23 / 46
2章 勿忘草を咲かせるために
第9話 ズッキーニの微笑み
相川さんと畠山さんはわぁわぁと言いながら、だし巻き卵と牛すじシチュー、さわらと青ねぎの酒蒸しを頼んだ。
牛すじシチューは、デミグラスソースをベースにしている。さすがに美味しいデミグラスソースをいちから作る芸当は無いので、缶詰のものを使うのだが、赤ワインを加えて風味を上げ、コンソメスープで割っている。そこに赤味噌を溶け込ませることで、日本酒にも合う様に仕立てているのだ。
牛すじは下茹でをして余分な脂と灰汁を抜いたあと、フライパンでこんがりと焼き付けてからソースで煮込んでいる。時間を掛けてじっくりと煮込むことで柔らかくなり、ソースにも旨味が溶け出す。
使うお野菜は人参とグリンピースでシンプルに。オレンジと緑で彩りにもなるのだ。
とろっとろに煮込まれた牛すじにデミグラスソースがたっぷりと絡み、口の中で深く濃厚な旨味ががつんと広がる。そこにねっとりとした人参の甘さとぷちぷちのグリンピースの爽やかさが覗くのだ。
「ほんま、美味しいわ」
「でしょ? 私はいつもお惣菜頼むんやけど、それも季節物で固めとってめっちゃ美味しいねん」
「ほな、あとで頼もな」
「……うん」
まるではしゃぐ様な畠山さんに対して、相川さんは控えめな返事をする。やはり畠山さんにお金を使わすことに遠慮があるのだろう。後ろめたさもあるかも知れない。
相川さんは畠山さんより優位な風にしていたが、人からの厚意に慣れていなくて、だから畠山さんにご馳走されることに尻込みしてしまう。
どうにもちぐはぐな行動と心理な様に思えるのだが、きっと相川さんは自己肯定感が低いのだろう。それは親の愛情を満足に受けられなかった人に多く見られる心のあり方だと聞いたことがある。
それを高めるには、やはり人の思いやりに触れることなのだと思う。人はそうやって心を育てて行くものなのだろう。
まだまだ遅く無い。こんなに美しくて、頭脳明晰。人間性だって素晴らしいのだから、これから足りない部分はいくらでも補える。畠山さんのそばで。
1週間後、21時ごろに訪れた相川さんはひとりだった。世都にはどこか沈んでいる様に見えた。
6月に入り、大阪も梅雨の雲に覆われようとしていた。これから雨の日が増えて行くだろう。今日は曇天だった。
「いらっしゃいませ」
心配になるが、世都は明るく迎える。相川さんは「こんばんは」と表情を綻ばせた。普段ボトム姿が多い相川さんだが、今日は淡いエメラルドグリーンのワンピースだった。畠山さんとデートだったのだろうか。
「ここに来るとほっとします。また話聞いてもろてええですか?」
「もちろんですよ。ささ、お掛けください」
相川さんはカウンタ席に腰を降ろし、世都から受け取ったおしぼりで手を拭いた。
「千利休と……、それとズッキーニのおかか炒めください」
「はい。お待ちくださいね」
もう以前ほどの節約の必要は無いだろうに、今も千利休を頼む相川さん。すぐに習慣、意識を変えるのは難しいのだろう。
世都は紫色の切子ロックグラスに千利休を注ぎ、ズッキーニのおかか炒めを小鉢に盛った。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
相川さんはグラスをそっと傾けて口角を上げ、お箸でおかかをまとったズッキーニを口に運ぶと、感心した様に目を丸くした。
「ええ味わいですね。ズッキーニって洋食のイメージなんですけど、和食にもなるんですね。おかかとめっちゃ合います」
「ズッキーニ自体、あっさりな味ですからね。いろんな味付けが合いますよ。和食やったらごまと合わせても美味しいですし、中華でオイスターソースとかで炒めてもええですし、麻婆ズッキーニとかもおいしいと思いますよ」
「なるほど。いろいろ使い勝手がええんですねぇ」
このおかか炒めは、半月切りにしたズッキーニをごま油でじっくりと炒め、日本酒とみりん、お醤油で味付けをして、仕上げに削り節をたっぷりとまぶしている。
淡白ながらもほんのりと甘いズッキーニに旨味の強い削り節が絡み、深い味わいになるのだ。
順調にお箸を動かしていた相川さんだが、ふと手を止めるとお箸を箸置きに置いた。
「あの、今日、畠山くんのご両親に会うたんです。お茶をご一緒させてもろて」
ああ、だから今日はワンピースだったのか。世都は納得する。
「奨学金が返せそうって話をしたんです。それでお母さまも納得してくれる、結婚を許してくれる、私も畠山くんもそう期待したんですけど」
相川さんを肩を落としてしまった。その仕草で結果が分かってしまう。世都は悲しくなって、目を細めた。
「お母さま、いくら奨学金が返せてもそれは私のお金や無いし、それに、そんな悪い家庭環境の子はやっぱり信用できひん、て」
「畠山さんご自身は、どうやったんですか?」
すると相川さんは泣き笑いの様な表情になった。
「お母さまに怒ってくれました。ふざけんなって」
結局母さんは、相川のことが気に入らんだけや無いか。そりゃ自分は何の苦労もせずに祖父ちゃん祖母ちゃんや父さんに守られて来たやろうけど、そんな世間知らずの母さんより、人一倍苦労して来た相川の方がよっぽど信用できる。
「……言い過ぎやとも思ったんですけど、嬉しかったです」
相川さんが目を弓なりにして、頬をほのかに赤らめた。ああ、畠山さんはちゃんと相川さんを思ってくれていて、守ってくれる人なのだ。そう思うと心底安心できる。
「ええお人ですねぇ」
「はい、ほんまに」
相川さんは美しくしっとりと微笑んだ。
牛すじシチューは、デミグラスソースをベースにしている。さすがに美味しいデミグラスソースをいちから作る芸当は無いので、缶詰のものを使うのだが、赤ワインを加えて風味を上げ、コンソメスープで割っている。そこに赤味噌を溶け込ませることで、日本酒にも合う様に仕立てているのだ。
牛すじは下茹でをして余分な脂と灰汁を抜いたあと、フライパンでこんがりと焼き付けてからソースで煮込んでいる。時間を掛けてじっくりと煮込むことで柔らかくなり、ソースにも旨味が溶け出す。
使うお野菜は人参とグリンピースでシンプルに。オレンジと緑で彩りにもなるのだ。
とろっとろに煮込まれた牛すじにデミグラスソースがたっぷりと絡み、口の中で深く濃厚な旨味ががつんと広がる。そこにねっとりとした人参の甘さとぷちぷちのグリンピースの爽やかさが覗くのだ。
「ほんま、美味しいわ」
「でしょ? 私はいつもお惣菜頼むんやけど、それも季節物で固めとってめっちゃ美味しいねん」
「ほな、あとで頼もな」
「……うん」
まるではしゃぐ様な畠山さんに対して、相川さんは控えめな返事をする。やはり畠山さんにお金を使わすことに遠慮があるのだろう。後ろめたさもあるかも知れない。
相川さんは畠山さんより優位な風にしていたが、人からの厚意に慣れていなくて、だから畠山さんにご馳走されることに尻込みしてしまう。
どうにもちぐはぐな行動と心理な様に思えるのだが、きっと相川さんは自己肯定感が低いのだろう。それは親の愛情を満足に受けられなかった人に多く見られる心のあり方だと聞いたことがある。
それを高めるには、やはり人の思いやりに触れることなのだと思う。人はそうやって心を育てて行くものなのだろう。
まだまだ遅く無い。こんなに美しくて、頭脳明晰。人間性だって素晴らしいのだから、これから足りない部分はいくらでも補える。畠山さんのそばで。
1週間後、21時ごろに訪れた相川さんはひとりだった。世都にはどこか沈んでいる様に見えた。
6月に入り、大阪も梅雨の雲に覆われようとしていた。これから雨の日が増えて行くだろう。今日は曇天だった。
「いらっしゃいませ」
心配になるが、世都は明るく迎える。相川さんは「こんばんは」と表情を綻ばせた。普段ボトム姿が多い相川さんだが、今日は淡いエメラルドグリーンのワンピースだった。畠山さんとデートだったのだろうか。
「ここに来るとほっとします。また話聞いてもろてええですか?」
「もちろんですよ。ささ、お掛けください」
相川さんはカウンタ席に腰を降ろし、世都から受け取ったおしぼりで手を拭いた。
「千利休と……、それとズッキーニのおかか炒めください」
「はい。お待ちくださいね」
もう以前ほどの節約の必要は無いだろうに、今も千利休を頼む相川さん。すぐに習慣、意識を変えるのは難しいのだろう。
世都は紫色の切子ロックグラスに千利休を注ぎ、ズッキーニのおかか炒めを小鉢に盛った。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
相川さんはグラスをそっと傾けて口角を上げ、お箸でおかかをまとったズッキーニを口に運ぶと、感心した様に目を丸くした。
「ええ味わいですね。ズッキーニって洋食のイメージなんですけど、和食にもなるんですね。おかかとめっちゃ合います」
「ズッキーニ自体、あっさりな味ですからね。いろんな味付けが合いますよ。和食やったらごまと合わせても美味しいですし、中華でオイスターソースとかで炒めてもええですし、麻婆ズッキーニとかもおいしいと思いますよ」
「なるほど。いろいろ使い勝手がええんですねぇ」
このおかか炒めは、半月切りにしたズッキーニをごま油でじっくりと炒め、日本酒とみりん、お醤油で味付けをして、仕上げに削り節をたっぷりとまぶしている。
淡白ながらもほんのりと甘いズッキーニに旨味の強い削り節が絡み、深い味わいになるのだ。
順調にお箸を動かしていた相川さんだが、ふと手を止めるとお箸を箸置きに置いた。
「あの、今日、畠山くんのご両親に会うたんです。お茶をご一緒させてもろて」
ああ、だから今日はワンピースだったのか。世都は納得する。
「奨学金が返せそうって話をしたんです。それでお母さまも納得してくれる、結婚を許してくれる、私も畠山くんもそう期待したんですけど」
相川さんを肩を落としてしまった。その仕草で結果が分かってしまう。世都は悲しくなって、目を細めた。
「お母さま、いくら奨学金が返せてもそれは私のお金や無いし、それに、そんな悪い家庭環境の子はやっぱり信用できひん、て」
「畠山さんご自身は、どうやったんですか?」
すると相川さんは泣き笑いの様な表情になった。
「お母さまに怒ってくれました。ふざけんなって」
結局母さんは、相川のことが気に入らんだけや無いか。そりゃ自分は何の苦労もせずに祖父ちゃん祖母ちゃんや父さんに守られて来たやろうけど、そんな世間知らずの母さんより、人一倍苦労して来た相川の方がよっぽど信用できる。
「……言い過ぎやとも思ったんですけど、嬉しかったです」
相川さんが目を弓なりにして、頬をほのかに赤らめた。ああ、畠山さんはちゃんと相川さんを思ってくれていて、守ってくれる人なのだ。そう思うと心底安心できる。
「ええお人ですねぇ」
「はい、ほんまに」
相川さんは美しくしっとりと微笑んだ。
あなたにおすすめの小説
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました
由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。
そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。
手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。
それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。
やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。
「お前に触れていいのは俺だけだ」
逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。
これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント120万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【奨励賞】初恋のその先で、私は母になる
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。
王宮で12年働き、気づけば28歳。
恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。
優しく守ろうとする彼。
けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。
揺れる想いの中で、彼女が選んだのは――
自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。
これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。
※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。