日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき

山いい奈

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1章 ばら色の日々

第10話 雪景色になるまでに

 結城ゆうきさんは2杯目の獺祭だっさいにごりスパークリングをごくりと飲み干すと、すっきりした表情で帰って行った。話すことができて、少しは気が済んだ様だった。

「なんや、漫画とかドラマみたいやな」

 高階たかしなさんは最後の肉団子をぽいと口に放り込み、きのこをスプーンですくう。トマトソースに絡んだきのこはてらてらと輝いている。

「本人にとってはしんどいやろうけどな。恋愛絡みのトラブルが多いっちゅうんも、恋愛体質がゆえなんやろかなぁ」

「そうなんかも、知れませんねぇ」

 人は良いことも悪いことも、呼び込むのは自分である。悪いできごとを望んでいるわけでは無くとも、そういうものだと世都せとは思っている。

 結城さんはいつでも恋愛のときめきを求めていて、それに向かって真っ直ぐである。なのでそういう出来事がまとわり付く。

 元恋人さんとのことは紛れも無く不運だが、それも山縣やまがたさんとの変化を望む結城さんが呼び寄せたものだと思う。結城さんはいつでも動きを求め、その結果なのだ。

 だが実際、一般人がそんな劇的な毎日を送れるわけが無い。特に一緒に暮らしているのなら、どちらかに世間的な功績や問題行動などが無ければ、訪れるのはなぎだ。心の揺れはあるにしても、穏やかな日々が流れるのだ。

 高階さんはお皿を空にすると、サマーゴッデスハイボールをぐいと飲み干した。

「女将、獺祭ちょうだい。スパークリング見てたら何や飲みたなったわ。それとちんげん菜の煮浸し」

 ちんげん菜の煮浸しは、今日の作り置きお惣菜のひとつである。お出汁に日本酒とお砂糖、みりんにお醤油を加えて煮汁を作り、短冊切りにしたお揚げと一緒に軽く煮る。軸と葉を時間差で入れてあげれば、軸はしゃきしゃきしつつも柔らかく、葉は彩りよくしんなりと仕上がる。

「はい。お待ちくださいね」

 世都は濃紺の切子ロックグラスに獺祭の純米大吟醸45を注ぎ、ちんげん菜の煮浸しを小鉢に盛り付けた。

「お待たせしました」

「ん、ありがとう」

 高階さんはさっそくロックグラスに口を付けて、満足そうに口角を上げた。

「やっぱ、旨いな」

 獺祭はプレミア価格になるほどに人気なわけだが、それも頷ける美味だと世都も思う。甘味と旨味のバランスが良く、余韻が深いのだ。

「俺さ、今の結城さん、正直言うて結婚に向いてへんのとちゃうかなって思ってまうわ」

 それに世都は応えず、曖昧に頷くに留めた。



 11月になった。冬めいて来ていて、コートなどを羽織る人々の姿が増えて来る。ひんやりとした空気は不快な湿度もすっかりと遠ざけた。

 今日の作り置きお惣菜はごぼうのくるみ和え、ツナと白菜のくたくた煮、玉ねぎと炒り卵のシンプルな和風ポテトサラダ、わさび菜のごま炒め、なめたけである。

 お食事を終えた高階さんは、和風ポテトサラダをさかな雪の茅舎ゆきのぼうしゃ純米吟醸を楽しんでいた。

 雪の茅舎は秋田県の齋彌さいや酒造店が醸す日本酒だ。フルーティで軽やか、癖が無いので飲みやすいと人気の銘柄である。

 ポテトサラダは本来なら味付けのメインにマヨネーズを使う。この和風ポテトサラダにもマヨネーズは使うが、他に和がらしと削り節、お醤油を混ぜ込んでいる。小鉢に盛り付けてから粒黒こしょうを散らしたら、お酒にぴったりな一品になるのだ。

 他にもお客さまがちらほらと日本酒を傾けている。今日は水曜日なので、決して大入りでは無い。だからこそ穏やかな時間が流れていた。

 シンクに洗い物が溜まり始めたので、腕まくりをした龍平くんが洗ってくれている。世都は注文のあったごぼうのくるみ和えを小鉢に盛り付けた。

 くるみ和えは、茹でた叩きごぼうにくるみあんを絡めたものだ。くるみあんはすり鉢で作る。くるみの半分をすり鉢で細かくすり潰し、お醤油とお砂糖、削り節を混ぜ込んで作る。そこにごぼうと荒く砕いたくるみの半分を入れて和えるのだ。

 ほのかに土の香りを残したごぼうに甘く香ばしいくるみあんが絡み、互いを引き立てあうのである。

 開店前の占い、結果は「恋人たちの逆位置」だった。意味は不調和、別離、判断を誤る、など。

 ここまでになると、さすがに世都も察してしまう。ああ、これは結城さんのことなのでは無いだろうかと。何せカードが「恋人たち」なのだ。

 ということは、今日来店する可能性がある。世都はカウンタの端に積んであるタロットカードに視線をやった。
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