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1章 ばら色の日々
第4話 嵐のすっからかん
「はなやぎ」の仕入れは、岡町商店街の中にある八百屋さんなどで行なっている。同じ商店街で飲食店を構える者として、盛り上げるためにできることはお金を回すことである。
世都は毎日、コンテナ付きの折りたたみキャリーカートを押しながら、数件のお店を回って、買い出しをするのだ。
商店街の中ごろ、アーケードが途切れる手前にはスーパーもあって、そちらで仕入れをする方が一括でできて便利なのだが、商店街の個人店を利用したいと世都などは思ってしまう。
そう言えば、スーパーでは入り口すぐそばに陳列されているのはお野菜や果物などで、お肉やお魚は奥。これには理由があって、出入り口付近は頻繁にドアが開け締めされるために温度の上下が激しく、お肉やお魚の陳列場所としては向かないからだそうなのだ。なのであまり影響されないお野菜などが出入り口付近に置かれる。
なるほど、理にかなっている。初めて聞いたときには大いに納得したものだった。
こうした地方にある商店街の中には、店舗の閉店が相次いでシャッター商店街になってしまっているところも多いと聞く。それを思うと、この岡町商店街は活発な方だと思うのだ。たくさんのお店が営業を続け、買い物客だって多い。
岡町を擁する豊中市は、山側に行けば高級住宅街の側面もあるのである。だが盆地の岡町は下町の風情なのだ。世都はそこが気に入っている。水が合うと言うのだろうか。
できるなら、長くこの地で「はなやぎ」を続けて行きたい。そのために、商店街そのものにはぜひ存続して欲しいと思うのだ。
世都はさっそく八百屋さんから巡り始める。今日の日替わりお惣菜は何にしようか。
そうして世都が作った日替わりお惣菜は、ズッキーニのごま炒め、人参のきんぴら、お茄子のトマト煮、パプリカのマスタード炒め、たこの梅肉和えである。
今日は週の中頃だが、程よくお客さまが訪れ、ふたつあるソファ席は埋まり、カウンタ席もぼちぼちと。世都と龍平はありがたいと忙しなく動き回る。
今日の開店前の占い結果は「ペンタクルの10の正位置」。努力が実る、富の獲得などを表す。そう言うと良いカードの様に思われるが、これ以上発展が無い、これが上限、そういう状態も表すのだ。
そう思うと、このお客入りが「はなやぎ」の限界なのだろうか、なんて気になってしまう。同時に安泰も暗示するカードなので、少し安心も感じるのだ。
何とも難しいカードが出たものだと、世都は顔をしかめてしまったものだった。
だが「はなやぎ」はこれぐらいが良いのかな、とも思う。接客の質を落とさずに切り盛りできる範囲で、と思うと、それも納得ではあるのだ。
しかし。
21時を過ぎたころ、やって来たのは結城さんだった。
その顔を見たとたん、世都はタロットカードが示した運勢は、この「はなやぎ」のことだけでは無く、結城さんのことまでも示していると感じたのだ。
あれからどうしたのか気になっていたので、それが反映されてしまったのだろう。
「こんばんは!」
陽気に言う結城さんの頬はほんのり赤かった。もうすでにお酒が入っているのだろう。店内はまだ賑わっていて、空いていたカウンタ席に腰を降ろした結城さんはほっとした様に息を吐いた。気が抜けたのだろうか。
世都が冷たいおしぼりを渡すと、結城さんは手を拭きながら口を開く。
「あの、女将さんに話を聞いて欲しぃて」
結城さんは注文もせず、だが話は止まらない。世都は少し呆気に取られながらも「はい」と受け入れた。思わず苦笑を浮かべそうになってしまったが、さすがに堪えた。結城さんはにんまりと笑みを浮かべた。
「山縣さんとお付き合いすることになって、今日初デートやったんですよ~!」
「あら、それはおめでとうございます」
世都は素直に祝福する。結城さんのことだから脇目も振らず進んだのだろう。その気持ちはきっと真っ直ぐなもので、山縣さんもそれを受け入れたのだろう。
「女将さんのお陰です。ありがとうございました!」
「いえいえ、私は何も」
世都はただ占っただけだ。それは結城さんの背中を押すことになったが、力を尽くしたのは結城さん本人である。
「社内でも人気のある人なんで、他の女性社員のやっかみも凄いし、お友だちとの仲も悪くなってしもたんですけど、それはしゃあないかなって」
結城さんはあっけらかんと言う。意中の人を射止めたことで、他の人のことはどうでも良いのだろう。世都は失礼ながら、この結城さん、同性のお友だちができにくい人なのでは、と思ってしまう。
「山縣さんはアイドル的存在で、せやからみんな必要以上に近付かん様にしとったって。抜け駆けやって言われました。そんなん知りませんよねぇ。お友だちやった子もそうですけど、欲しかったら動かんと」
もっともな意見である。だが他の女性社員が言うことも分かる。女性の団体とはやっかいなもので、右に倣えが暗黙の了解になってしまい、誰かが飛び出すのを嫌がったりする。
もちろん女性を一緒くたにするつもりは無い。世都もそういう団体行動は苦手な方である。ただ、空気を読むぐらいのことはする。その中でどう立ち回るかが重要になって来るのだ。
結城さんの行動はそこに至らなかっただけである。面倒だとは思うが、通さなければならない筋と言うものが、少なくとも女性社員の間にはあったのだ。
「ほんまにありがとうございました! また来ますね!」
結城さんは朗らかに言うと立ち上がり、颯爽と「はなやぎ」を出て行った。世都はぽかんとしてしまう。
「おいおい、いくら何でもあれはあかんやろ」
そう苦言を呈したのは高階さん。結城さんの隣に座っていたのだ。とうにお食事を終え、飲み態勢に入っている。
そう、結局結城さんは、何も頼まずに話すだけ話して帰ってしまったのだ。
「まぁ、短い時間でしたし。また来てくれはったときにご注文いただけたら」
世都はそう言いながら苦笑するしか無い。龍平くんも苦笑いで肩を竦めている。
「女将も龍さんも人が良すぎるわ」
高階さんの呆れた様な声を聞きながら、世都は「やっぱり恋愛はやっかいや」なんて思い、占いの結果と照らし合わせて「大丈夫やろか」なんてことも思ったのだった。
世都は毎日、コンテナ付きの折りたたみキャリーカートを押しながら、数件のお店を回って、買い出しをするのだ。
商店街の中ごろ、アーケードが途切れる手前にはスーパーもあって、そちらで仕入れをする方が一括でできて便利なのだが、商店街の個人店を利用したいと世都などは思ってしまう。
そう言えば、スーパーでは入り口すぐそばに陳列されているのはお野菜や果物などで、お肉やお魚は奥。これには理由があって、出入り口付近は頻繁にドアが開け締めされるために温度の上下が激しく、お肉やお魚の陳列場所としては向かないからだそうなのだ。なのであまり影響されないお野菜などが出入り口付近に置かれる。
なるほど、理にかなっている。初めて聞いたときには大いに納得したものだった。
こうした地方にある商店街の中には、店舗の閉店が相次いでシャッター商店街になってしまっているところも多いと聞く。それを思うと、この岡町商店街は活発な方だと思うのだ。たくさんのお店が営業を続け、買い物客だって多い。
岡町を擁する豊中市は、山側に行けば高級住宅街の側面もあるのである。だが盆地の岡町は下町の風情なのだ。世都はそこが気に入っている。水が合うと言うのだろうか。
できるなら、長くこの地で「はなやぎ」を続けて行きたい。そのために、商店街そのものにはぜひ存続して欲しいと思うのだ。
世都はさっそく八百屋さんから巡り始める。今日の日替わりお惣菜は何にしようか。
そうして世都が作った日替わりお惣菜は、ズッキーニのごま炒め、人参のきんぴら、お茄子のトマト煮、パプリカのマスタード炒め、たこの梅肉和えである。
今日は週の中頃だが、程よくお客さまが訪れ、ふたつあるソファ席は埋まり、カウンタ席もぼちぼちと。世都と龍平はありがたいと忙しなく動き回る。
今日の開店前の占い結果は「ペンタクルの10の正位置」。努力が実る、富の獲得などを表す。そう言うと良いカードの様に思われるが、これ以上発展が無い、これが上限、そういう状態も表すのだ。
そう思うと、このお客入りが「はなやぎ」の限界なのだろうか、なんて気になってしまう。同時に安泰も暗示するカードなので、少し安心も感じるのだ。
何とも難しいカードが出たものだと、世都は顔をしかめてしまったものだった。
だが「はなやぎ」はこれぐらいが良いのかな、とも思う。接客の質を落とさずに切り盛りできる範囲で、と思うと、それも納得ではあるのだ。
しかし。
21時を過ぎたころ、やって来たのは結城さんだった。
その顔を見たとたん、世都はタロットカードが示した運勢は、この「はなやぎ」のことだけでは無く、結城さんのことまでも示していると感じたのだ。
あれからどうしたのか気になっていたので、それが反映されてしまったのだろう。
「こんばんは!」
陽気に言う結城さんの頬はほんのり赤かった。もうすでにお酒が入っているのだろう。店内はまだ賑わっていて、空いていたカウンタ席に腰を降ろした結城さんはほっとした様に息を吐いた。気が抜けたのだろうか。
世都が冷たいおしぼりを渡すと、結城さんは手を拭きながら口を開く。
「あの、女将さんに話を聞いて欲しぃて」
結城さんは注文もせず、だが話は止まらない。世都は少し呆気に取られながらも「はい」と受け入れた。思わず苦笑を浮かべそうになってしまったが、さすがに堪えた。結城さんはにんまりと笑みを浮かべた。
「山縣さんとお付き合いすることになって、今日初デートやったんですよ~!」
「あら、それはおめでとうございます」
世都は素直に祝福する。結城さんのことだから脇目も振らず進んだのだろう。その気持ちはきっと真っ直ぐなもので、山縣さんもそれを受け入れたのだろう。
「女将さんのお陰です。ありがとうございました!」
「いえいえ、私は何も」
世都はただ占っただけだ。それは結城さんの背中を押すことになったが、力を尽くしたのは結城さん本人である。
「社内でも人気のある人なんで、他の女性社員のやっかみも凄いし、お友だちとの仲も悪くなってしもたんですけど、それはしゃあないかなって」
結城さんはあっけらかんと言う。意中の人を射止めたことで、他の人のことはどうでも良いのだろう。世都は失礼ながら、この結城さん、同性のお友だちができにくい人なのでは、と思ってしまう。
「山縣さんはアイドル的存在で、せやからみんな必要以上に近付かん様にしとったって。抜け駆けやって言われました。そんなん知りませんよねぇ。お友だちやった子もそうですけど、欲しかったら動かんと」
もっともな意見である。だが他の女性社員が言うことも分かる。女性の団体とはやっかいなもので、右に倣えが暗黙の了解になってしまい、誰かが飛び出すのを嫌がったりする。
もちろん女性を一緒くたにするつもりは無い。世都もそういう団体行動は苦手な方である。ただ、空気を読むぐらいのことはする。その中でどう立ち回るかが重要になって来るのだ。
結城さんの行動はそこに至らなかっただけである。面倒だとは思うが、通さなければならない筋と言うものが、少なくとも女性社員の間にはあったのだ。
「ほんまにありがとうございました! また来ますね!」
結城さんは朗らかに言うと立ち上がり、颯爽と「はなやぎ」を出て行った。世都はぽかんとしてしまう。
「おいおい、いくら何でもあれはあかんやろ」
そう苦言を呈したのは高階さん。結城さんの隣に座っていたのだ。とうにお食事を終え、飲み態勢に入っている。
そう、結局結城さんは、何も頼まずに話すだけ話して帰ってしまったのだ。
「まぁ、短い時間でしたし。また来てくれはったときにご注文いただけたら」
世都はそう言いながら苦笑するしか無い。龍平くんも苦笑いで肩を竦めている。
「女将も龍さんも人が良すぎるわ」
高階さんの呆れた様な声を聞きながら、世都は「やっぱり恋愛はやっかいや」なんて思い、占いの結果と照らし合わせて「大丈夫やろか」なんてことも思ったのだった。
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