たい舌

菱沼あゆ
キャラ文芸
 青龍神社の娘、透子は、生まれ落ちたその瞬間から、『龍神の巫女』と定められた娘。  だが、龍神など信じない母、潤子の陰謀で見合いをする羽目になる。  潤子が、働きもせず、愛車のランボルギーニ カウンタックを乗り回す娘に不安を覚えていたからだ。  その見合いを、透子の幼なじみの龍造寺の双子、和尚と忠尚が妨害しようとするが。  透子には見合いよりも気にかかっていることがあった。  それは、何処までも自分を追いかけてくる、あの紅い月――。

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

黄泉津役所

浅井 ことは
キャラ文芸
高校入学を機にアルバイトを始めようと面接に行った井筒丈史。 だが行った先は普通の役所のようで普通ではない役所。 一度はアルバイトを断るものの、結局働くことに。 ただの役所でそうではなさそうなお役所バイト。 一体何をさせられるのか……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

処理中です...