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3章 うそと本物
第4話 プライドのありか
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ご祖父母は顔を見合わせ、ふっと微笑み合う。
「母さん、わしらは、思い込みを啓太に押し付けてしもたんかも知れんな」
「そうやねぇ」
そう、那津たちの友永家は幸せな家族だったのだ。
那津は当時のことを思い出しながら、ボウルで切り干し大根を洗い、そのままひたひたの水に浸す。乾燥わかめも別のボウルで水戻しをする。
お母さんもこうして、那津たちに美味しいごはんを作ってくれた。お母さんはお父さんと再婚してからは、雇用形態を時短パートに変え、家事一切を担ってくれていた。
中学校では部活が必須だったから、お兄ちゃんも那津も、部活が終わってお家に帰り着いたら、お家は玄関までよい芳香で満たされていた。お母さんが作ってくれる晩ごはんの匂いだ。
「おかえり。もうすぐごはんできるから、手ぇ洗っといで」
お母さんの優しい声が届く。お腹ぺこぺこー、そんなことを言いながら、洗面所に駆け込んだものだった。
高校は進学校に進んだ那津は、お勉強を理由に帰宅部を選んだ。放課後は学校の図書室で復習と宿題をして、お家に帰るのは17時ごろに決めていた。
そして、お母さんのお料理をお手伝いするのが習慣になった。お料理は科学、なんて言葉を聞いて、お勉強の延長線上のようで興味が沸いたのだ。
食材もそうだか、調味料の「さしすせそ」。お砂糖、お塩、お酢、お醤油、お味噌、それらや他の調味料も掛け合わせて味が完成する、その過程と結果がおもしろかった。
お母さんにいろいろなお料理を教えてもらって、それがとても楽しかったのだ。お母さんだから、ということも大きかったと思う。今でも大切な思い出だ。
そして部活を終えたお兄ちゃん、お仕事を終えたお父さんが帰ってきて、揃って食卓を囲む。その日あったことなどを話したりしながら、笑顔が溢れる空間になる。
なんの変哲もない、一般的な家庭だったと思う。だが、それがよかった。不満なんてあるわけがなくて。
だが、両親の死で、友永家は一変してしまった。失ったものはあまりにも大きくて、那津は10年以上経った今でも引きずってしまっている。
それでもお父さんとお母さんは幸せなまま逝けた、そう信じたい。そうでなければ、那津の心が耐えられないのだ。
当時のことを思い出すたびに、胸が締め付けられる。それでも顔を上げて、前を向いて、これまでやってきた。それはそれまでの幸せが土台になっている。大事な大事な、友永家の時間。
友永家は、お兄ちゃんとスイ、那津とで今も続いている。きっと、これからも。
那津は戻した切り干し大根の水分を軽く搾り、ごま油を引いたフライパンで炒める。しっかりと油が回ったらわかめを入れ、さっと炒めたら、日本酒とみりん、お醤油で味を整え、削り節とすり白ごまをたっぷりとまとわせた。
「実は、わしらな、啓太がまどかさんと再婚してから、年に1度、興信所に頼んで、様子を調べてもらってたんや」
「そんなことしとったんかいな」
お兄ちゃんがかすかに顔を歪め、お祖父さまは「すまん」と小さく頭を下げた。
「あんまようないことは分かってた。でも啓太の再婚を反対してあんな別れかたして、ほいほいと連絡を取ることは、わしにはできんかった」
「そういうのを、しょうもないプライドっちゅうんや」
お兄ちゃんがばっさりと言うと。
「そうなんやろな、意地にもなっとったんや」
お祖父さまは苦笑する。図星だったから、そうするしかできないのだろう。
「わたしはね、言うてたんよ、そんな意固地にならんで、連絡してみたら? って。でもねぇ、この人にはこの人なりの考えとかね、あるんかなぁって、静観してたんやけどね」
お祖母さまの表情は痛ましいものだった。そう、その結果が今なのだから。
「啓太とまどかさんが事故で亡くなったって、その年の調査で聞いて、目の前が真っ暗になった。お父さんがいくら拒絶しても、わたしだけでも会いに行ってたら、そうも思った。わたしはね、よくも悪くも昭和の女で、家長であるお父さんに逆らおうとか、そういう思考がそもそもないんよ。ほんまにしょうもないことしてしもた」
育った時代によって培われる価値観というものは、確かにあるのだろう。ご祖父母さまはきっと70~80歳代。女は3歩下がって、女は男を立てて、と育てられた世代だ。
もちろん、そうではないお年寄りもたくさんいるだろう。時代が進むに従って価値観をアップデートできる人だっている。それは環境もあるだろうが、大きなのは人間性なのだと思う。
お祖母さまはそれができなかった。自らの価値観のままお祖父さまに唯々諾々としてきて、今に至ったのだ。
「わしらも、もうそんなに長くない。遺産言うたかて、一般的なサラリーマン家庭やから、そんな多いわけやない。これからも生活に使うことになるから、最後にはどれだけ残るんかも分からん。けど、わしらには蛍に相続して欲しい気持ちがあることを知っといて欲しかったんや。今やもう、わしらに連なるんは、蛍だけなんや」
ご祖父母にとって、孫はお兄ちゃんだけ。お父さんはひとりっ子だったから、ご祖父母の遺産を相続する権利を持つのは、お兄ちゃんだけなのだ。
那津はお父さんと普通養子縁組を結んでいる。だがご祖父母との血縁関係がないので、相続人にはなり得ない。なのでご祖父母没後は、お兄ちゃんしか相続人がいないのだ。
お父さん、ご祖父母にとっては息子を亡くした今、拠り所はお兄ちゃんだけになっていたのだ。
「母さん、わしらは、思い込みを啓太に押し付けてしもたんかも知れんな」
「そうやねぇ」
そう、那津たちの友永家は幸せな家族だったのだ。
那津は当時のことを思い出しながら、ボウルで切り干し大根を洗い、そのままひたひたの水に浸す。乾燥わかめも別のボウルで水戻しをする。
お母さんもこうして、那津たちに美味しいごはんを作ってくれた。お母さんはお父さんと再婚してからは、雇用形態を時短パートに変え、家事一切を担ってくれていた。
中学校では部活が必須だったから、お兄ちゃんも那津も、部活が終わってお家に帰り着いたら、お家は玄関までよい芳香で満たされていた。お母さんが作ってくれる晩ごはんの匂いだ。
「おかえり。もうすぐごはんできるから、手ぇ洗っといで」
お母さんの優しい声が届く。お腹ぺこぺこー、そんなことを言いながら、洗面所に駆け込んだものだった。
高校は進学校に進んだ那津は、お勉強を理由に帰宅部を選んだ。放課後は学校の図書室で復習と宿題をして、お家に帰るのは17時ごろに決めていた。
そして、お母さんのお料理をお手伝いするのが習慣になった。お料理は科学、なんて言葉を聞いて、お勉強の延長線上のようで興味が沸いたのだ。
食材もそうだか、調味料の「さしすせそ」。お砂糖、お塩、お酢、お醤油、お味噌、それらや他の調味料も掛け合わせて味が完成する、その過程と結果がおもしろかった。
お母さんにいろいろなお料理を教えてもらって、それがとても楽しかったのだ。お母さんだから、ということも大きかったと思う。今でも大切な思い出だ。
そして部活を終えたお兄ちゃん、お仕事を終えたお父さんが帰ってきて、揃って食卓を囲む。その日あったことなどを話したりしながら、笑顔が溢れる空間になる。
なんの変哲もない、一般的な家庭だったと思う。だが、それがよかった。不満なんてあるわけがなくて。
だが、両親の死で、友永家は一変してしまった。失ったものはあまりにも大きくて、那津は10年以上経った今でも引きずってしまっている。
それでもお父さんとお母さんは幸せなまま逝けた、そう信じたい。そうでなければ、那津の心が耐えられないのだ。
当時のことを思い出すたびに、胸が締め付けられる。それでも顔を上げて、前を向いて、これまでやってきた。それはそれまでの幸せが土台になっている。大事な大事な、友永家の時間。
友永家は、お兄ちゃんとスイ、那津とで今も続いている。きっと、これからも。
那津は戻した切り干し大根の水分を軽く搾り、ごま油を引いたフライパンで炒める。しっかりと油が回ったらわかめを入れ、さっと炒めたら、日本酒とみりん、お醤油で味を整え、削り節とすり白ごまをたっぷりとまとわせた。
「実は、わしらな、啓太がまどかさんと再婚してから、年に1度、興信所に頼んで、様子を調べてもらってたんや」
「そんなことしとったんかいな」
お兄ちゃんがかすかに顔を歪め、お祖父さまは「すまん」と小さく頭を下げた。
「あんまようないことは分かってた。でも啓太の再婚を反対してあんな別れかたして、ほいほいと連絡を取ることは、わしにはできんかった」
「そういうのを、しょうもないプライドっちゅうんや」
お兄ちゃんがばっさりと言うと。
「そうなんやろな、意地にもなっとったんや」
お祖父さまは苦笑する。図星だったから、そうするしかできないのだろう。
「わたしはね、言うてたんよ、そんな意固地にならんで、連絡してみたら? って。でもねぇ、この人にはこの人なりの考えとかね、あるんかなぁって、静観してたんやけどね」
お祖母さまの表情は痛ましいものだった。そう、その結果が今なのだから。
「啓太とまどかさんが事故で亡くなったって、その年の調査で聞いて、目の前が真っ暗になった。お父さんがいくら拒絶しても、わたしだけでも会いに行ってたら、そうも思った。わたしはね、よくも悪くも昭和の女で、家長であるお父さんに逆らおうとか、そういう思考がそもそもないんよ。ほんまにしょうもないことしてしもた」
育った時代によって培われる価値観というものは、確かにあるのだろう。ご祖父母さまはきっと70~80歳代。女は3歩下がって、女は男を立てて、と育てられた世代だ。
もちろん、そうではないお年寄りもたくさんいるだろう。時代が進むに従って価値観をアップデートできる人だっている。それは環境もあるだろうが、大きなのは人間性なのだと思う。
お祖母さまはそれができなかった。自らの価値観のままお祖父さまに唯々諾々としてきて、今に至ったのだ。
「わしらも、もうそんなに長くない。遺産言うたかて、一般的なサラリーマン家庭やから、そんな多いわけやない。これからも生活に使うことになるから、最後にはどれだけ残るんかも分からん。けど、わしらには蛍に相続して欲しい気持ちがあることを知っといて欲しかったんや。今やもう、わしらに連なるんは、蛍だけなんや」
ご祖父母にとって、孫はお兄ちゃんだけ。お父さんはひとりっ子だったから、ご祖父母の遺産を相続する権利を持つのは、お兄ちゃんだけなのだ。
那津はお父さんと普通養子縁組を結んでいる。だがご祖父母との血縁関係がないので、相続人にはなり得ない。なのでご祖父母没後は、お兄ちゃんしか相続人がいないのだ。
お父さん、ご祖父母にとっては息子を亡くした今、拠り所はお兄ちゃんだけになっていたのだ。
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