琥珀色の秘密〜ウィスキーとお惣菜の癒し時間〜

山いい奈

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4章 琥珀色の真実

第7話 スイの問いかけ

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「……その話、どっから?」

 お兄ちゃんの低い声が小さく震えている。那津なつと目を合わせようともしない。だが那津は、まっすぐにお兄ちゃんを見た。

「わたしも又聞きやねんけどね、お兄ちゃんとたもつさんが深夜に行ってるバーの常連さん、かな」

「ああ……」

 お兄ちゃんが目を細める。舌打ちでもしたそうな表情だ。きっとしないだろうけど。

 那津は、お兄ちゃんの返事を待つ。

 那津としては、お兄ちゃんの心の性別がどちらでも構わないのだ。女性であれ男性であれ、那津のお兄ちゃんであることに変わりはないし、これからも事情が変わるまでは、スイと3人で家族を続けていけるのだから。

 お兄ちゃんは頭を抱える。苦悩、そんなふうに見える。それだけで、やはりお兄ちゃんの心は男性なのだな、と思わせる。

 それでも、那津は失望などしない。那津はお兄ちゃんを信じているから。お兄ちゃんが那津に仇なすようなことはしないと、それだけははっきりと言えるから。

 やがてお兄ちゃんは、大きく息を吐き、下ろした手をテーブルの上で組んだ。表情は険しい。

「こんなこと言うたら、なっちゃんに軽蔑されるやろうな」

 お兄ちゃんは言って、自虐的な笑みを浮かべる。那津は「ううん」と首を振った。するとお兄ちゃんも腹を括ったのか、口を開いた。

「そうや、おれは女やない。身体も、もちろん心も男のままや」

 やはりそうか。お兄ちゃんの態度で察していたから、大きな驚きはない。問題は。

「なんでそういうことにしてたんか、聞いてええ?」

「なっちゃんと離れたくなかったから」

「そっか……」

 でも、それは。

「わたしもそうやったよ。お母さん方の親戚たちが話してるん聞いて、嫌やって思った。お兄ちゃんと離されるなんて、絶対に嫌やって」

「うん。でもおれらは血が繋がってへんし、微妙な歳頃やった。せやから、なっちゃんたちの親戚がそう言うんも分かるんや。せやからおれの心が女やったら、このままでおれるんとちゃうかって」

「そこまで考えてくれてたんやね」

 すると、お兄ちゃんはほんの少し気まずそうに頭を掻いて。

「実はな、かなめさんに相談したんや。かなめさんはなっちゃんたちの親戚のなかでも、うちらといちばん近かったし、おれのことも可愛がってくれとったし」

「そうなん?」

「女のふりも、かなめさんの案や。言われたわ、偏見に晒されるかも知れん、心ないこと言われるかも知れん、それでも耐えられるかって。そんなん、当たり前やん、なっちゃんとスイと一緒におれるんやったら、そんなんなんでもないわ」

 那津は思わず絶句する。お兄ちゃんはそこまで那津たちのことを思っていてくれたのか。そのことに感動すら覚えてしまう。

「おとんとお母さんがおらんくなって、そのうえなっちゃんとスイまでって思うと、耐えられそうになかった。そりゃあ今生の別れやないけど、それでも、おれには無理やったんや」

 那津も、そうだった。同じだった。だからお兄ちゃんの心が女性で、お母さんたちのことがあったあとも一緒に暮らせるとなったときは、心の底から嬉しかった。

 両親の死は、そう簡単に癒えるものではない。今でも傷は残っている。それでもお兄ちゃんとスイと一緒だったから、ここまで耐えて、前に進むことができたのだ。

 そのとき。

「にゃ、にゃあ?」『ほたる、ほんまにそれだけだったのかにゃ?』

 スイの声が流れてきた。今スイは、那津の横の椅子で丸くなっている。それだけだったのかとは、どういうことなのだろうか。

「は、え? え、今の子どもみたいな声って」

 那津はとっさにお兄ちゃんを見る。今のスイの声は、まさか。

「お兄ちゃんにも聞こえた?」

「え、なっちゃんにも? なんや今の。誰かおるんか? んなわけないわな、空耳か?」

「ううん、空耳やないよ」

 那津はスイを見る。顔を上げてこくりと頷いたので。

「スイはね、猫又なんよ」

「は、え?」

 お兄ちゃんは目を見張り、あんぐりと口を開ける。そして脱力したように「嘘やん……」と漏らした。

「ほんま。スイというか猫又は、お母さんの片山家に代々憑いてくれてる守り神みたいな子なんよ。せやからお祖母ちゃんとこのあずまくんと、かなめ伯母ちゃんとこのタコちゃんも、猫又」

 まだお兄ちゃんは信じられないのか、驚愕の表情を崩さない。だが。

「猫又って、ほんまに?」

「うん。スイの声、お兄ちゃんも聞いたやろ?」

「あれがスイの声? ほんまに?」

「ほんま。会話できるよ」

 スイは顔を上げると、上半身を上げてその場に座る。そして。

「にゃあ、にゃあ」『そうにゃ、ぼくは猫又なのだにゃ。いい加減観念するのにゃ』

 お兄ちゃんは一瞬息を詰め、次には「はぁ~」と大きく吐き出した。

「まだいまいち信じきれん気持ちもあるけど、実際に声が聞こえてんねんもんな。分かった、スイは猫又なんやな」

 まだ少し複雑な表情をしているが、スイが猫又だということは認めてくれたようだ。

「にゃあ、にゃ?」『で、蛍、それだけでよいのかにゃ?』

 スイの重ねたせりふに、お兄ちゃんは表情を硬くした。
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